ビターエンドのお話ばかりだけど、悪い気持ちじゃない
――3本目の作品は、『キノの旅-the Beautiful World-』です。時雨沢恵一(しぐさわけいいち)さんが書いたライトノベル『キノの旅』は、2003年と2017年の二度、テレビアニメ化されていますが、今回挙げていただいたのは、2003年に放送された中村隆太郎監督のほうですね。
社 もともと『キノの旅』は、原作のライトノベルを読んでいたんです。WOWOWで放送されたこのアニメを見たときは、たぶん中学生くらいだったので、残酷だし、陰鬱というか暗いアニメだなって思いました。とくに衝撃を受けたのが、(第2話の)「人を喰った話」。最初に挙げた2本のギャグアニメとは違って、今回はどうしてもネタバレも含んだ話になるから、気になる人は、ぜひ先にアニメを見てから読んでください。吹雪の中、旅をしていたキノが、食糧がなくて飢え死に寸前の3人の男に出会って助けてやるんです。でも、人が良さそうに見えた3人が、じつは人身売買をしていて。キノも襲われるけど、逆に3人を倒すんですよ。その後、吹雪の中、食糧がなくなった3人がキノに助けられるまでどうやって生き延びていたのかわかるんですけど、じつは売り物の人を食っていた。「人を食った」というタイトルは、ふたつの意味にかけてあったんですよ。
――バカにするという比喩表現と、本当に食べたというふたつの意味があったわけですね。
社 でも、当時から残酷なだけの作品ではないとも感じていて、中村監督の作品にしかない何かに初めて触れた作品でした。中村監督特有の演出だと思うんですけど、突然テロップが出てきて「ポーン」と独特の効果音が鳴ったりするところとか。上手く言葉にできないのですが、あのテンポ感も含めて、不思議とすごく良いなって思ったんです。あと、旧作の『キノの旅』については、僕はもともと、丸っこい作画が好きだから、あの顔も大好きでした。(黒星紅白さんが描いた)原作のイラストとは、また違う魅力があるんですよね。
――「人を喰った話」に限らず、『キノの旅』は、深い人間心理を描いたエピソードが多いので、中学生くらいでこの物語に触れたのであれば、影響は大きかったのでは?
社 大きかったですね。たとえば、第1話の「人の痛みが分かる国」は、自分の考えていることが相手に伝わることや、相手の考えていることがすぐにわかることは、幸せだとは限らないって話なんです。でも、当時の自分は、精神的にかなり幼かったというか、大人びてはいなかったので、自分の気持ちが相手に伝わらなかったとき、「なんでだよ!」って思いっきり憤慨(ふんがい)したこともありました。ただ、キノは常に傍観者みたいなところがあって。どの国で、どんな人と出会っても深入りしすぎないんです。それで、年を取ってきた今、『キノの旅』からの影響を考えると、いつの間にか僕もキノみたいに他人の考えとかには、あまり深入りしないようになっているんですよね。いろいろなものの在り方に対して寛容になりました。これは、『キノの旅』が染み込んでいたからかなと思ったりします。まあ、よくも悪くもあきらめに近い感情かもしれないですけど。今は、勝手に期待して勝手に失望するほうが相手にとって残酷だと思っているので、何事にもあまり期待しないようにしていて。そのうえで何か良いことがあったら、ラッキーくらいに考えています。
――健康的な考え方のようにも思えます。
社 あとは、何ともいえないビターエンドのお話ばかりだから、物語にハッピーエンドを求めなくなりました(笑)。でも、不思議と見たあとは、悪い気持ちじゃないんですよ。
当時、涙が止まらなかった最終回の「優しい国」
――「人を喰った話」の他にも、とくに印象的なエピソードがあれば、教えてください。
社 (第13話の)「優しい国」ってエピソードがすごく良くて、当時、号泣しました。
――最終回ですね。
社 さっきもお話ししたみたいに、キノって基本的に他の人に深入りしすぎないし、旅が途中で止まっちゃう恐れもあるから、3日経ったら絶対にその国を離れることにしているんです。でも、あまり評判の良くなかったある国に行ってみたら、そこの住人は、キノがそれまでに訪れたどの国よりも優しくて。やたらと歓迎してくれるし、あまりにも居心地が良かったから、キノは滞在期間を3日から延ばそうかなって住人に言うんです。そうしたら、急にみんなの態度が変わって。「それはダメだ。絶対に3日で出て行ってください」って言われるんですよ。理由もわからないキノは驚くんですけど、言われた通りに3日でその国を離れるのですが、その夜、火山が噴火して、優しい国はなくなってしまうんです。
――火砕流に全住人ごと飲み込まれてしまいます。
社 その光景を見て、それまで感情をあまり表に出してこなかったキノが最大級に絶望した顔を見せるんです。その後、キノは、宿の女将がお弁当の中に忍ばせていた手紙で事情を知るんですけど。以前、その国は、旅人に対してひどい扱いをしていた国だったんです。でも、もうすぐ火砕流に飲まれて国がなくなってしまうことがわかって。このままでは冷たい人の国として歴史に残ってしまうから、どうにかして噴火が起こる前に、この国の人は優しかったという歴史を残したかった。そして、噴火の起こる3日前に訪れた最後の旅人がキノだったんです。優しくしてくれていた理由を知ったときは、涙が止まらなかったですね。だって、旅人が良い人間とは限らないんだし、歓迎されるのは当たり前のことではない。善意にも理由があって良いんですよ。何かの見返りを求めてボランティアとかをやると、「偽善だ」と言われることってありますよね。でも、「別に偽善でもいいでしょ? 見返りを求めてやる善意の行動だって、素敵なことじゃん」と思わせてくれるお話でした。
――大切なのは、誰かの助けになることのほうですしね。すごく深い話だと思います。
社 本当に道徳の教科書みたいな作品ですよね。しかも、それが押しつけがましくない。作品の中でキャラクターが「これはこうすべきだ」みたいなことを言うと、説教臭く感じて冷めちゃったりするんですけど。『キノの旅』は、その国の住人たちの生き方で学ばせてくれるというか、見ている自分に考えさせてくれる。それにこの作品は、効果音とかもすごく静かで、無音の演出もよく使われるので、静かに見られて考えさせられる。この空気感がすごく好きなんですよ。中村監督の作品だと『lain』(serial experiments lain)も好きなんですけど、同じような空気感で、派手な音もなくて作品に浸(ひた)れる心地良い静けさがある。だからこそ、中村監督の作品は、深く心にこびりついているのかなと思っています。
――今回、とくに大きな影響を受けた3作品を選んでいただきましたが、社さんにとってアニメは、どのような存在ですか?
社 子供の頃からアニメには本当に救われてきたところがあって、他にも語りたいアニメは、たくさんあります。もし、アニメがなかったら、すごくつまらない人生だったと思います。それに、昔から常に何かを考えているタイプで、ずっと頭に言葉が浮かんでくるから疲れちゃうんですよ。そういうとき、ボーッと見られるギャグアニメとかにはすごく癒されてきました。もし、アニメがなかったら、自分の身体の9割くらいは、燃え尽きて消えていたんじゃないですかね(笑)。
KATARIBE Profile

社築
バーチャルYouTuber
にじさんじ所属。IT企業に勤務する33歳のプログラマー。2018年6月5日に活動開始。『beatmaniaⅡDX』(通称:弐寺)、『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』(通称:プロセカ)など音ゲーに関しても造詣が深い。