アニメーションでは難しい「リアルな雪崩の描写」
――『名探偵コナン』を見ると、いつも「それぞれの正義」について考えさせられます。今回は「犯人は裁かれなければならない」など、事件の関係者たちの思いが溢(あふ)れる推理パートも見応えがありましたが、演出のこだわりはありましたか?
重原 こういう事件の場合、観客が犯人にも感情移入できるから心に響くと思うんです。だから、犯人の苦悩など、ある程度共感できるものを全面的にピックアップして散りばめ、そのセリフに集中するように持っていきました。あと、背景をプラネタリウムの綺麗な映像にしているのも狙いです。推理パートが続くと会話が長くなり、観客が飽きてくる。そこがいちばんの課題だと思って、音楽と映像を際立たせました。
――なるほど。音楽と映像でいえば、ラストのカーチェイスも忘れられません。上原由衣(うえはらゆい)が大和敢助の車に飛び移るシーンでは、音楽と動きの連動が生み出すアニメーションの快感を味わいました。
重原 よかったです。音楽は、菅野祐悟(かんのゆうご)さんにある程度オーダーを出して映像につけてもらい、最終的にダビングという作業で調整していきました。最初は盛り盛りでつけてもらったものを「抜く」という作業です。普通だったら足音がしたり、音楽がずっと鳴っていてもおかしくない場面で、あえて音を聞かせないようにする。たとえば、さっきの犯人のセリフもそうですけど、いちばん聞かせたいセリフや見せたい動きに向けて、だんだん音が消えていくようにしています。効果音も含めて。車内のシーンも、本当はワイパーの音などが聞こえるはずだし、めちゃくちゃうるさいはずなんです。でも、由衣の感情がピークになったときには音が消えるんですね。そういう入り抜きはかなり意識しています。

――由衣の決意とともに流れ出すメインテーマには、本当にぐっときました。雪の描写の多彩さも印象的でしたが、モデルなどはあるのでしょうか?
重原 雪崩(なだれ)に関していうならば、やっぱり実写――アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『レヴェナント: 蘇えりし者』といった洋画や、実際の映像を参考にしています。アニメの表現は、自然描写はあんまり得意じゃないんですよね。フィクション感満載の絶景など、とんでもない描写は得意ですけど、リアルに雪崩に巻き込まれたときの恐怖感は、やっぱり実写には敵わない。美術さんやCGさんにも、そうした素材を共有していました。
日本の真裏に行ってもヒロには会えない
――諸伏高明が瀕死の場面で辿り着く、幻想的な雪原の美しさも印象的でした。
重原 あの場所には、明確に元ネタがあって。ブラジルにある、レンソイス・マラニャンセス国立公園という世界遺産なんです。その風景を元にして、よー清水さんにイメージボードを描いてもらっています。今回は雪山が舞台で、白や青がメインの冷たい、怖い場面が続くので、ちょっとした癒しポイントとして暖色系に振ってほしいとお願いしました。ブラジルなので、地理的には日本の真裏。長野県からブラジルに行っちゃうわけですね、高明は。
――なんて壮大な。裏話にすらぐっとくるエピソードですね。
重原 そうなんです。高明はブラジルまで行ったけど、ヒロ(諸伏景光)には会えなかった――そんな裏話です。僕はプロットの段階から、ヒロをどうするかが気になっていて。「やっぱり入れたいですよね」という話をしたら、青山(剛昌)先生から「出すんだったらこういう案がある」と提案していただきました。すでにあったらしいんです、青山先生の中に。そのシーンは短かったんですけど、自分の中で、なんとか美しい、いいシーンにしたいという思いがあったので、ここだけでかなりたくさんの絵を起こしています。高明はヒロのセリフで自分が夢を見ていることを確信しますが、そのあまりにも美しい景色を見たとき、すでにうっすら気づいているんです。ヒロの胸元にスマホがあることでも。「なんで?」っていう話になりますよね?

――原作コミックス第96巻の「遺品」で、安室透がそのスマホを高明に託していますものね。
重原 そういうことです。今は自分が持っているはずの「銃痕のあるスマホ」が、なぜ綺麗なままヒロの胸元にあるのか。悲しいですけど、高明は頭がよすぎるせいで、すぐ真相に気づいちゃうんです。
もっともっと描きたいキャラクターたち
――今すぐにあの場面を見返したくなる、せつないお話ですね。先ほど「癒しポイント」という説明もありましたが、今回はコナンの赤いマフラーなど、冬の物語ならではのあたたかな描写も随所にありました。これも監督のこだわりでしょうか?
重原 そうですね。冬に雪山に行くので、メインキャラクターの設定画を一新することは決めていました。冬衣装なので、けっこう厚着をしてふっくらした、かわいいシルエットを意識しています。コナンのマフラーのきっかけは、これもよー清水さんのイメージボード。発注したときに「(コナンには)動きが出るマフラー、どうですか?」という案をもらって、そのまま採用しました。僕はコナンの蝶ネクタイ型変声機が大好きなのですが(笑)、今回はいつもの衣装になることがないんですよね。だから蝶ネクタイをイメージしてリボンのように結んだマフラーを、今回のコナンのメイン衣装にして、印象づけを狙いました。マフラーをずっとしているきっかけも欲しいので、最初に(毛利)蘭が結んであげるという芝居もつけられ、いろいろな意味でストーリーに絡めることができたと思います。
――ありがとうございます。監督のコナン愛もたっぷり聞いて、作品がさらに愛おしくなりました。今後、描いてみたいキャラクターはいますか?
重原 今回は初監督で、長野県警にフォーカスしていたので、ブレないように、じつはキャラクターの数をかなり絞ったんですよね。公安も一部しか描けていないし、刑事たちも一部だけだし、もっともっと東京で描きたかったキャラや、すぐにいなくなってしまったキャラもいっぱいいました(笑)。
――ぜひそんなキャラクターたちと再会してほしいです。我々もまた、監督と再会できるのを楽しみにしたいと思います。
重原 ありがとうございます。そうですね。描けていないキャラクターはもちろん、まだまだ深掘りしたいキャラクターがたくさんいるので、今後も挑戦してみたいと思います。
- 重原克也
- しげはらかつや アニメーション監督。主な参加作品は『モブサイコ100』、『勇気爆発バーンブレイバーン』など。2018年『名探偵コナン ゼロの執行人』よりシリーズの演出を手がけ、『名探偵コナン 隻眼の残像』で初監督を務める。