TOPICS 2022.01.11 │ 12:00

原作訳者・古川日出男に聞く
アニメをより楽しむための『平家物語』ガイド①

「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」――平安末期。亡者が見える目を持つ平家の棟梁・重盛と、未来が見える目を持つ琵琶法師の少女・びわとの出会いから始まるTVアニメ『平家物語』。アニメの底本となった現代語訳を手がけた作家・古川日出男氏に、エモーショナルな原作の魅力とアニメをより楽しむための見どころを聞いた。

取材・文/高野麻衣

TVアニメ『平家物語』はオープニングから最高です

――現在放送中のTVアニメ『平家物語』、いかがでしたか?
古川 とても感動しました。あのオープニングアニメーションから最高ですよね。重盛が手を振って、徳子がニコッとしているだけで感動します。通しで2回見たんですけど、見るたびに理解が深まるという、そういう作品だなと思っています。

――『平家物語』との出会いはどんなものでしたか?
古川 僕は福島出身で平家とは縁もゆかりもなく育ったので、学校とマスメディアから得る情報以外は持っていませんでした。那須与一(なすのよいち)が「ほうら、的を射た、すごいだろう!」みたいな、戦争をカッコいいと思ってしまうようなシーンが描かれた物語というイメージもあって。壇ノ浦の悲劇はわかっていましたが、それでも「勇壮な戦いのドラマ」として世間に流布していると感じていたんですよ。だから『平家物語』に肩入れしたことは、ずっとなかったんです。

原作は読めば読むほど、「清盛、魅力的じゃん」って思う(笑)

――『日本文学全集』を編むにあたって、全集の編集を担当した池澤(夏樹)さんが古川さんを指名したのには「なるほど」と腑に落ちる部分がありました。現代語訳に取り組むことになった経緯を教えていただけますか?
古川 依頼があった2013年当時、じつは『源氏物語』のプロジェクトに取りかかっていました。世界一長い小説を千年前の日本で、たったひとりで完成させた大先輩・紫式部に心酔していたんです。ところがその年の誕生日、休みを取って葛西臨海水族園で魚を見てニコニコしていたら、担当編集者から「『平家物語』を訳してほしい」と突然メールが来ました(笑)。池澤さんが「『平家』は古川がやるのがいいだろう」と言っているという、長いメールでした。びっくりして、すごく悩みましたね。悩んだあげく、3時間後に「わかりました」とお返事をしました。

――決断のきっかけは何だったんですか?
古川 『源氏』をスタートしたら、『平家』を依頼された。これはもう天命だと思いました。やってみるべきじゃないかなっていう気がしたんですね。そもそも『平家』が自分向きじゃないって思っていた理由はすごく簡単なんです。作者がわからない。実際、読んでみると無数の人が作品を増補していて、名もない作者が何人もいる。僕は小説家なので「これは私の作品だ」と言っているものにしか学べません。でも、紫式部みたいなある種、突然変異の天才に向き合っても、作家として敵うわけがない。だから、無数の作者から自然発生的に生まれた物語を片方に見据えて作業するっていうのは、自分の将来のポテンシャルをもう一段階解放することなのかな、と思ったわけです。

――納得です。古川さんの現代語訳を読み始めたとき、冒頭の女性らしい語り口を意外に思っていると、清盛の死の瞬間、いきなり力強い常体(※1)に変化する自由な表現に鳥肌が立ちました。こんなにエモーショナルな『平家物語』なのに、教科書での「戦争を賛美する物語」のイメージで止まっている人が多いのは惜しいです。
古川 昔の僕みたいな人ですよね。僕もこの仕事を引き受けて最初に原文を読んだとき、自分がイメージしたものとまったく違っていて衝撃を受けました。登場人物たちのほとんどが「戦争はいやだ」と言っているんです。あと、原作は清盛を悪逆無道の人間として描こうとしているくせに、読んでいくと「清盛、魅力的じゃん」ってなる(笑)。朝廷に勤める役人たちのように、出世ばかりを考え、上司の言うことだけを聞いて自分の頭で考えずにひどいことをしているのに比べたら、「清盛最高。こんなに魅力的でいいのかよ!」って。システムに抗って、個人として生きようとする人間たちによって、社会は変革できるんだって気づいたんです。彼らの戦争はやりたくてやっているわけじゃなく、あくまで社会を変えるための手段なんだと。のちほど維盛(これもり)についてもお話ししますが、実際は平家の将軍ですら戦を本当に疎んでいる。「戦をするんだったら僕、死にます」と言う。こんな物語だったのかって衝撃を受けました。これって、読んでもらわないとみんなわからないじゃないか。じゃあ、読める新訳にしないといけないなって。

※1 じょうたい。語尾に「です」「ます」といった敬語ではなく、「だ」「である」などを用いた文章様式。

『平家物語』を語るためには、人の目線を持つ語り手が必要だと思った

――「読める現代語訳」として、どのような工夫をしたのですか?
古川 原文を読み進めていくと、挿話が多すぎるし、なにより文体が変わりすぎる。これを、ある程度ひとりの作家がコントロールした大きな物語に変えなくちゃいけないと思いました。「語り手」を自分なりに造形しようと思ったんです。そして、全体を3つのパートに分けました。まず「無情で無骨な武士の物語」という『平家物語』のイメージを裏切る、たおやかで雅(みやび)で美しい、古文に近い文章でスタート。冒頭はずーっと朝廷の話だから、ある種女性的で柔らかな語り口でいく。それを、清盛が死んで戦乱の世に突入した途端に、野卑な男の語りに変えていく。そして最後に、語り手は数千人もいるっていう響きに変える。戦乱に巻き込まれていたのは、日本中のあらゆる階級、性別、職業の人たちですからね。十二巻目の冒頭に地震が出てきますが、そこで亡くなられた方もすべて語り手にしたんです。

だからアニメを見たとき、「びわ」という語り手の存在に驚きました。やはり、語り手がいないと平家が滅亡へ至るドラマは描けないんだ、それを神様が書いちゃダメなんだ、やっぱり人間の目で書かなくちゃいけないって。それを僕は自分の現代語訳でやろうとしたし、その現代語訳を読んでくれたTVアニメ版のスタッフの皆さんもそういう造形に向かってくれた。本当に感動しました。endmark

古川日出男
ふるかわひでお 小説家。1966年福島県生まれ。1998年、長篇小説『13』でデビュー。代表作に『LOVE』『女たち三百人の裏切りの書』『ベルカ、吠えないのか?』など。2016年刊行の池澤夏樹=個人編集「日本文学全集」第9巻『平家物語』の現代語全訳を手がけた。TVアニメ『平家物語』に続き、今夏『平家物語 犬王の巻』を映画化した『犬王』も公開される。
作品情報

フジテレビ「+Ultra」枠ほかにて
2022年1月12日より放送中!

  • ©️「平家物語」製作委員会