平清盛はITの起業家⁉
――続いて登場人物を紹介しながら、古川さんが考えるキャラクターの魅力を聞いていきます。まずは平清盛について。清盛の魅力は、やっぱり変革者のエネルギーですか?
古川 生まれ育ちで全部決まっちゃう時代、そして職業差別の世界に生まれながら、「いいじゃん、変えちゃえば」って言い出すところ。そして、変えるために政治じゃなくて、経済を動かすんですよね、清盛は。中国との取引とか通貨を導入するとか、まったく新しい発想をする。今ならITの起業家です。彼のそういう面白さは、教科書のように「武士が台頭して、貴族社会を倒した」という角度から見るとわからなくなります。
平清盛
そもそも時代を変えてしまう人っていうのは、一面的なキャラクターとしては絶対に描けないんです。ある人から見たらものすごくいい人だけど、ある人から見たら極悪人。今の時代にもたまにいますよね、なんでこんなに毀誉褒貶(きよほうへん)あるんだろうって人。そういう人は、だいたいオリジナルなことを始めて戦っている人なんです。清盛はとにかく自分が楽しくないとダメ。自分が楽しめる世の中に変えようとしているんだと思います。そこが彼の原動力だし、それを言葉に変えていかなければ、と考えながら訳しました。
平重盛は、TVアニメではもっともさわやかで深みのある人物になりました
――私も清盛が好きですが、解像度がものすごく上がりました。一方、清盛に「おもしろうない」と言われる長男・重盛は、一貫して、ものすごく同情的に書かれている人物ですよね。
古川 書かれていますね。ところが歴史書を調べると、その実像はまったく違う。清盛より悪いことをやったりしている政治家なんです。おそらく『平家物語』という巨大な作品が語り継がれる過程で、だんだん儒教的な感覚が増えていって、「清盛みたいな破天荒な人間のみでは歴史は成り立たない。忠義とか親孝行を考える人がいないといけない」となり、それを体現するキャラクターとして造形されたんだと思います。で、なんで重盛に白羽の矢が立ったかというと、宗盛や徳子の母である清盛の正妻・時子が、彼の母親じゃないから。時子は平家の陰の支配者で、言ってみれば源氏の北条政子みたいな立ち位置です。だから、その実の子じゃない重盛はキャラクター像をいじれると、原作チーム(語り継いできた人たち)がジャッジしたのでしょう。
平重盛
――なるほど、面白いです。今回のアニメでの重盛についてはいかがでしたか?
古川 素敵でした。アニメの場合、びわっていう架空のキャラクターが出てきたときに、じゃあ平重盛はどう反応するか、徳子はどう反応するか、これを考えて作れるのがいい。そのとき重盛なら、自分のところで引き取って育ててしまう、みたいな……そういうレスポンスを返したことによって、アニメ版の重盛のキャラクターになったんだと思います。力強いんだけど、弱いっていう。その息子の維盛になると、もう完全に弱い。一方で、清盛父ちゃんは力強すぎてすっとんきょう。このグラデーションのなかで、もっともさわやかで深みのある人物として、アニメでは表現されたように思います。
僕はアニメ版の資盛を「裏のびわ」だと思っています
――三世代のグラデーション、ですね。お話に出た三代目(重盛の長男)の維盛ですが、彼は弱いがゆえに複雑なキャラクターとして描かれていますよね。
古川 生きるのがキツいっていうことを、原作の中でいちばん体現している人物が維盛です。維盛は超エリートの系譜で「富士川の合戦だ!」「大将軍をやれ!」、「倶利伽羅峠(くりからとうげ)で義仲やっつけてこい!」「総大将をやれ!」とトップをやらされるのに「俺ってぜんぜんダメだな」っていつも思っている。職業と自分の素質が合っていないとわかっていて、「俺が好きなのは奥さんと子供だけ」みたいになって「もう戦はいやだ、家に帰ろう」って決めても帰れなくて、ついに「死のう」って海に飛び込む。わかるじゃん、この人のことならって。『平家物語』の時代は人々のメンタリティが今と違うから、わからないことがいっぱいあるわけじゃないですか。でも、維盛はあっさりと普遍的な弱さを見せてくれる。もちろん、それを弱いと言っていいのかな、とも思います。愛のほうが大事だとわかっているだけなんです。平清盛の直系の孫、長男の長男である維盛が、いちばん現代人っぽかったっていうことが、この『平家物語』っていう作品を裏で永続させている原動力なのかなって。鍵となる人間だと思いますね。
平維盛
――維盛を含め、重盛の三兄弟は、びわと一緒に成長していく主役組みたいな雰囲気があります。次男・資盛(すけもり)、そして三男・清経(きよつね)についてはいかがですか?
古川 清経は本当に九州で自殺をしちゃった人で、彼の死で初めて「平家の絶望」が可視化されてきます。でも、資盛は、正直言うと原作ではそういう風にスポットライトは当たらないんですよね。彼が発端となった殿下乗合事件(でんかののりあいじけん)は平家の悪行の始まりとして描かれますけど、そのあとはあんまり目立たない(笑)。そういうあまり描かれていない人物だからこそ、アニメ版はもうひとりの語り手として資盛を起用した。このキャスティングはびっくりだなって。僕の中でアニメ版の資盛は「裏のびわ」という立ち位置です。
平清経
――彼とびわは定型的な幼なじみ、ケンカ仲間みたいな密な関係性でしたものね。
古川 清盛の死後、びわに「お前出てけ」って言うとき、ぐっと深いところを読んじゃって「くぅ~!」と唸ってしまいました。自由度が高いだけに、資盛は維盛と同じく現代人に通じる感情で動いていますよね。女性のことであれ、びわとの関係であれ、上と下の兄弟に対する接し方であれ、なんかすごくいい。
平資盛
――あがいているのもいいなと思いました。平家の面々がみんな「滅亡していくしかない」って言っているなかで、彼だけが後白河法皇に働きかけたり、すごく頑張っていた。
古川 そうですね。でも、一説によると資盛と後白河はそういう関係だったっていう研究もあるんですよ。西国に逃れたあと「そういう関係だったからちょっと助けてくださいよ」とかやっていたとか。
――え!? そうなんですか!? ちょっと資盛は本当に気になる人物ですね。
古川 いや、資盛は本当にいい人物だと思いますね。
- 古川日出男
- ふるかわひでお 小説家。1966年福島県生まれ。1998年、長篇小説『13』でデビュー。代表作に『LOVE』『女たち三百人の裏切りの書』『ベルカ、吠えないのか?』など。2016年刊行の池澤夏樹=個人編集「日本文学全集」第9巻『平家物語』の現代語全訳を手がけた。TVアニメ『平家物語』に続き、今夏『平家物語 犬王の巻』を映画化した『犬王』も公開される。