Febri TALK 2025.04.04 │ 12:00

井上伸一郎 編集者・作家・プロデューサー

③劇場アニメへの思いを遂げることができた
『時をかける少女』

雑誌『アニメック』や『月刊ニュータイプ』に携わり、アニメや特撮の第一線を走り続けた編集者・プロデューサー、井上伸一郎への連続インタビュー。その第3回は、製作者として参加した細田守監督の、あの名作について。公開された2006年当時のアニメ映画の状況を振り返りつつ、製作の裏側を聞いた。

取材・文/宮 昌太朗 撮影/松本祐亮

「あの細田さんとやれるなんて」とうれしかった

――3本目に挙がったのは、細田守監督の劇場アニメ映画『時をかける少女』。井上さんは角川書店のプロデューサーとして、製作に参加しています。
井上 1983年の大林宣彦監督の実写版も好きでした。それこそマンガ家のゆうきまさみさんとふたりで新宿東映に見に行った帰り、ご飯を食べながら「いかに原田知世が素晴らしいか」を語り合ったりしたんですけど(笑)。それはさておき、2004年の末頃に、新宿の喫茶店でマッドハウスの丸山正雄さんとお会いして、「東映アニメーションを離れた細田さんが『時をかける少女』の映画を作りたがっている。なんとか頼まれてくれないか」と言われたんですね。丸山さんから聞いた話だと、今敏監督が『パプリカ』を手がけることになったタイミングで筒井康隆先生にお会いして、同時に『時をかける少女』の映画化をOKしてもらっていたそうなんですが、少し時間が経っていたので、あらためて私も筒井先生にお会いして、許可をいただきました。そこで「今回のアニメ版は原作通りのストーリーではなくて、次の世代の話なんです」とお伝えしたら、好意的に受け止めていただいて。『デジモンアドベンチャー』やルイ・ヴィトンのプロモーション短編「SUPERFLAT MONOGRAM」などで、細田さんのことは以前から注目していたので「あの細田さんと仕事できるなんて」と、うれしかった記憶があります。

――当時の井上さんは、立場的にはどういうポジションだったんでしょうか。
井上 アニメコミック事業部の部長です。アニメコミック事業部というのは、『月刊ニュータイプ』や『少年エース』『ASUKA』のようなマンガ系の雑誌と、スニーカー文庫、ルビー文庫などのライトノベルからなる部署だったんですが、TVアニメも手がけていたんです。当時は年間10本くらいですね。でも、テレビだけじゃなく、劇場作品もやりたいなと思っていて。じつは角川書店の中には、別に映画を作る部署があったんですが、『時をかける少女』は「アニメコミック事業部でも映画をやりましょう」ということになり、映画の部署にいた劇場の営業担当たちと打ち合わせをして、助け合って製作しています。

――アニメコミック事業部としては、初めて手がけた映画だった。
井上 そうですね。だから『時をかける少女』は自分にとって、仕事の転機になった作品なんです。じつはずっと以前に、東京テアトルさんから声をかけていただいて、大友克洋さんがシナリオの『老人Z』(制作当時はOVA、後に劇場公開)に出資をしているんですが、そのときは途中で私が女性誌に移ってしまったので、完成を見届けることができなかったんです。それが心残りになっていて、「いつか劇場アニメを作りたい」という気持ちがずっとありました。

――ある意味、リベンジでもあった。
井上 当時、劇場アニメを製作するということ自体、大変ハードルの高い時代でした。もちろん、子供向けの定番作品はありましたし、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』でも、監督の庵野秀明さんやキングレコードの大月プロデューサーと向き合っていたのは私だったんですが、映画製作は角川の別の部署がやっていたんです。それに『ドラえもん』や『クレヨンしんちゃん』も、『エヴァンゲリオン』も、TVシリーズで人気があるから劇場アニメになったわけで。単発で、いわゆるアニメファンや一般の映画観客をターゲットとしたアニメ映画という存在自体、なかなかなかったんです。

一度できあがっていたシナリオを「全部捨てます」

――アニメ映画が毎週のように公開されている今の状況とは、まったく違いますね。
井上 『時をかける少女』の前にも、『茄子 アンダルシアの夏』のような素晴らしい作品はあったんですが、興行的にも大成功させようと思うと、とてもハードルが高くなる。そこで『時をかける少女』のときは、公開する映画館の館数を絞りました。その代わりにメイン館である新宿テアトルを聖地にしよう、と考えました。当時はまだ立ち見があった時代なので、劇場で満員状態を続けよう、と目標を立てて。

――振り返ってみると、今のアニメ映画の活況がある、その道しるべになったような作品だったのかもしれないと思います。
井上 そうですね。2011年にとあるレポートを見る機会があったんですが、そこには「アニメ映画はダウントレンドだ」と書かれていたんです。あの頃までは、アニメ映画はそうそう当たらないという感じでしたね。新海誠監督も『君の名は。』までは上映館数が少なかったですし。細田監督の作品も『時をかける少女』以降、『サマーウォーズ』や『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』と、だんだん公開館数が増えていくにつれて、観客も増えていきました。

――『時をかける少女』を作っていて、面白かったのはどこですか?
井上 細田さんは最初に上がっていたシナリオを一度、全部捨てているんです。たしか3~4稿あたりまで進んでいたんですが、面白いんだけど、なんとなく話のスケールが小さいな、と思っていて。そうしたらある日、細田さんが「全部捨てます」と言って、イチから作り直すことになりました。完成版をご覧になった方はわかると思いますが、『時をかける少女』は、人生のビジョンが見つからなかった少女・真琴が、それを見つける話なんですね。シナリオを作り直した際に明確な一歩を踏み出すという展開に変わったんです。もちろん、未来から来た少年との出会いと別れがベースにあるんですが、最初のシナリオと完成版ではそこが大きく違う。その変更によって、素敵なストーリーになったと思いました。

――なるほど。最後に、井上さんが執筆した『メディアミックスの悪魔 井上伸一郎のおたく文化史』が最近発売されました。これはどんな本なのでしょうか?
井上 基本的には、私の幼少期から現在に至るまでを書き綴った本です。書き始めてみてわかったんですが、子供の頃に好きだったアニメやマンガを馬鹿にされると、どうして私はこんなにも怒る性格になってしまったのか。そこを突き詰めて考えるというところから始まります(笑)。あとは、久しぶりに編集者らしい仕事をやった本でもありますね。カバーイラストの著作権交渉をしたんですが、権利元である円谷プロとバンダイナムコフィルムワークス、石森プロ、東映の皆さんとのやり取りを、全部自分でやりました。あのカバーイラストは、普通はなかなか実現しない貴重なものです。ここは自慢したいところです(笑)。endmark

KATARIBE Profile

井上伸一郎

井上伸一郎

編集者・作家・プロデューサー

いのうえしんいちろう 1951年生まれ。東京都出身。『アニメック』編集部を経て、『月刊ニュータイプ』創刊に参加し、ザテレビジョン(現・KADOKAWA)入社。雑誌・マンガ編集者およびアニメ・実写映画のプロデューサーを歴任し、2007年に角川書店代表取締役社長、2019年にKADOKAWA代表取締役副社長に就任。現在は合同会社ENJYU代表社員。2025年3月18日には新著『メディアミックスの悪魔 井上伸一郎のおたく文化史』が発売された。小説投稿サイト「カクヨム」に初のWeb小説を連載中。ユーザーID「ENJYU _Inoue」で検索!

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