Febri TALK 2022.06.01 │ 12:00

岩浪美和 音響監督

②映画館でしか体験できない音響を
初めて提供できた『BLAME!』

音響監督の岩浪美和に、自身のキャリアの中でとくに印象深いアニメ作品について聞くインタビュー連載。第2回は、Netflixでの配信と劇場での公開を同時に行い、話題となった劇場アニメ『BLAME!』。日本アニメでは初となるドルビーアトモス対応作品となった本作は、その後の音響制作を変えたと語る。

取材・文/森 樹

「ドルビーアトモスでアニメ作品を作る」という夢をかなえることができた

――『ガールズ&パンツァー 劇場版(以下、ガルパン劇場版)』のヒットにより、ドルビーアトモスで音響制作ができたのが、2本目に挙げてもらった劇場アニメ『BLAME!』です。
岩浪 『BLAME!』は当時(2017年)としてはかなり特殊な事例で、Netflixでの動画配信と同時に、劇場での上映も行った作品なんです。そのため、配信を担当するNetflix側もドルビーアトモスでの音作りを推奨していて、「ドルビーアトモスホーム」という最高の映像と音響で配信ができる体制になっていました。その一方、映画館での上映は2週間限定で、しかも20数館というミニシアター規模でした。そこで「プロモーションのひとつとして音を売りにしていきましょう」とこちらから提案しました。『ガルパン劇場版』のときに築いた映画館とのダイレクトなつながりがあったので、『BLAME!』でも協力をお願いすることができたんです。もはや配給と宣伝の仕事ですね(笑)。

――音を作るだけでなく、音をプロモーションしていく仕事にも携わっていくことになったんですね。
岩浪 結果的に、僕が調整したサウンドを劇中に登場する企業名に倣(なら)って「東亜重音」という名称で提供しました。さらにイオンシネマ幕張新都心、名古屋のミッドランドスクエアシネマ2、それからアースシネマズ姫路という独立系シネマコンプレックスを含む3館でドルビーアトモス版を上映できたんです。『ゼロ・グラビティ』を見たときに生まれた「ドルビーアトモスで映画音響を作る」という目標を『BLAME!』でかなえることができました。

――配信と同時に劇場公開をしたのが契機になったわけですね。
岩浪 そうですね。Netflixに千円程度払えば同じ内容をテレビやスマホでも見られるわけで、それよりも高い値段を払って映画館に来ていただくためには、劇場でしか体験できないものを提供する必要があります。その材料のひとつとして、良い音響を用意しますよ、と。

――重厚なSFアクションである『BLAME!』の音作りは、どのように進めたのですか?
岩浪 『ガルパン劇場版』もそうですけど、そもそも監督が作る映像が素晴らしいので、音もそれに合わせて良い環境で制作することができました。作画スタジオであるポリゴン・ピクチュアズが得意とするセルルックのCGアニメーションは世界標準でしたし、ポリゴンさん自体がチャレンジングな会社なので、ドルビーアトモスをやりたいというこちらの提案にも「ぜひ」と乗ってくださった。地上派のテレビだと再現が難しいサウンドになりましたが、劇場ならではの音作りという意味では、ドルビーアトモスで制作したことは大正解でした。おかげさまでミニシアター規模としては興行的にも大成功で、いまだにリバイバル上映をいろいろなところでやってもらっています。Blu-rayも出ているし、Netflixでも見られるけれど「やっぱり映画館で見なきゃ」というファンの方々がたくさんいらっしゃるのはありがたいことです。

音響がひとつの売りになることを

理解してくださる映画館が

少しずつ増えてきている

――『BLAME!』の成功も、その後につながっていると。
岩浪 もちろんです。最近だと『劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 星なき夜のアリア』では、ドルビーアトモス+IMAX12chが邦画作品で初めて実現しました。さらにドルビーシネマという、ドルビービジョン+ドルビーアトモスで構成された現状考えうる最高の映画フォーマットで制作しています。それだけでなく、一般的な映画館で採用されている5.1ch、7.1chの他、4DX、MX4Dなど、ひとつの作品をさまざまなフォーマットで体験できる環境を作ることができました。その先駆けとしてあるのが『BLAME!』なので、非常に思い出深いタイトルです。

――音響での選択肢が増えることで、アフレコ現場や作画現場に影響は出るのでしょうか?
岩浪 アフレコ現場への影響はまったくないですね。収録後の処理、音響設計に関わる問題なので。一方で、映像制作のほうだと『シドニアの騎士 あいつむぐほし』を監督された吉平 “Tady” 直弘さんは、ドルビーアトモスを意識して、キャラクターや衛人(もりと)が上方に向けてフレームアウトするような演出をしていました。ドルビーアトモスに対応する映画館だと天井にもスピーカーがあるので、それを考慮に入れた映像作りが可能になるんです。

――そういった音響面の知識が作画側のスタッフにも共有されると、画作りも変わってきますね。
岩浪 クリエイターの理想としては、どの劇場でも良い映像、良い音響を体感して楽しんでいただきたいわけです。それを実現するためには、僕が音響を直接調整しなくても最低限のボリュームは担保する、ということを共通認識にできればと思っていました。幸い、最近はSNSでも映画館の音響について書いてくださる方が増えましたし、音響がひとつの売りになることを理解してくださる映画館も少しずつ増えているように思いますね。

――ストリーミング・サービスの充実やスマホという手軽な映像メディアがある中で、良い音響が映画館に行くひとつの理由になりますよね。
岩浪 そうなんです。やはり映画館で見る映画が今の僕を作っていると思うので、この楽しさをいかに伝えていけるかをずっと考えながら仕事をしています。映画館というスペースに見合った、そこでしか体験できない音を楽しんでもらう――それは音響監督として常に意識していますね。endmark

KATARIBE Profile

岩浪美和

岩浪美和

音響監督

いわなみよしかず 神奈川県横浜市出身。アニメ、洋画吹き替えなどに携わる音響監督。ミキシング・エンジニアとして業界入りしたのち、音響監督としての活動をスタートさせる。近作に『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン』『Fate/Grand Order -冠位時間神殿ソロモン-』など。

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