多くを語らずともわかるさとう監督との仲
――さとうけいいち監督と池さんのタッグは『TIGER & BUNNY』『聖闘士星矢 LEGEND of SANCTUARY』『GANTZ:O』『いぬやしき』など多数ありますね。『戦隊大失格』の依頼はさとうけいいち監督からだったのでしょうか?
池 そうでしたね。正直、最初はさとうさんが何を言っているのかわからなかったんですよ。「『五等分の花嫁』の作者の方が連載している面白いマンガがあって。表向きはヒーローものなんだけど、じつはそのヒーローは主人公じゃなくて……。今度そのTVアニメをやるから、大丈夫だよね?」って(笑)。
――さとう監督が劇伴に求めるのはどんなことなのでしょう?
池 さとうさんが劇伴に求めるのはアニメらしい音楽じゃないんですよね。どちらかというとハリウッド映画のような実写っぽい音楽。好みがはっきりしていると思います。『鴉 -KARAS-』のときは大変でしたけど、そのあと『TIGER & BUNNY』でもご一緒して、だいぶつかめてきました。さとう監督とやるときは、特別な打ち合わせはしないです。交わす会話は「どんなのがいいの?」「ハリウッド映画の俺が好きなダニー・エルフマンみたいな」っていうだけ。さとう監督ってアバンの見せ方を工夫するほうだから、冒頭は音楽でも押し出していかないといけない。最初の2分間くらいで、このアニメをどう見たらいいか、というのを出しきっちゃうんですよね。映画でよくある手法をアニメでもやりたいんでしょうね。劇伴もそこについていかないとシーンが成立しないんですよ。
――さとう監督とは電話でよく話しをするそうですね。
池 適当な話ばかりですけどね。雑談から始めて、2時間くらい話している中で次第に監督が作品について考えていることをキャッチしていく感じ。劇伴に必要なことは本当にちょっとなんですけど、とても重要で。適当に聞き流していると、あとで「あれ、なんて言っていたっけ」ってなっちゃう。この作品では、楽器の音色で引っ張っていくみたいな飛び道具的なことは一切していないですね。オーソドックスに作り、ヒーロー側はヒーローっぽく。怪人側は悲哀に満ちた、面白くも悲しくもコメディにもなるような音楽に。さとうさんってじつはもともとお笑い芸人を目指していた人だから、ズッコケギャグみたいな話は絶対にやらないですよね。ちゃんと筋道を立ててギャグが落ちる。そこに音楽でついていくのは至難の業ですよ。
作品全体を音楽によって統一できるのが理想
――本作はフィルムスコアリング(実際の映像に合わせて音楽をつけていく手法)で作っているとのことですが、劇伴全体の軸というと?
池 竜神戦隊ドラゴンキーパー(以下、大戦隊)側の音楽と、戦闘員Dをはじめとする怪人側の音楽の2種を大きく作っています。大戦隊側の音楽は、全部を押し流していくくらいパワーのある感じ。けれど、視聴者の心に残っていくのは怪人側の音楽なんだと意識しながら作っています。ヒーロー側は表面的な賑やかしで「ドラゴンキーパーすごいぞ。この番組すごいぞ」という感じ。でも、本当に大事なのは怪人側のほうで、彼らの曲は悲哀に満ちていたり、コメディっぽかったりするんです。
――フィルムスコアリングには当然、難しさもあるわけですよね?
池 とくにさとうさんの作品は難しいです。アニメだから1曲の尺も短いんですよ。ゆっくり押していくというよりも、映像を見せつつ縫っていく感じなので。このシーンは次のシーンに行くためのブリッジにしよう、というように頭を使って作っていかないと成立しない。『鴉 -KARAS-』も『TIGER & BUNNY』も『神撃のバハムート』もそうでした。
――怪人側のほうが重要ということですが、どんなことを考えながら音楽を作ったのでしょう?
池 第1話で戦闘員Dが描かれるシーンは、映画のようないい音楽なんですよ。まだ序盤で、Dは本性がわからないのにいい音楽で終わることができたので、自分でもびっくりしました。これは面白いなと思ってさとうさんに聞かせたら「いいね、面白い」って。スタッフの皆さんを驚かせたいという思いもありますね。Dの曲はいちばん難しかったな。いろいろなモチーフがあって、同じものでもさまざまな色合いを出しているんです。さとうさんのこれまでの作品の中にも、その色ってないんですよね。だからさとうさんも気に入っているみたい。まだトレーラーやPVにも使っていないですからね。
――戦闘員D以外にもキャラクターのテーマ曲はあるのでしょうか?
池 僕とさとうさんはそれはやらないんです。先ほど言ったように、大戦隊側と怪人側という大きなテーマ曲はあるんですけど、それ以外に印象的なものは作っていません。日本の映像作品はキャラクターのテーマ曲、いわゆるキャラテーマが多いですが、テーマ曲を当てることが優先されてメッセージが散漫になってしまい、最後に何も残らなくなってしまう。僕はそれが苦手だし、さとうさんも「俺はそういうのはやらないんだ」とおっしゃっていました。それよりも作品やストーリーの匂いや色みたいなものが、音楽で全部統一されているのが理想ですね。
――Dは人間ではないので、私たちには彼の思考が理解しにくい部分もありますよね。Dのキャラクター性は音楽を作るうえでどのように作用しましたか?
池 Dの曲を作るときに考えたのは、怪人は神具がない限り死なないということ。神具以外の武器でやられても、すぐにもとに戻せるんですよね。僕たちとは違う哲学を持っているから、あまりシリアスな音楽はいらないだろうなと。怪人たちにとっての恐怖は、神具でやられたときに自分が復活できなくなることだけ。そのことに気づいたのは、作曲するギリギリだったんです。怪人たちって適当じゃないですか。そこが面白いんです。死ぬかもしれないという恐怖がないから、毎週の怪人を考える会議もあんな空気だし。それに気づいてから、スイッチを切り替えましたね。
劇伴はあくまでも戦闘員D目線で作りたい
――オーケストラで収録したということで、期待が膨らみます。
池 今回は海外のオーケストラでレコーディングしたのですが、「やっと海外オケ(オーケストラ)でできるね」とさとうさんと喜び合いましたし、出来上がったものを聞いたときは大喜びしていましたよ。ただ、さとうさんの要望を全部聞いていたら全曲オケにしないといけなくなる(笑)。そこはこちらでバランスを取りながら作っています。今回収録させていただいたオケはかなりの大所帯です。僕がこれしかできないというのもあるんですが(笑)、スタンダードな編成で、ブラスセクションにバキッと吹いてもらって。オケだと集中して作れますね。
――さとう監督と池さんによるヒーローものというと『TIGER & BUNNY』を連想する方も多いと思います。『TIGER & BUNNY』との差別化は意識しましたか?
池 じつは、大戦隊側の人たちの音楽は『TIGER & BUNNY』にむしろ寄せています。日曜決戦に実況が入ったりして『TIGER & BUNNY』と近い部分があるので、そこは変に裏切っても面白くないなと思って。さとうさんが「もっとハリウッド映画っぽくしていいよ」と言ってくれたので、だったら思い切りやっちゃおうと。なので、バージョンアップ版という感じですね。大戦隊こそがヒーローなんだと思わせて、覆されたときのギャップを作りたいですから。
――最初は大戦隊側に目が行くかもしれませんが、戦闘員Dと怪人側の音楽は注意して聞いたほうがよさそうですね。
池 戦闘員Dっていろいろと姿が変わるし、姿が変わると声優さんも変わってしまうので、Dなのか、そうでないのかがわからなくなるんです。音楽がないと成立しないなと思って、印象的なDのテーマ曲みたいなものを作りました。感情だけを表現すればいいのではなく、そういった物語の構造をわからせる役目を音楽が担うのも珍しいことだなと思います。逆に言うと、正体がバレるかどうか?といったところでDの曲が流れていいのか……みたいな問題はあると思いますが、選曲スタッフは『TIGER & BUNNY』と同じ方ですし、さとうさんもそこはわかっているでしょうからね。
――後半に行くにつれてそれぞれの事情もわかっていきます。
池 けれど、大戦隊側の劇伴は深追いしません。あくまでも劇伴はD目線で行きたいと思っています。こう話していると、本当にすごい作品ですね。どうなっちゃうんだろう。劇伴的にも大変なことになっていきそうです(笑)。
――現在進行形で楽曲を作っているところだと思いますが、音楽面での『戦隊大失格』の見どころ……いえ、聞きどころを教えてください。
池 今の僕の本気なのでぜひ聞いてほしいと思っています。僕は日本のスタジオでオケを録ることから遠ざかり、海外で仕事をするようになったのですが、海外のチームも6年目。熟練してきています。向こうのスタッフともうまくいっていますしね。実写作品ではそのあたりを見せられていると思うのですが、アニメではまだやれていませんでした。これ以上はできないというぐらい、僕の本気の音楽が詰まっていますよ!
- 池頼広
- いけ よしひろ 神奈川県出身。10代よりプロのベーシストとして活躍。アメリカ・L.Aを拠点に、一流ミュージシャンのレコーディングにアレンジャー・ベーシストとして参加する。バンド活動を経て、作曲・編曲の道に。代表作に、映画『聖闘士星矢 The Beginning』(2023)、『沈黙の艦隊』(2023)、TVドラマ『相棒』シリーズ(2002〜)、アニメ『Tiger& Bunny』シリーズ(2011、2022)、『どろろ』(2019)、『黒子のバスケ』(2017),オンラインゲーム『shadowverse』(2016〜)など。 映画『探偵はbarにいる』で第35回日本アカデミー賞優秀音楽賞受賞。 映画『ハケンアニメ !』で第45回日本アカデミー賞優秀音楽賞受賞。