天鬼は山田先生に出会わなかった未来の土井先生
――もともと、原作小説『小説 落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』の存在は知っていましたか?
藤森 発売当時、スタジオ内でけっこうな話題になっていて、スタッフから「読んでみてください、そして映画にしましょう」と渡されたのをおぼえています。じつをいうと最初にこれをそのまま映画化するのは難しいだろうなあと思っていたんです。ファンの心をがっちりつかむ優れた小説ですが、活躍するキャラクターがきわめて限られていて、展開をいくらか補強しなければ尺も足りないだろうなと。
――それから十数年の月日が経ち、プロデューサーの御手洗(絵里)さんの熱意によって、ついに映画化が決まりました。どのように物語をふくらませていったのでしょう?
藤森 原作では、乱きりしんをはじめとする一年は組の子供たちが物語にほとんど絡まないので、土井先生が失踪したという現実に、彼らがどう向き合っていくのかを足したかったんです。ただ、きり丸の土井先生に対する想いも重要ですが、それだけでは厚みが足りない。土井先生とこれまで深く関わってきた人たちとの関係性を、さまざまな角度から描いていこうと。山田先生がいつも以上に「お父さん」の顔をしているのも、そのためです。土井先生を中心に重なり合う登場人物たちの感情を重層的に描くことで、劇場公開するのにふさわしい作品になるのでは、と思いました。
――テレビではあまり描かれない、忍(しのび)としての山田先生の一面が描かれていて、かっこよかったです。
藤森 ありがとうございます。本作において山田先生はとても重要な存在なんです。というのも、天鬼(てんき)というキャラクターは土井先生としての記憶を失っている――山田先生に出会わなかった未来を示しているわけです。土井先生が、戦災孤児であるきり丸に「同じような育ち方をしている」と言ったのは、テレビアニメ第19シリーズ・90話「土井先生ときり丸の段」ですが、山田先生に出会うまでの土井先生は、非常に過酷な環境を生き抜いてきた。映画冒頭に戦(いくさ)の描写がありますが、それは土井先生が味わってきた過去を示しています。
八方斎の位置づけに頭を悩ませた
――彼岸花を血に、案山子(かかし)を倒れていく人に見立てた戦の描写は、印象的でした。
藤森 やはり子供を含めた全年齢の方々に見ていただく映画なので、生々しい描写はできない。かといって彼らが生きている室町時代のその側面をすべて覆い隠しては、土井半助という人がいかにして「今」に至ったのかを描くことはできない。ということで、あのような表現にしました。もしかしたら土井は、ああいう人々の痛みや悲しみを与える側に加担しかけたこともあったかもしれない。というのは、僕の個人的な想像ですが、忍術学園で先生として勤めることで、過去に対する贖罪(しょくざい)の気持ちにどうにか折り合いをつけてきたのかもしれない。だからこそ記憶を失った今はドクタケ忍者隊の軍師として、なすべきことをまっとうしようとしたのかもしれないな、と。
――稗田八方斎(ひえた・はっぽうさい)によって、忍術学園こそが戦乱の世の原因である、と思わされていたわけですよね。その手段が、まさかマンガと歌とダンスだとは思いませんでしたが(笑)。
藤森 あまりにシリアスにしすぎても『忍たま』らしくないですし、楽しいシーンを作りたくて。八方斎の命(めい)で描かれたマンガを読まされて、歌って踊っているのを見せつけられるというのは、まあ場が和むかなと(笑)。
――八方斎も、今回はかなりあくどい役どころでしたね。
藤森 彼はあくどいし、賢いんですよ。その姿がどうしてもテレビシリーズの八方斎とつながらなくて、どうしようかと思案したことのひとつでした。劇場版だからといって、テレビシリーズとは「別」という位置づけにはしたくなかったし、テレビで放送されるエピソードの隙間にこういう物語があってもおかしくないな、と皆さんが思ってくださるようなものにしたかった。だから、八方斎も頭を打って様子がおかしくなっていたという設定を加えることにしました。
――見た目も、まつげが伸びて、ちょっとしゅっとしていましたよね。
藤森 八方斎に限らず、今作では一年生以外の全員の頭身を上げているんです。メインキャラクターはほぼ描き直しになったので、キャラクターデザインの新山(美恵子)さんは大変だったと思いますが、コンテの意図をきちんと汲んでくれました。ただ頭身を変えるだけでなく、それぞれのキャラクターが抱える複雑な表情も見事に描き分けられていた。土井先生の「記憶を失って別人になっていたわけではなく、元来秘められていたものが記憶を失ったことで引き出された」という人物像も、彼女のデザインがあってこそ説得力が生まれたんじゃないかと思います。
きり丸にとっては「今」が天国のような場所
――山田先生と出会い、忍術学園の先生になったからこそ、今の優しい土井先生がいるんだと思うと胸がつまりますね……。「土井先生ときり丸の段」で絵コンテと作画監督を務めた藤森さんだからこそ描けた物語だったのだとあらためて思いました。
藤森 今作では、きり丸の孤独についてもしっかり描きたいなと思ったんです。雪が降りしきるなか、ひとりぼっちでいる少年の青白い描写、あれはかつてのきり丸ですが、ああいう暮らしを重ねてきたからこそ、きり丸にとっては「今」が天国のような場所なのだということを描きたかった。
――土井先生なのかなと一瞬迷いましたが、やっぱりきり丸だったんですね。
藤森 あえて、ちょっとわかりづらい描写にしてみました。そういう過去を背負っているから、きり丸は最後の兵糧の配給シーンでも、しんとしたまなざしを向けているんですよ。他の子供たちは無邪気に「よかったね」と笑っているけど、きり丸だけは「一時の配給で何かが変わるわけではない」という現実を知っているから同じ表情にはならない。そういう細かな描き分けも見ていただけるとうれしいです。
- 藤森雅也
- ふじもりまさや 1987年、アニメ制作会社・亜細亜堂に入社。テレビアニメ『忍たま乱太郎』のキャラクターデザインや作画監督を手がけ、2011年公開の劇場版では監督を務めた。その他の監督作品に映画『おまえうまそうだな』など。