プロットが超面白くて、絶対にやりたいと思った
――『ひぐらし業』に参加することになった経緯を教えてください。
川口 今回のアニメを制作しているパッショーネの西藤(和広)社長から声をかけていただきました。スタジオとして2クール以上の作品を作るのが初めてということもあって、長期シリーズの経験がある人間にまかせたいという理由から、そつなく作ってくれそうな僕が選ばれた模様です(笑)。
――話を聞いた際はどんな気持ちでしたか?
川口 初めに話を聞いたときはリメイクなのかなと思っていたので、竜騎士07先生が書かれた分厚いプロットを受け取ったときにはギョッとしました(笑)。監督を引き受けるかどうかは別として、とりあえずプロットを持ち帰り拝読したのですが、これが凄まじく面白くて一気に読んでしまいました。そして、その後はすぐに西藤さんに連絡して「絶対に自分に監督をやらせていただきたい!」と(笑)。
――川口監督はそもそも『ひぐらし』シリーズは知っていたんですか?
川口 もちろん、大変有名なタイトルですし、スタジオディーンさん制作のアニメシリーズも欠かさず見ていました。自分のまわりにも『ひぐらし』ファンは大勢いるので、この3年間、今現在もですが、まわりの人間にもネタバレを言えないのはストレスですね(笑)。
――今回『ひぐらし業』を手がけるにあたり、あらためて『ひぐらし』シリーズを見直しましたか?
川口 もちろんです。ただ、以前のアニメ化の際にはすでにアニメ業界で仕事をしていたこともあり、それほどこまめに他メディアの展開などは追い切れていませんでした。それもあって、今回はオリジナルのゲームのプレイから、小説版、マンガ版、OVAなどひと通りチェックしたうえで『ひぐらし業』の制作に臨ませていただきました。
「昭和感」を出すため、昭和アニメの演出も取り入れた
――原作者の竜騎士07さんとはどのようなやり取りをしましたか?
川口 最初にかなり細かいプロットをいただいていたので、アニメに対しても細かい注文が入ってくる覚悟をしていたのですが、お会いするなり「自由に作ってください」と言っていただきました。竜騎士07先生は以前のアニメ化の際にもひとりの視聴者としてアニメを楽しんで見ていたそうで、「今回はどういう味つけになるのか楽しみです」と。僕としてはプレッシャーがかかりましたが、自由にやらせていただけて、とても感謝しています。
――今回はキャラクターの絵柄も現代らしくリファインされていますね。
川口 キャラクターデザインの渡辺明夫さんが竜騎士07先生の大ファンなんです。明夫さん的には、今回のアニメーション用のデザインは竜騎士07先生が描かれた原作ゲームの絵をかなりリスペクトしたものになっているようです。なので、現代風と言われると少し違うのかもしれません(笑)。
――美術面はいかがですか?
川口 スタッフが確定して間もなく、2018年の夏にメインスタッフ全員で雛見沢村のモデルとなった白川郷にロケハンに行くことができました。 村落の雰囲気を肌で知ることができ、それがスタッフ間の共通認識になり、フィルムの随所に生きたと思います。パッショーネのスタッフとの仕事は今回初めてだったこともあり、交流を深める意味でもロケハンで得たものは大きかったです。現在の白川郷は電柱が地下化していて、景観的には『ひぐらし』の舞台となった時代よりも前の状態に近かったりするのですが、それでいて合掌造りのなかはWi-Fi完備だったり、じつは最先端スポットなんですよね(笑)。
――なるほど。全体のビジュアルとしては、どこか昭和っぽい懐かしさも残っている感じですよね。
川口 昭和が舞台の作品なので、映像の作り的にも昭和感を出していこうというのは当初から意識していた部分です。ワイプ(※1)も昔の邦画のイメージで入っていたり、コメディ描写も少し懐かしい路線で再現しています。そもそも、いきなり大きなタライが落ちてきたり、突然出現したハリセンで頭を叩くなどは、リアルな描写としては再現不能ですからね(笑)。令和のアニメとしては、全体的にかなり古典的な作りになっていると思います。
――一方で、グロ描写はかなり積極的に表現していますよね。
川口 これもどちらかと言うと、80年代のスプラッター映画のノリなんですよ。過激に描写すればするほどギャグになっていくという、B級ホラー映画の感覚で作っています 。第16話「猫騙し編 其の参」で沙都子が梨花に対して“綿流し”を行ったシーンも『死霊のしたたり』ぐらいやってしまおうという感じでスタッフにも頑張ってもらいました。
――あの一連のシーンは、規制で画面のほとんどが黒くなっていました。
川口 国内の放送だと何が起こっているのかよくわからないシーンになってしまいましたが、海外配信版ではそのまま流しています。おそらく国内でもパッケージ販売では規制が外れるんじゃないかなと思います。
――ほかに昭和テイストを出すために苦労したところはありますか?
川口 スタッフの大半が昭和58年という時代を知らない世代なので、そこは作画云々の前に苦労した点です。たとえば、群衆モブなどを描く場合、現代の作品ならばスマホを持って立ち止まらせておけば、なんとなくサマになりますが、昭和58年はスマホはおろか、ようやくプッシュフォンが出てきた頃ですからね。缶ジュースのプルタブも現在は缶から外れないものが大半ですが、当時は外れたじゃないですか? リテイク出しのときに仕上げの若い女性が「これって作画ミスじゃないんですか?」と発言して、おじさんスタッフたちは絶句しました(笑)。大石が雛見沢分校でタバコをポイ捨てするシーンなども、当時としては行儀が悪いとはいえ、それほど咎められることではなかったと思いますが、今の感覚だと異様ですよね。そういう細かい感覚も含めて、スタッフ間で昭和58年を共有するのがなかなか難しかったですね。
――当時の資料も集めたんですか?
川口 昭和58年は自分が幼少時代を過ごした時期でもあり、資料集めは懐かしくもあり、楽しかったですね。個人的にはたびたび登場する興宮のおもちゃ屋さん「ダビンチ」の前に置いてあるガチャガチャは、かなりの再現度だと思っています。当時、コスモスという会社が設置していた20円と50円のガチャガチャです。店頭のディスプレイだけでなく、店内に置かれたものやポスターもこだわって作っていますので、細かい部分もチェックしてもらえるとうれしいです。『ひぐらし』ファンは、昭和58年を肌で知っている世代も多いですから、そこは手が抜けないところですね。
- ※1 場面から場面へ転換する際に施される演出のひとつ
ファンの反応にモチベーションをもらっている
――第1話が始まってから、SNS等ではかなり盛んに考察が行われていますが、ここまでの盛り上がりは予想していましたか?
川口 皆さんのリアクションや考察はわりと細かくチェックさせてもらっています。国内外を問わず想定以上にさまざまな考察が広がっていて、作り手としてはとても励みになりますね。『ひぐらし』シリーズのファンは目の肥えた方が多いので、そのぶんプレッシャーもありますが、皆さんのリアクションからモチベーションももらっています。『ひぐらし』は、1話更新されるたびに反応もどんどん変化していくので、ライブ感もあり、あらためてアニメ作りの楽しさを実感しているところです。
――なかにはかなり鋭い考察をされている方もいますね。
川口 「この人は竜騎士07先生のプロットを読んでいるんじゃないか…?」というくらい鋭い考察をされている方もいますね(笑)。かと思えば、明後日の方向に突き進んでいるけれど、面白い考察をされている方もいたり、そういった振り幅も見ていて楽しい部分です。僕もできればイチ視聴者として、皆さんと一緒になって考察を楽しみたかったと、うらやましく思うこともあります(笑)。
――(笑)。『ひぐらし業』の全24話が放送され、『ひぐらし卒』を待つのみになりました。現在の制作状況はいかがですか?
川口 余裕があるとは言えませんが、 スタッフの総力を挙げて追い込みをかけていますので、楽しみにしていただけたらと思います。「祟騙し編」までは原作の展開をベースにしていて、「リメイクにしては描写が不十分なのではないか」という声もいただいておりました。そのあたりの消化不良を感じている方々も、『ひぐらし卒』をご覧になっていただければ納得してもらえるかと思います。
――「描写不足」は『ひぐらし卒』に向けての演出の一環なんですね。
川口 そうですね。あえて沙都子側の描写を避けている部分などもありますから。その辺は『ひぐらし業』の展開を考えれば理由はおわかりいただけるとは思いますが、そういう「描写不足」を考察の材料にしていらっしゃる方々も多く、全体的にはすごくポジティブな方向で盛り上がってくださっているなと感じていて、そこはうれしい限りです。
令和に梨花と沙都子のデュエットが実現
――キャスト陣は『平成版ひぐらし』から続投ですが、収録はスムーズに進みましたか?
川口 皆さん、当然、キャラクターを完全につかんでいらっしゃいましたし、前回のアニメシリーズ以降も遊技機などで定期的に『ひぐらし』キャラを演じられていたようなので、こちらとしては安心して収録に臨めました。ただ、TVアニメーションの制作の都合上、放送話数順に1話ずつ収録していかなければならないため、キャラクターの芝居のテンションなどを合わせる部分で難しい部分もありました。
――と言いますと?
川口 『ひぐらし』の作品の性質上、前半の話数で起きた現象の裏側を後の話数で見せるという状況が多発しますので、単純なやりやすさで言えば、起こった現象順に収録したいと思うわけです。ですが、後半話数は絵コンテもできていない……となると、やはり話数順に収録するしかないので、役者陣には状況を説明して、結果の部分から先に演じてもらうことになるわけです。もちろん、ベテラン揃いのキャスト陣なので、難なくこなしていただけましたが、音響スタッフも含めて、そういった説明をするのは苦労しましたね。
――なるほど。一度描写したシーンを、今度は別視点から再録する必要があるわけですね。
川口 そうです。『ひぐらし業』で演じてもらった芝居を確認してもらって、そこのテンションに合わせて前後のシーンを演じてもらうというケースが『ひぐらし卒』にある……かもしれないわけです。これ以上はネタバレになりそうなので(笑)。
――そんななかで『ひぐらし業』でとくに出番の多い梨花と沙都子に関してはいかがでしたか?
川口 これまではつねに仲良しコンビだっただけに、『ひぐらし業』で新しいふたりの関係性が描かれていく様子は新鮮でしたね。かないみかさん、田村ゆかりさん、ともに的確な芝居をしていただけて感謝しています。個人的には第19話「郷壊し編 其の弐」で流れるふたりのデュエット曲『オレンジ色の風』を作っていただけたのが、とてもうれしいことでした。あのシーンはシナリオ段階から劇伴ではなく、梨花と沙都子の新曲デュエット曲を流したい!と切望していたので。数少ない監督権限を行使した部分です(笑)。
――川口監督から見て、今回の沙都子はいかがですか?
川口 これまでの『ひぐらし』では見せたことのない沙都子のいろいろな面が出ているかと思います。それは、これまでの「いたずら」のレベルではすまない邪悪な要素が含まれるわけですが、それでいて、ふとした瞬間に以前のか弱い印象の沙都子も現れるわけです。とくに第23話「郷壊し編 其の六」で鉄平と対峙した際などは、すでに魔女化しているにもかかわらず、どうしても鉄平に対して怯えてしまう。そんな弱さと冷徹さを兼ね備えているのがなんとも沙都子らしく、ドラマチックでした。『ひぐらし業』をご覧になったばかりの皆さんは、もしかしたら「沙都子ムカつく」とか「理解できない」と感じている人もいるかと思います。ですが、最後にはちゃんと納得のいくラストが待っていますので、期待してお待ちいただければと思います。
『ひぐらし卒』の第1話は必見です
――『ひぐらし』シリーズはミステリーでもありますから、伏線の張り方や演出はかなり重要になってくると思います。各編ごとの注目ポイントはどんなところになりますか?
川口 「鬼騙し編」はリメイクっぽい作りを意識していて、とくに第1話などは劇伴の張り方もディーン版をトレースしています。第1話のみエンディングとして『ひぐらしのなく頃に』を使わせていただけたのも良い効果を出せた一因になったかと思います。それでいて、レナの様子が「鬼隠し編」とは少し違っていたりと、どこまで映像的に違和感を持たせるかもポイントでした。『ひぐらし業』をご覧になったあとに振り返ってもらえると、その違和感の見え方も変わってくるのではないでしょうか。
――「綿騙し編」はいかがですか?
川口 梨花の遺体が分校の便槽で発見されるというショッキングなラストでしたが、なぜそうなったのか。地下室のモニタで魅音が見たのは誰だったのかなど、『ひぐらし業』の視聴後であれば、沙都子の仕業であろうと考えるでしょうが……果たして!?
――続いては「祟騙し編」です。
川口 やはり皆さんが気になっているのは鉄平の存在かと思います。沙都子側の描写を極力避けて制作したシリーズなので、いろいろな考察ができると思います。『ひぐらし卒』がどのようなストーリーになるのかはまだ言えませんので、多くは語れませんが、沙都子の動向に注目してもらいたいですね。
――そして「猫騙し編」からは完全オリジナルになりますから、『平成版ひぐらし』との違いということではなくなります。
川口 梨花の絶対的な味方であるはずの赤坂の凶行にショックを受けた方も多くいたと思います。この編は「祟騙し編」のある意味ゆったりとした展開から急にショッキングな映像の連続にシフトしていますね。梨花のバラエティに富んだ殺され方に目が行きがちですが、そのなかに隠れたちょっとした描写にもヒントがあるかもしれません。
――「郷壊し編」は、いかがですか?
川口 「郷壊し編」はこれまでの『ひぐらし』では描かれていなかった、惨劇を乗り越えたその後のキャラクターたちが描かれることになります。「最高のエンディング」のあとに新たな惨劇が起き、『ひぐらし』を愛する方々的には目を覆いたくなる展開であるかもしれません。しかし、それも含めて『ひぐらし卒』の大団円に向けて必要な描写であることは言うまでもありません。7月の放送をお楽しみにお待ちいただければと思います。
『ひぐらし』シリーズの集大成
――『ひぐらし卒』は『ひぐらし業』の解答編でありつつ、最後には独自のエンディングへ向かっていくと思います。『ひぐらし』ファンの多くがハッピーエンドを願っていると思いますが、そこはいかがですか?
川口 確実に納得していただけるエンディングになっていると思います。それは皆さんの想像とは少し違う形になるかもしれません。新たなる「最高のエンディング」をお見せできるかと自負しています。
――では、最後に『ひぐらし卒』を楽しみにしているファンに向けてメッセージをお願いします。
川口 『ひぐらし業』と『ひぐらし卒』は、これまでさまざまな展開があった『ひぐらし』シリーズをすべて踏まえたうえでの作品になっていて、シリーズの集大成、あるいは終着点のひとつとも言えるでしょう。今回の2シリーズだけでも完結したシリーズとなってはいますが、ゲーム、旧アニメシリーズ、マンガ版など、さまざまなコンテンツを知れば知るほど、より一層楽しめる構成になっているかと思います。ですので、『ひぐらし卒』を待つ間にそれらの作品に触れていただくのもいいのかなと思います。個人的には、3年前に受け取ったプロットをようやく世界に向けて発信できるのが楽しみでなりません。大いにご期待いただきたいですね。
- 川口敬一郎
- かわぐちけいいちろう。神奈川県出身。アニメーター・演出家として活動しつつ、2006年に『MAR-メルヘヴン』(後半)で監督デビュー。主な監督作に『SKET DANCE』『シャドウバース』『おちこぼれフルーツタルト』などがある。