かわりばえしない日々に孤独を感じる
コロナ禍で遠出ができなくなり、幼い子供を持つ親としてまず思ったのは「公園しか連れて行く場所がない」である。公園も複数あるから、行き先に少しは選択肢があるだけまだマシか。子供との外出はそれとして、自分自身は何をするか。とりあえず、手近な気晴らしといえばSNS! それはそれで「他の人はこんなに活躍している」「自分は全然インプットできていない……」と、むやみやたらに反省モードに突入してしまう。リアルの世界でも、オンラインの世界でも、鬱積してしまいがち。
そんな気分を吹き飛ばすべく「旅気分を味わえるかも」と読み進めた本作。作者・鳶田ハジメは、子供の頃はひとりで買い物ができないほどの人見知り。大人になった今も人混みは苦手。いわく、ひとり旅は「誰にも気を使わず、行きたい場所ややりたいことなど、旅の計画を自分の意思で100パーセント決められる」のが醍醐味だという。
非日常を味わえる旅先で、自分と向き合い、未知との遭遇を試みる。沖縄の西表島に生息する陸生最大甲殻類・ヤシガニに会いに行き、北海道では網走監獄の見学や流氷ウォークを、伊豆大島では砂漠を目指して歩き、福井・東尋坊にあるサスペンスの聖地を訪れる。自由気ままなひとり旅で前向きな気分を取り戻し、充電満タンで日常に戻るさまが描かれていく。
ぼっち旅 ~人見知りマンガ家のときめき絶景スケッチ~(p.40~p.41)
この作者の旅は、圧倒的に「風景をめぐる旅」だ。エピソードの最後には旅にかかったおおまかな費用が書かれているが、食費や移動費、宿代はひかえめ。一方で、瞳に映った大自然や建物などの風景、肌で感じた風・空気・光の描写にかけられた情熱と作画カロリーはとてつもない。どの観光地も、情念の炎を感じる緻密さ。作者の目に、心に、焼きつけられた風景が、読者の目の前にも広がる。ぜひ電子版でページの切れ目のない見開きも見てほしい。細部を拡大して、じっくりねっとり読みたい。
「ぼっち旅」と銘打っているが、ふたりの回もある。マンガ家の友人と現地集合・現地解散で北海道の名所を訪れている。現地集合のはずが同じ飛行機になってしまったのはご愛嬌。ふたりで目的地を訪れ、用が済めばすぐ解散。潔い! あくまでベースはひとり旅。ふたり旅ではなく、ふたつのひとり旅が重なっているのだ。
もうひとつ語っておきたいのが、最終話「旅と人生」だ。中学時代、そしてマンガ家を目指していた20代の頃に、二度の「闇落ち」をした思い出。何が好きか? 何を描きたいのか? まったくわからなくなり、己を見失った状態でマンガの執筆から離れ、心の専門家を訪れたり、さまざまな悩みを持つ人々と交流したりしながら、精神的に回復し、ひとり旅に目覚めるまでの思い出が描かれる。コロナ禍で刺激が少ないリアル世界と、他人の情報で刺激が多すぎるネット世界に流されてしまいやすい自分のような人間には、共感するところが非常に多い。
ぼっち旅 ~人見知りマンガ家のときめき絶景スケッチ~(p.138)
ひとり旅は、ほかの誰にも干渉されず、五感を通して心の声を聞く時間だ。旅に出ていろいろな風景を見たいところだが、昨今の状況を踏まえると、家での時間を通して自分なりのペースの取り戻し方を発見するのもありかもしれない。作者の場合はそれが旅だった。人によっては別の方法もあるはず。
あとがきによれば、最終話も旅エッセイを描く予定だったが、コロナ禍の影響でこのエピソードを描くことになったという。作者側からすれば予定外のことだったかもしれない。でも、このエピソードがあることで「旅が楽しかった」で終わらない奥行きが生まれている。旅レポート・エッセイであり、実用的なガイドブックでもあり、さらには旅で自分を取り戻す実録リバイバル・ストーリーになっている。作者の新たな旅エピソードを読めるような日々が、早く戻ってきますように。