SMと出会ったのはヴィレヴァン
――岩見先生の作品を読んでいると、一貫したフェティシズムを強く感じます。そうした作家性がどう育まれていったのか聞いてみたいです。まずは遡って、岩見先生が子供の頃はどういったタイプでしたか?
岩見 変わった家だったと思います。兄は外に遊びに行っていましたが、私は両親から「外に出ちゃダメ」と言われていたんです。小学生になってからもそれが続き、土日も夏休みも学校以外はどこにも行かず、ずっと家にいました。だからできることといえば、マンガを読むか、ゲームをするか、テレビを見るか。その流れで自然と絵を描くようになった感じです。
――なるほど。その頃はどんなマンガやアニメが好きでしたか?
岩見 兄の影響で『週刊少年ジャンプ』をよく読んでいました。ちょうど『幽☆遊☆白書』や『ドラゴンボール』が流行っていた頃です。この頃から『I”s<アイズ>』や『ジョジョの奇妙な冒険』のような、絵がきれいだったり、個性的だったりするものが好きでした。「どうやって描いているんだろう」と想像しながら読むのが好きで、普通なら30分で読み終わるページ数でも、私は1時間以上かかっていましたね。桂正和(かつらまさかず)先生なら女の子のスカートやパンツの皺(しわ)について、子供心に「他のマンガと全然違う」と感じていました。それから、高校生のときにヴィレッジヴァンガードの存在を初めて知ったんです。サブカルとダークな雰囲気が濃く漂うあの場所に衝撃を受け、伊藤潤二先生の『富江』もヴィレヴァンがきっかけではまりました。他にも見たこともないジャンルの本や写真集を見つけられて楽しかったです。SMも高校生のときにヴィレヴァンで知り、団鬼六(だんおにろく)先生の小説など、いろいろな作品を読むようになりました。
高校2年生でジャンプ編集部の担当がつく
――思春期に触れるものとしてはなかなか刺激が強い。SMのどういった部分に魅力を感じましたか?
岩見 SとMの関係性です。自分で描くとなるとこれがすごく難しい。痛みって、痛いけれども、それが喜びでもあるし、相手に与え、相手から与えられるものがあるのがいいです。
――SMの関係にある相互性に魅力を見出したんですね。もうひとつ、女性キャラクターの美しさが岩見先生にとっての大切なポイントなのだと感じました。
岩見 二次元の男の子に惹かれたことがあまりないですね。少年誌を読んでもずっとヒロインを追っています。中学生の頃に『ときめきメモリアル(以下、ときメモ)』もやり込んでいました。女の子たちがみんなかわいくて個性的。最初に「そんなに可愛くないかも」と思った子でも、接してみると意外な可愛さがあって、楽しかったですね。友達と遊ばずにずっと『ときメモ』をやっていました(笑)。
――『ときメモ』は誰推しですか?
岩見 いちばん好きなのは『ときめきメモリアル2』の伊集院メイちゃん。ツンツンしていてお嬢様感が強い反面、子供っぽさもあってギャップにキュンとします。ギャップがあると好きですね。1作目だと鏡 魅羅(かがみみら)。学校では高嶺の花って雰囲気なのに、家に帰ると妹や弟の面倒を見ている。普段と違う裏側が見えるとグッときます。当時住んでいたのは地方で、民放が2局しかなかったこともあり、アニメをあまり見られなかったので主に本とゲームで過ごしていました。
――マンガを描くようになったのはいつからですか?
岩見 ジャンプを読んでいたから、自然とジャンプマンガっぽいものを描いていた気がします。高校2年生のときに描いたマンガをジャンプに応募したら、担当編集さんがついてくれました。
――その頃はどんな作品を描いていたのでしょうか?
岩見 冒険ファンタジーです。主人公も男の子で、ジャンプ向けな内容でした。
――担当編集がついたなんてすごいですね。あの頃、地方だと原稿用紙やトーンを手に入れるのもひと苦労だったのでは。しかもアナログだとひとつひとつが高いですから。
岩見 そうですね。でも、住んでいたのが市内だったから、大きめの文房具店があり、いろいろと手に入りました。お小遣いだとトーンが3種類しか買えなくて、それをがんばって駆使していましたね。私の親は変わっていたけれど、絵やマンガを描くと「上手だね」と褒(ほ)めてくれるんです。それがうれしくて描き続けられました。当時は周りにマンガを描いている子もいないし、認めてもらいたい気持ちもあったから、雑誌に応募してみた感じです。
拷問を女の子同士でやらせたら面白い
――では、そこからもマンガを描き続けていった?
岩見 じつはそこで描くのをやめちゃったんです。高校卒業後は関東の会社に就職し、寮暮らしになったからです。一戸建てにみんなで住んでいたから個室もなく、マンガを描いているのがバレるのが嫌で。会社を辞めても描く習慣が戻らず、また描き始めたのがたしか25歳くらい。この先の人生、自分がしたいことは何かを考えたときに「やっぱりマンガを描きたい」とあらためて感じて、また描き始めました。そこで応募したのが、ページ数に制限のない「アフタヌーン」の四季賞でした。
――2011年に『絶交』で萩尾望都特別賞、2012年に『千代のくちびる』で四季大賞を受賞していますね。『絶交』は、いじめられっこの鮫島ゆかりが『完全拷問マニュアル』を持ち歩いているのを知った優等生の委員長・相川晴香(はるか)が鮫島に「誰を拷問したいと思っているのか話さなければ本の内容を実行する」と脅し、少女ふたりのSM的な関係が描かれます。鮫島の口の中に画鋲(がびょう)を入れ平手打ちするなど、痛そうな場面も正面から描かれています。
岩見 「拷問」をテーマに描くなら誰でやらせたら面白いか考えたら、女の子同士、それも学生だったら面白いなと。たぶん昔からずっと、女の子という存在そのものが好きなんですよね。でも、まだこの頃は百合を描こうとは思っていなかったです。
――『千代のくちびる』は小学生の女の子ふたりのお話ですね。担任の中村先生に憧れている千代が、かわいいと評判のクラスメイト・椎名と中村がキスしている場面を見てしまう。椎名とキスすることで、中村先生との間接キスを千代に提供するかわりに、椎名は千代の顔のニキビをつぶさせてもらう。こちらも女の子同士のただならぬ関係と痛みが描かれます。
岩見 自分でも手応えを感じる作品でした。やっぱり女の子同士は楽しいと『絶交』と『千代のくちびる』で実感し、このあとも女の子同士のお話を描きたい気持ちが芽生えました。でも、編集さんからは「一般商業誌だし、間口の広い作品を描いたほうがいい」と、別の方向性で描くことをすすめられて。当然の意見だし、それを意識して描こうとしましたが、5年間も連載にこぎつけられなかったです。この期間でネームを出してはボツを繰り返しつつ、いろいろな作品のアシスタントをやらせてもらっていたのですが、当時『エンバンメイズ』を連載していた田中一行先生のアシスタントをしていたとき、アシスタントの先輩が『ハルユリ』で連載が決まったんです。
――『ハルユリ』の掲載誌は「マガジンR」(月刊少年マガジン増刊)でしたね。
岩見 編集さんに「描きたいものを描きなよ」とアドバイスを受けて、そのまま実行しての連載決定だったようで、すごく刺激を受けました。好きなジャンルを描かせてもらえる場所に行きたい。そうなるともう「コミック百合姫」しかないと、『あのレモンかじって。』を描いて送りました。
男性がいる世界で、この女の子が好きだという気持ちを描きたい
――それが「百合姫」でのデビュー作ですね。『あのレモンかじって。』もまた、痛みがテーマになっています。キスするときにサヤがマコの唇を噛(か)み、マコが痛がりながらも「なぜこんなことを?」とサヤのことを考え続ける。恋と痛みがごく自然に接続しています。
岩見 主人公のサヤとマコは、付き合っているのに、ストーリーの前半では全然一緒にいないんです。なので、我ながら不思議な話を描いたなと(笑)。私自身、口内炎ができやすいタイプで、一度できると朝起きた瞬間から寝るまでずっと痛いんですよね。ご飯を食べても「美味しい」じゃなくて「痛い」。でも、これが好きな人から与えられた痛みなら、その人のことを思い出すだろうし、それっていいかもしれないと思ったのが、このお話を描くきっかけでした。
――サヤの小悪魔っぽさは『今日カノ』の風羽子(ふうこ)にも通じますね。『千代のくちびる』の椎名も。
岩見 癖のある女の子、変わった女の子、引っ掻き回すような小悪魔的な子が好きなのは変わっていないですね。
――次の『透明な薄い水色に』で初連載。駿(しゅん)に告白され恋人になった一花(いちか)、一花に片想いする律(りつ)の、幼なじみの三角関係です。男の子のキャラクターが登場するのが意外に感じました。
岩見 学生のときに読んだ奥浩哉(おくひろや)先生の『変』って、これまで女の子と恋愛してきた男の子が、かわいい男の子を好きになるお話で、女の子っぽい男の子である佐藤を好きになった鈴木が、「俺はゲイじゃない……俺はただ佐藤が好きなだけなんだよ……」と言うシーンがあるんです。
――性別じゃなくて、その人だから好きになった、と。
岩見 子供心に感動したのを覚えています。だから私が百合を描くときも、男性はこの世界にちゃんといて、その中でこの女の子が好きなんだと描きたい気持ちがあります。百合ジャンルの商業誌で描くとなると、気をつけていても男の子は空気みたいな存在になりがちです。そういう意味では『透明な薄い水色に』は、私の中でも貴重な作品かもしれないです。
――『透明な薄い水色に』単行本の収録作『エプロン』もまたフェチと歪(ゆが)んだ愛でいっぱいです。
岩見 主人公の茜がにおいフェチで、好きな人である絵里奈のエプロンを別の人に着せてにおいを嗅(か)ぐ。だいぶ変態です(笑)。
――自分で着るんじゃないんだって思いました。自分で着るのは解釈違いなのだと(笑)。
岩見 茜が絵里奈のエプロンを、バイト仲間の中条に着せてからケチャップで汚す場面は自分でも気に入っています。大事だからこそ汚しちゃう。それもまた愛だと思うし、好きです。重松清先生の『愛妻日記』に収録されている短編「ソースの小壜」に、潔癖症の母のもとで育った男性が、不倫をした妻を、他の男に犯してもらうことで汚すというお話があり、真っ白なセーターを見ると汚したくてたまらなくなる様子がとても印象に残っていて、『エプロン』にも反映させています。
- 岩見樹代子
- いわみきよこ 2011年に『絶交』で『アフタヌーン』で萩尾望都特別賞、2012年に同誌にて『千代のくちびる』で四季大賞を受賞。2017年に『あのレモンかじって。』で第17回 百合姫コミック大賞受賞を経て、『コミック百合姫』にて『透明な薄い水色に』『ルミナス=ブルー』を連載。現在は『今日はカノジョがいないから』を連載中。
