『サードシーズン』の心残りを払拭したかった
――伊礼さんは前作『ヤマノススメ サードシーズン(以下、サードシーズン)』から原画として参加しています。『Next Summit』は約4年ぶりの参加となりましたが、作品そのものにはどんな印象を持っていましたか?
伊礼 アニメのキャラクターデザインがすごく私の好みなんです。じつはアニメーターになる前からこのデザインが好きで、よくあおいたちを模写していました。当時、イラスト関連の仕事をしていたんですけど、アニメーションには関わったことがなくて。いつかアニメーターになりたいと思いながら描いていました。まさか自分がその作品に関わることができるとは夢にも考えてもいなかったので、『サードシーズン』で原画のお話をいただいたときはすごくうれしかったのをおぼえています。
――まさに念願だったんですね。
伊礼 そうですね。ただ、『サードシーズン』では別作品の作業も詰まっていて、なかなか時間が取れなくて。「もっと描きたい!」と思いつつ、泣く泣くあきらめたところがたくさんあったんです。なので、今回はリベンジと言いますか、『サードシーズン』のときにできなかったことをちゃんとやりたいと思ってお引き受けしました。
――『Next Summit』ではOPアニメと第7話Bパート「クラスメイトと山登り!」に原画としてクレジットされています。
伊礼 OPアニメで私が描いたのはタイトルが表示される森のカットだけなので、個人的にリベンジできたなと思えたのは第7話ですね。
――第7話Bパートは、あおいとひなたがクラスメイトたちといっしょに高尾山に初詣に行くエピソードですが、どのシーンを担当したんですか?
伊礼 高尾山を登ったあと、賽銭箱にお賽銭を投げ込むカットから、みんなで記念写真を撮って、あおいが「またひとつ、新しい山の思い出ができました」というモノローグとともに笑顔を見せるカットまでです。
――あおいたちを描くのは久しぶりだったと思いますが、手応えはいかがでしたか?
伊礼 個人的には満足しています。『サードシーズン』で描いたカットは屋内のシーンがほとんどで、画角も自由度が少なかったんですね。それに比べて今回は屋外のカットで画角も自由でしたし、望遠レンズを使ってみたりと、わりとノビノビとやらせていただきました。
女性を美しくかわいく描きたい
――ちなみに伊礼さんにとって描きやすいキャラクター、描くのが難しいキャラクターはいますか?
伊礼 あおいは描きやすくて、ひなたは難しいですね。アニメーターになる前に模写していたときも、あおいは本当に描きやすくて好きでした。横髪の束になっている部分が決まれば、あとはあまり気にせずともあおいになるんです。逆にひなたは前髪のバランスがちょっとでも崩れると、別作品のツインテールの女の子に見えがちなんですよね。ひなたを描くたびに「この前髪は難しいなぁ」と思います。
――なるほど。個人的に好きなキャラクターはいますか?
伊礼 かすみです。クールビューティー的なビジュアルもすごく好みなんですけど、意外とはっきりとモノを言う性格も好きで、今回の第7話でもかすみを描くことができてうれしかったです。
――伊礼さんには「とにかく女の子をかわいく描く方」という印象があったのですが、やはりこだわりがあるのですね。
伊礼 そうですね。決して男性を描くのが嫌いというわけではないんですけど、やっぱり女性を美しくかわいく描くというのは、作画における最大のモチベーションですね。幼女からおばあちゃんまで、年齢にはあまりこだわりがなくて、とにかく女性が最大限に映えるカットを描くことに人生の喜びを見出しています(笑)。
――演出を担当した第9話Bパート「ひなた一家と、いざ鎌倉!」は、とにかくひなたの母(舞)のインパクトが強烈なエピソードでした。
伊礼 シリーズを通じて、ひなた母に初めてスポットが当たったこともあり、彼女をいかに印象的に描くかをずっと意識していました。それは演出としては当たり前なんですけど、ひなた母のストレスの溜まり方や言動が当時の私とシンクロしすぎていて、プラン以上に力が入った感は否めません(笑)。
――画面の端々から異常な熱量を感じたのはそのためだったんですね。そういえば、自身のTwitterでもセリフを引用していましたね。
伊礼 「人間らしい生活って、大事よねホント」というセリフですね。当時は本当に仕事が積み上がって追い込まれていたもので……すみません(笑)。
――鎌倉が舞台になっていましたが、お気に入りのシーンはありますか?
伊礼 素焼きの皿を石にぶつける「厄割り石」のシーンでは、あおいとひなたの皿の投げ方でふたりのキャラクター性の違いを表現しつつ、最後はひなた母がすべてをかっさらっていくというテンポのよさを意識していて、わりとうまくいったかなと思っています。
――ひなた母の投球シーンは、途中で絵柄がガラッと変わって荒々しくなりますね。そういう遊び心も印象的でした。
伊礼 このカットの原画は大久保俊介さんなんですけど、素晴らしかったです。『ヤマノススメ』はシーンに合わせて絵柄が多少変わっても許される作品なので、アニメーターとしてもすごくやりがいがあるんですよ。ここもそういう自由度の高さを最大限に活かした仕掛けですね。
――ちなみに作中ではひなた母の職業がまだ明らかになっていませんね。個人的にはどんな仕事をしていると想像していますか?
伊礼 キーワードはいろいろとあるんですよね。「クソ新人」「納期を守らない外注」「融通のきかないクライアント」「わがままなデザイナー」とか。それらから想像するに、おそらくWebやイラスト、デザイン業界なのかなって思っています。一部には、ひなた母の愚痴は山本(裕介)監督の愚痴そのものという噂もあって。もし、そうだとすると参加アニメーターとしてはすごく耳が痛いです(笑)。
アニメーターと演出、両方の道を極めたい
――伊礼さんにとって『ヤマノススメ』はどんな作品になりましたか?
伊礼 結果として、私のアニメーター、演出家人生においてターニングポイントになった作品です。私は韓国出身で、日本語が母国語ではないこともあり、演出における細かいニュアンスを説明することが苦手だったんです。ですが、今回、OPアニメの絵コンテと演出をやらせていただいたことで、あらためて覚悟が決まった感じがしました。
――原画だけではなく、演出の道も目指そうということですか?
伊礼 そうです。日本語が完璧ではない以上、原画だけに集中したほうがいいのかなと考えていた時期もあったんですけど、やっぱり演出もやりたいという気持ちが高まってきて。もともと「芝居が描ける監督」になることが夢で、アニメーターと演出、どちらのスキルも磨いていきたいと考えていたんですが、『Next Summit』の現場を経て、その夢を追うことに迷いがなくなりました。来年はアニメーターとしていろいろな作品に呼んでいただけそうで、そちらがメインになりそうなのですが、そのあとは演出や絵コンテに積極的にまた取り組んでいきたいなと考えています。
- 伊礼えり
- いれいえり 韓国出身。アニメーター、演出家。アニメーターとしての主な参加作品は『Re:ゼロから始める異世界生活』『リトルウィッチアカデミア』『メイドインアビス』『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』『シン・エヴァンゲリオン劇場版』など。近年は絵コンテや演出としても活動の幅を広げている。