SERIES 2021.08.12 │ 12:00

マンガ家・さいとうちほインタビュー②

宝塚を彷彿とさせる煌びやかなキャラクターと、壮大なスケールで綴られるドラマチックな歴史ストーリー。中世ヨーロッパ、近世ロシア、平安朝……さまざまな時代と国を、圧倒的な画力で描き出す歴史長編の名手にインタビュー。歴史ものに対する情熱、画業35年の節目に思うこととは何だろうか?

取材・文/岡本大介

※雑誌Febri Vol.43(2017年8月発売)に掲載されたインタビューの再掲です。

スランプ脱出の転機はプーシキンの伝記?

――そして、時代はいよいよ’00年代に入りますが、さいとう先生としてはどんなトピックスが思い出深いですか?
さいとう それがですね……。じつはこの頃、かなり長いスランプ期に突入するんです。連載やアニメ放送などで忙しさはピークで、さらに『花音』で小学館漫画賞をいただくなどして、いろいろなことが頂点に達して燃え尽きちゃいました。描きたい題材が見つからず、それでも連載は続けていたのですが、正直全然ノレていなくて、どうやっても面白くならない。それで気分を一新する意味も込めて『プチコミック』から『月刊フラワーズ(当時は『プチフラワー』)』に移ったんです。

――移籍にはそういう理由があったんですね。掲載誌が変わり、スランプを抜け出すことはできましたか?
さいとう そこで最初に連載していた『アナスタシア倶楽部』を描いている途中に、担当さんから「プーシキンという人物が面白いですよ」と伝記を渡されて、読んでみたら本当に面白い人だったんです。「こいつ、決闘しちゃってるよ」と(笑)。

――それが次作の『ブロンズの天使』につながるわけですね。
さいとう そうなんです。子供時代にバレエをやっていた影響でロシアは大好きな国でしたし、『戦争と平和』などのロシア文学もいろいろ読んだな、と。それで『アナスタシア倶楽部』を一度ストップして『ブロンズの天使』を始めたんです。これは自分でもけっこうノレて、ここでスランプを脱出したなと感じました。

――なぜ、ノレたのでしょうか?
さいとう まず、プーシキンの人生がすごく面白かった。それに、私の作品の男女は大抵出会ってすぐに恋に落ちるんですが、この作品はヒロインのナターリアが夫のプーシキンのことをあまり好きではなく、結婚後に現れたダンテスに初恋をするという、これまでに描いたことのないパターンで、それも新鮮でした。

――ナターリアは控えめで物静かという、先生の作品の中では珍しいタイプのヒロインですよね。
さいとう よく人から「さいとうさんの描く主人公はいつも大地に仁王立ちしている」と言われるのですが(笑)、ナターリアは「美人だけどバカよね」と罵られるような、異色のヒロインでしたね。

――これまでにない物語やキャラクターを描けたことが大きかった?
さいとう マンガ家って、自分に飽きたら終わりだと思うんです。だけど、長く描いていればどこかで必ず自分の作風に飽きる時期がきちゃうんです。なんでいつもこういう展開になるんだろうと。でも、そこであきらめずに続けていれば、また新しい自分に出会えたり、再発見があったりするんだと思います。休まずにマンガを描く場を与えてくださった出版社に感謝ですね。

『とりかえ・ばや』で、変わらない伝統のすごさを伝えたかった

――『ブロンズの天使』以降は、かなりノリノリで描いているんですね?
さいとう そうですね。この頃になると年齢や体力のことも少し考えるようになって、もう無尽蔵に描くことはできないから、たとえ次作で筆を折ることになったとしても悔いが残らないように描こうと思うようになりました。この次に描いた『アイスフォレスト』はフィギュアスケートが題材で、昔から大好きだったものの、名作が多すぎてそれまで躊躇していたテーマでした。でも、今描いておかないともう一生描けないだろうと思って。『子爵ヴァルモン〜危険な関係〜』も、本当は誰かにマンガ化してほしかったんですけど、どうやら誰も描かなさそうなので自分で描いちゃおうと(笑)。

――そして、現在連載中の『とりかえ・ばや』へと続くわけですね。なぜ、日本の歴史ものを描こうと思ったんですか?
さいとう きっかけは、東日本大震災でした。当時「もしかすると東京も危ないかもしれない」と思って、京都に部屋を借りて、ときどき滞在する生活を始めたんです。それで、あらためて京都をじっくりと散策してみると、どこへ行っても歴史を感じることだらけで、初めて自分が日本人なんだと明確に意識して。同時に、西洋の歴史や文化はたくさん描いてきているのに、日本のことはほとんど何も知らないんだと痛感しました。さらに、海外とは異なり、日本の多くの風習や文化が神話の昔から連綿と続いていることを実感し、「日本のことを描きたい」という気持ちが高まりました。私が感動した“変わらない伝統のすごさ”のようなものを、少しでもマンガで伝えられたら、と思ったんです。

――『とりかえ・ばや』は、まさに作品の舞台・京都の地で生まれたんですね。
さいとう そうですね。今でもプロットやネームを鴨川のほとりで描くことがあります。

――なんと優雅な(笑)。平安時代を舞台に選んだ理由は何かあったんですか?
さいとう いろいろな和の伝統文化が定着した時代ですし、服装も優雅で、なにより女性のヘアスタイルがかわいいじゃないですか。

――やはり、ビジュアルが重要なんですね。
さいとう 私の場合はビジュアルで入ることが多いですね。並行して連載している『VSルパン』も、あの時代のファッション、とくにシルクハットやマントが好きなんです。

――さいとう先生が『ルパン』を題材にしたのは少し驚きました。
さいとう ルパン生誕100周年のときに作られた映画『ルパン』を見て以来「(題材に)ルパンもいいかも」と思っていて。そうしたら担当さんから偶然「またフランスものでどうですか?」と提案されたので、ならば!と。原作をベースにしてはいますが、少女マンガになるように再構成し、恋愛要素に力点を置いて描き直している感じです。

――なるほど。『とりかえ・ばや』も佳境ですが、次作の構想などは考えていますか?
さいとう 何も考えていません。毎回連載が終わった瞬間に「次作の予告をください」と言われるのですが、いつもストックがなくて困るんです(笑)。ただ、もう少し昔の日本を舞台にしたものを描いてみたいという気持ちはあります。

歴史ものへの情熱は、女性が持つ変身願望の表れ

――素朴な疑問なのですが、さいとう先生の歴史ものに対する情熱は、どこからきているのでしょうか?
さいとう おそらく「様式」に対する興味が強いんだと思います。どんな経緯でこんな文化や様式が生まれたんだろう、と。裏にあるドラマを知りたくなり、いろいろな時代や国の様式の中に自分のキャラクターを当てはめて、彼らがどう生きるかを妄想するのが大好きなんです。

――キャラクターを通してご自身が疑似体験をしているんですね。
さいとう そうですね。女性なら誰もが持っている変身願望の表れかもしれません。異国のとある時代というのは非日常で、子供の頃にバレエの発表会で立ったキラキラの舞台に似ているんです。私自身はもう非日常の世界には行けないけど、キャラクターを行かせることはできますから。

――次作も楽しみにしています。ところで「次が最後」にはなりませんよね?
さいとう あはは。「次が最後かも」と意気込んで、もう10年以上経ちますから。体力的にはまだまだ問題ないので、しばらくはこのペースで描き続けていけると思います。ただ、前に一度手がまったく動かなくなった日があったんですよ。

――え? それは怖いですね。
さいとう すぐに治ったんですけど、それよりも驚いたのは、自分の心の中に悲しい気持ちが湧かなかったことなんです。それくらいこれまで一生懸命やってきたんだなと思いましたし、いつ筆を折ることになっても悔いはないということもわかりました。だからこそ、今この瞬間にやれることをやるしかないと感じています。endmark

さいとうちほ
東京都出身。1982年に読み切り作『剣とマドモアゼル』でデビュー。以降『少女コミック』『プチコミック』『月刊フラワーズ』を中心に活躍中。『花音』で第42回小学館漫画賞を受賞。代表作は『円舞曲は白いドレスで』『花音』『とりかえ・ばや』など多数。2017年7月には『月刊フラワーズ』で『少女革命ウテナ』の新作を発表し話題に。
作品名掲載誌(掲載年)
ほのかにパープルフラワーコミックス(1985年)
恋人たちの場所フラワーコミックス(1986年)
青りんご迷宮フラワーコミックス(1986年)
星を摘むドンナフラワーコミックス(1987年)(●)
目を閉じて愛 さいとうちほ傑作集1フラワーコミックス(1987年)
小羊印のるんぱっぱ さいとうちほ傑作集2フラワーコミックス(1988年)
エトワールガール さいとうちほ傑作集3フラワーコミックス(1988年)
天使のTATTOOフラワーコミックス(1989年)
ある日ナイトに会った さいとうちほ傑作集4フラワーコミックス(1989年)
さいとうちほのまんがアカデミアフラワーコミックス(1990年)
円舞曲は白いドレスでフラワーコミックス(1990年)
オペラ座で待ってて さいとうちほ傑作集5フラワーコミックス(1990年)
もう一人のマリオネットフラワーコミックス(1991年)
紫丁香夜想曲 さいとうちほ傑作集7フラワーコミックス(1992年)
花冠のマドンナフラワーコミックス(1993年)
白木蘭円舞曲フラワーコミックス(1994年)
花音フラワーコミックス(1995年)
恋物語フラワーコミックス(1996年)
少女革命ウテナフラワーコミックス(1997年)(●)
バシリスの娘フラワーコミックス(1998年)
天使の微笑・悪魔の涙フラワーコミックススペシャル(1999年)
銀の狼フラワーコミックススペシャル(2000年)
レディー・マスカレードフラワーコミックス(2000年)
千一夜の鍵フラワーコミックス(2001年)
ファースト・ガールフラワーコミックス(2002年)
アナスタシア倶楽部フラワーコミックス(2002年)
SとMの世界あすかコミックス(2002年)
SとMの世界2あすかコミックス(2003年)
ビューティフルフラワーコミックス(2004年)
ブロンズの天使フラワーコミックス(2004年)
シャ・ノワールのしっぽフラワーコミックス(2006年)
アイスフォレストフラワーコミックスα(2007年)
続・アナスタシア倶楽部フラワーコミックス(2008年)
gigoloフラワーコミックスα(2009年)
子爵ヴァルモン〜危険な関係〜フラワーコミックスα(2010年)
とりかえ・ばやフラワーコミックスα(2013年)
バルターニャの王妃ロマンスコミックス(2013年)(●)
VSルパンフラワーコミックスα(2014年)
誘惑のシークロマンスコミックス(2014年)(●)
青い悪魔のセレナーデハーモニィコミックス(2015年)
※上記は単行本の発刊に準じた年表です。 
※小説、書籍、文庫コミックス版、傑作集、ファンブック等は割愛しています。
●:原作付き