Febri TALK 2022.03.18 │ 12:00

小倉信也 設定考証/デザイン

③設定考証としての立ち位置を築いた
『プラネテス』

数々のSF作品にて設定やSFの考証を手がけ、さらには自らデザインすることも多い小倉信也が選ぶ「仕事に影響を与えた」アニメ3選。インタビュー連載の最終回は、自身の代表作でもあり、設定考証という専門職の土台を確立した『プラネテス』について。

取材・文/岡本大介

設定考証という仕事を初めてやり遂げた

――最後に選んだのは、設定考証やコンセプトデザイン、さらには原画も担当しているアニメ『プラネテス』です。
小倉 独立後に成り行きで「設定考証」という仕事に就いたのですが、その仕事での独自の立ち位置を確立してくれたのが『プラネテス』なので、これは外せません。もちろん、幸村誠先生の原作をベースに作ってはいるのですが、アニメでは設定や世界観にさらなる補強を加えていて、個人的にもやりがいや満足感を感じた作品です。

――アニメではキャラクターやメカニックが増えていますが、それらがアニメーションとして動かせる設計でなくてはいけませんから、かなり大変ですよね。
小倉 そうですね。メインとなる初代のDS-12 TOY BOX(デブリ回収船)からして、「そもそもデブリ回収船とはどういう存在か?」というところから見直していきましたから。しかし、写実的な精密さや機構の複雑さを求めるとアニメ向きではなくなり、なによりそもそも私が手描きでデザインできない(笑)。 まだ手描き作画のアニメでしたしね。幸村先生の原作と宇宙船の外観が異なるのは主にその理由からです。加えて与圧された居住区画ではキャラクターの芝居や動線のスペース(寸法)が最優先なので、そこは演劇の舞台作りそのもの。それをなんとか幸村先生指定の全長50メートルくらいのデザインにまとめるため、幸村先生にも相当協力してもらいました。

――しかも、当時は原作マンガが連載中で未完だったんですよね。
小倉 単行本としては2巻までしか出ていなかったと思います。ですので、たとえば、フォン・ブラウン号(木星往還船)などは、幸村先生に描いていただいたラフ画を共有して仕上げています。タンデム・ミラー型の核融合エンジンを積んでいるということで、実際に当時の論文や研究報告書などを調べ、エンジンのサイズや形状を求めています。そういうところは、いわゆるロボットアニメとは異なるアプローチでデザインしていますね。

――とくに思い入れの強いメカニックはありますか?
小倉 やはり、DS-12 TOY BOXですね。私の完全オリジナルというわけではないですが、なんといっても初めての主役メカですから(笑)。

――取材協力としてJAXA(宇宙航空研究開発機構)もクレジットされていますが、もともとシャトルや宇宙ステーションのようなリアルなメカニックにも造詣が深かったのですか?
小倉 じつはオガワモデリング時代にJEM(Japanese Experiment Module)という宇宙実験区画の展示模型に携わったことがあるんですよ。これはのちに「きぼう」と名付けられてISS(国際宇宙ステーション)に連結される、本物の有人宇宙船の居住区画を使った実験施設なわけです。その経験がとても役に立ったのは間違いないですね。なにしろ実物の設計図を知っているわけですから。当時、JAXAの広報担当の方に「このDS-12は実際にウチで作れます」って言われたこともあります(笑)。他にも、たとえば、モニターに表示される軌道図などもしっかりと計算したうえで下図を描いて、それを基にモニターグラフィックスを作ってもらうなど、こだわれる部分は徹底的にこだわりました。

当時の我々は

「今後20年間は通用する

アニメにしよう」

という気持ちで作っていました

――その苦労の甲斐もあり、多くの人に受け入れられた作品になりました。
小倉 私も大変でしたけど、アニメーターはもっと大変だったと思います。通常のTVシリーズのスケジュールで、よくぞここまでのクオリティの絵を作ってくれたと感心します。そういう意味では、参加してくださったアニメーターの方々が凄腕ぞろいだったことも、本作の評価が高い要因ですね。とくに吉田健一くんは第1話でかなりのカットを担当してくれて、それ以降の描写の指針を示してくれましたから、彼の功績は大きいと思います。

――作品が高い評価を受けたことについてはどう感じましたか?
小倉 『プラネテス』から学んだのは、手間暇を惜しんで高い評価が得られるような都合の良い道ないということですね。もちろん、お金も人もたくさんつぎ込んだにもかかわらず、売れない作品というのは残念ながら現実にあります。でも、だからと言って、他所(よそ)と並んで無難な作り方をすれば、数多くの作品たちに埋もれるだけなんですよね。

――実際に『プラネテス』は、フィルムのあちこちから滲み出るこだわりが多くのファンの心を打ったのだと思います。
小倉 当時の我々は「今後、20年間は通用するアニメにしよう」という気持ちで作っていましたから。あれから18年ほど経ちましたが、良くも悪くもリアルな宇宙を描いたアニメ作品自体がほとんど制作されなかったため、いまだに独自の立ち位置を保っているような気がします。

――『プラネテス』以降、小倉さんご自身の設定考証の仕事が広く認知されることになりましたね。
小倉 まさに自分の名刺となった作品だと思いますし、設定考証という仕事を初めてやり遂げられて、自信を得ることができました。また、『プラネテス』のつながりで、そのあとすぐに『タクティカルロア』のコンセプトスーパーバイザーをまかされるなど、今に至るまでいろいろなご縁にも恵まれました。本当に感謝しかないですね。endmark

KATARIBE Profile

小倉信也

小倉信也

設定考証/デザイン

おぐらしんや 1965年生まれ。千葉県出身。オガワモデリングなどを経て、現在はフリーで活動。設定考証を担当した作品は他に『翠星のガルガンティア』『銀河英雄伝説 Die Neue These』『楽園追放 -Expelled from Paradise- 』などがある。

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