TOPICS 2022.06.09 │ 12:13

アムロ・レイの演じかた
~古谷徹の演技・人物論~ 第2回(前編)

第2回 『機動戦士ガンダム』のアムロ・レイ

星飛雄馬からの脱却を目指して取り組んだ『機動戦士ガンダム』の主人公アムロ・レイ。それまでのロボットアニメとは異なる主人公像に対して、古谷徹は自身の経験を反映して役作りをしていく。アムロ・レイとはどういうキャラクターなのか、さらに最新作となる『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』での演じ分けについてなど、15歳のアムロ・レイについて聞いた。

取材・文/富田英樹 撮影/高橋定敬 ヘアメイク/氏川千尋 スタイリスト/安部賢輝 協力/青二プロダクション、バンダイナムコフィルムワークス

第一声がキャラクターを決めてしまう

――実際の演技としては、アムロをどう表現しようと考えたのでしょうか?
古谷 それまでのロボットアニメの主人公というのは熱血系が多くて、どうしてもオーバーなお芝居を求められていた。ある意味、誇張した演技になりがちだったのですが、アムロの場合はどこにでもいる普通の少年なのだから、無理に叫ぶ必要はない。だからこそ日常会話をリアルに演じたいと思っていたので、最初のセリフ「ハロ、今日も元気だね」というのは肩の力を抜いてマイクに声が乗らなくてもいいくらい、独り言のようにしゃべることにしたんです。その一方で、第1話でザクに斬りかかっていくシーンではマイクが壊れてもいいくらいに叫んでいる。あのときのアムロは死に物狂いなわけで、そういうときに普通の少年が出せる声を考えると、従来の熱血系主人公が言うような「エイッ」とか「ヤアーッ」みたいな掛け声ではない。恐怖の叫びである「アアーッ」っていうだけなんです。でも、こういう工夫というか芝居は音響さんが嫌がることも多い。強弱のバランスを取るのが大変になるので「もうちょっと声を出して」とか「もう少し抑えて」とか注意されるんですけど『機動戦士ガンダム』ではそういうことは一切なかった。実際は音響監督の松浦典良さんがやらせてくれていたのかもしれないけれど、僕としては「これをやらせてくれるんだ、大丈夫なんだ」と安心できたことで、全編を通してその方針を貫くことができた。だからこそ、自分で作った自負があるんです。

――アムロというキャラクターを構成する要素は、第1話に全部含まれていたとも思えますね。
古谷 日常会話からスタートするロボットアニメというのも珍しかった時代ですからね。当時の一般的な主人公は、事件に巻き込まれてサイボーグにされたり、ロボットに乗せられて敵と戦ったりするものでしたが、アムロの場合は父親がたまたま開発者だったので、ある程度の知識もあり、自らの意思でガンダムに乗った。戦争に巻き込まれなければ、ガンダムに乗ることもなかったでしょう。そういう意味で、『機動戦士ガンダム』はそれまでの作品とは印象もかなり違いました。また、僕の場合、それまでのTVアニメでは第5話くらいまでにキャラクターを把握できればいいかなという感覚だったんですよ。でも、『機動戦士ガンダム』の時期ぐらいからは第1話の第一声で決まってしまうと考えるようになっていたので、アムロの場合もそこは気を使って演じたことをよくおぼえています。

――アムロ・レイというキャラクターを完全につかんだと思ったときはいつでしたか?
古谷 収録の段階では物語の先がわからなかったので、アムロと一緒に成長していく感覚でした。劇中でアムロはどんどん成長していって、最初は戦いへの恐怖や嫌悪を見せていたのが、次第に戦士としての自覚や責任感を持つようになっていく。ブライトにも反抗するようになるし(笑)、ニュータイプとしての覚醒もあるから、つかんだというよりは一緒に成長していくという感覚でした。第1話で自分の思い通りの演技ができたことで、アムロはこういうキャラクターでいいんだという自信を持てたから、あとは物語の展開を一緒に体験して、アムロが変わっていくのをそのまま演じることができたように思います。

意図的にやったのはニュータイプの演技ですね。劇中で額に稲妻が走り、アムロがニュータイプであると判明するわけです。もちろん、それまで富野監督からは、そういった説明は一切ありませんでした。ニュータイプについて富野監督に尋ねると「ああ、気がついちゃいましたか」って。人類の進化系であると説明をされたけれど、ではそれをどうやって演じればいいのかと考え込んでしまった。劇中におけるニュータイプは、目で見えないところからの敵の攻撃を感知しているわけじゃないですか。じゃあ、僕も目をつぶって演じたらいいんじゃないかと(笑)。だからスクリーンを見ないで、何かを感じたらセリフをしゃべろうと思って試してみたら、ピッタリ合ったんです。振り向きざまにビーム・ライフルを撃つシーンで「そこだ!」というセリフです。もちろん、テストをしているから、他の演者さんのセリフから感覚的にタイミングがわかるということもあるかもしれないし、まったくの偶然かもしれない。でも、感じるままに発声したときに絵とピッタリ合ったときはゾクゾクしたし、ニュータイプの片鱗みたいなものを感じられたのかなと思っています。

マチルダの死を悼む「泣きの芝居」

――アムロの演技で苦労したことはないのでしょうか?
古谷 最初にアムロを表現できると確信して、先ほども言った通り、物語の進行とともに成長していく感覚だったので、取り立てて苦労したことはありませんでした。あえてひとつ挙げるとすれば、ガンダムで脱走したアムロが帰ってきて独房に入れられたシーン(TVシリーズ第19話)。独房の中からアムロがブライトたちに向かって叫ぶんですが、セリフがかなり長いんですよ。感情が高ぶっている状態の演技はどうしても早口になりがちですが、そうなるとアニメで表現されている絵のタイミングとズレてしまう。このシーンはカット割りも複雑で、キャラクターの顔が映らないいわゆるオフのセリフも多い。つまり、演技をするための気持ちは維持しつつも、別の自分は冷静に画面の動きと合わせる作業をしなければならないわけです。感情表現を維持しつつ画面に合わせるという技術的なことを要求され、しかもその両方で満点を取らなければならないのが僕らの仕事ですから、そこが苦労した点として印象に残っているシーンですね。

――アムロが感情を高ぶらせるシーン、いわゆる泣きの演技は他にも多くありますね。
古谷 泣きの芝居は得意なんですよ。泣かないといけない場合は、すぐに涙を出せるというのが子役時代から僕の特技でもあるんです。もちろん、なんでもかんでも泣けるわけじゃなくて、共感できるよくできた脚本でないと無理ですけどね(笑)。アムロの場合は第1話でフラウ・ボゥの母親たちが戦闘に巻き込まれて亡くなるシーンがあって、泣き崩れるフラウを励ます芝居がありますね。でも、あそこはフラウが先に泣いてしまっているから、アムロはむしろ我慢して励ます側になんとか立とうとしている印象でした。個人的にはマチルダさん(※マチルダ・アジャン中尉)の戦死が印象に残っています。アムロにとっては自分を守ろうとして死んでしまったわけだし、彼女への憧れも強かった。アムロにとって本当に大切な人だったし、マチルダ自身には婚約者もいて、これからっていうときに自分のせいで戦死してしまった。あの「マチルダさ~~ん!」というシーンでは、自分の心の中で「マチルダさん、マチルダさん……」という言葉をしゃべっておいて、途中から声に出すようにしたんですよ。声に出す前から入り込んでおかないと気持ちを表現できない、本当に泣けないからです。後日、劇場版三部作の特別版(※2000年発売のDVD)を出すときにセリフを全部新録したんですが、あのときは富野監督を待たせてしまったんです。どうしても同じように集中して泣きたかったので、気持ちができるまで待っていただいたんですが、これを(カイ・シデン役の)古川登志夫さんがおぼえていて「富野監督を待たせた古谷はすごい!」って、よく冷やかされます(笑)。そのときは他の声優さんにスタジオから出ていただいて、自分ひとりでやらせてもらいました。それくらい集中しないと気持ちが作れなかったし、それくらいあのシーンはアムロにとって重要だと思ったんです。戦争の悲惨さや悲しみを表現したかっただろうし、視聴者にはアムロへの感情移入をしてほしかったシーンだと思います。endmark

古谷 徹
ふるやとおる 7月31日、神奈川県生まれ。幼少期から子役として芸能活動に参加し、中学生時代に『巨人の星』の主人公、星飛雄馬の声を演じたことから声優への道を歩み始める。1979年放送開始された『機動戦士ガンダム』の主人公アムロ・レイをはじめ、『ワンピース』『聖闘士星矢』『美少女戦士セーラームーン』『ドラゴンボール』『名探偵コナン』など大ヒット作品に出演。ヒーローキャラクターを演じる代名詞的な声優として現在も活動中。
映画情報

機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島

全国公開中

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