重盛の異母兄弟たちは、アニメでは明確にキャラクター化されている
――重盛亡きあと、平家の家督はまず宗盛(むねもり)へ。重盛の三兄弟の理解者として重衡(しげひら)がいて、後半の戦乱では知盛が活躍し、最後は彼と義経の最終決戦である壇ノ浦へ向かっていきます。
古川 重盛の異母兄弟たちについては、アニメでは役割を明確に割り振って、キャラクター化していると思います。知盛は基本的には知的な人間という気がするんですけど、ちょっと豪快な感じに変わっていますよね。一方、宗盛は僕が書いたのとあまり変わらない。わかりやすいダメなトップです(笑)。
平宗盛
平重衡
平知盛
――三兄弟の同世代、敦盛(あつもり)についても。彼の最期は有名ですが、三兄弟の現代性と比べると真逆の印象も受けます。
古川 王朝文化のイメージがいちばん強い人ですよね。普通のアニメだったら、あの敦盛のキャラクターで義経を描くんじゃないかな、という気もしました。僕は義経にはいろいろな思いがあって、現代語訳のときもすごく冷たい人間にしたんです。その冷たさを今回のアニメは再現してくれているから、敦盛は「いかにも王朝の美少年」になったんじゃないかという気がします。
平敦盛
源義経
義仲のキャラクターについては責任を感じています(笑)
――今、義経の話が出ましたが、源氏サイドにも触れていきたいと思います。今回のアニメでは作り手側にも「平家を上げていこう」という意図があったとか。
古川 源氏は落としてね(笑)。『平家物語』の形が整ってきたときは、鎌倉幕府の力がまだすごく強かったんです。ということは、源頼朝について変なことは書けない。それと朝廷で30年間以上、ずっと権力を握っていた後白河のことも書けない。だから僕も、本当はもっといじりたかったんですけど、原文をどう読んでも「頼朝さんは素敵で本当に頭がよくて、いい人ですね」みたいなことしか書いていないんです。後白河なんてすっとんきょうなはずなのに「ぜんぜん『遊びをせんとや』(※1)とか言ってない! ドラマのイメージと違うじゃん!」という感じで(笑)。アニメは、そこを出してくれたなと感じました。ずるいって思ったのは、頼朝の妻・北条政子の策士ぶり。じつは女が歴史を作ったという事実を、はっきり提示していますよね。ただ、僕は頼朝っていう歴史的人物は嫌いなんですけど、カリスマがあったことは本当だと思うので、あのアニメのキャラとは違うと思います(笑)。
源頼朝
後白河法皇
――複雑な心境ですね(笑)。トリッキーな木曾義仲もいましたが、いかがでしたか?
古川 義仲、大好きです。義仲の何者でもない感、田舎者で笑われちゃう感。ちょっとしゃべったら「お前なまってるよ」とか言われて、京都人から「ぶぶ漬けどうですか?」みたいにいなされてしまうタイプ。感情移入しすぎて、僕はこの人を首都圏からちょっと離れたところで育ったヤンキーのリーダーにしようと思って訳したんですね。で、その訳し方のせいで、最終的にアニメではあそこまでいってしまったっていう。責任を感じています(笑)。
木曾義仲
――一方、義経は本当に冷たい、貴族感が強い造形です。
古川 義経は嫌な人ですね。勝てばいいっていう。京育ちで、武士の中でも自分がいちばん貴族性があると思っていて、末っ子だから「実績を出して俺は目立つ」って豪語する。そりゃ長男・頼朝が最終的にキレちゃうよなって感じで、その造形は原文に本当に忠実なんです。義経がヒーローとして描かれるようになるのは、もうちょっと時代が経ってから。まだ歴史的な記憶が新しくて、「俺、義経さんのところで兵隊やってたんだよ」っていう人から取材ができた時代の『平家物語』では、ああいう義経像がリアルだった。僕はこの冷たい義経のほうが実像だろうと思っています。だから、頼朝は怖かったんですよね。
- ※1 今様と呼ばれる歌謡をまとめた『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』の中の歌のひとつ。この『梁塵秘抄』は後白河法皇が平安時代末期に編纂した。
僕は自分の現代語訳において、「びわ」をやらせてもらったんだと思います
――そして、びわとともに平家の滅亡を最後まで見届けるキーパーソン、徳子。女性として生きる苦悩が現代の私たちともリンクし、鮮烈な印象を残します。
古川 アニメの徳子は本当にカッコいい。キリッとしてね。突き放せるところは突き放せる人。それは原文にはない魅力です。ただ、原文ともつながるのは、平家一門、あの戦いで死んだ人たち全員を成仏させようという意志を持っているところ。僕の現代語訳はもともと女性の比重がめちゃくちゃ高いんですけども、それをひとりのキャラクターとしてアニメの中では造形してくれたんじゃないかなって。彼女はそんな存在です。
――ここまで、主な登場人物について聞いてきました。今年は古川さん原作の『犬王』も映画化公開されますが、『平家物語』が日本のエンターテインメントに残した足跡を、どう考えていますか?
古川 結局、自分がやったことは『平家物語』を今の言葉にして、自分なりのディテールやテクスチャーを加えて新しい形にしてきた――昔だったら歌舞伎にしたり、能にしたりした人たちと同じことだったのだなと。そこからありがたいことに山田(尚子)監督のアニメとか、湯浅(政明)監督の『犬王』とかが生まれていって、それがまた新しい鑑賞者、語り継ぐ人たちを生んでいく。次にバトンを渡すことができたんだなって気づきました。最初は「そういうのどうかね」なんて思っていた役割を、ちゃんと担えたことがうれしいです。
――アニメの主人公・びわは、平家の滅亡を前に「何もできない」と苦悩しますが、終盤、鎮魂のために歌うことこそ自らの役割だと気づきます。先生とびわは、まさに共鳴していますね。
古川 そうですね。僕は、自分の現代語訳において、びわをやらせてもらったんだなと思います。僕たちもみんな、いずれ死んじゃうわけなんだけど、ときめいたり、悲しんだりしながら、何かを残せたりもする。最後まで自分なりに一生懸命生きればいいんじゃないかって。それこそが、『平家物語』が言っていることじゃないかなって思います。
- 古川日出男
- ふるかわひでお 小説家。1966年福島県生まれ。1998年、長篇小説『13』でデビュー。代表作に『LOVE』『女たち三百人の裏切りの書』『ベルカ、吠えないのか?』など。2016年刊行の池澤夏樹=個人編集「日本文学全集」第9巻『平家物語』の現代語全訳を手がけた。TVアニメ『平家物語』に続き、今夏『平家物語 犬王の巻』を映画化した『犬王』も公開される。