絵の変化はデジタルで線にこだわる時間が増えたから
――『透明な薄い水色に』の次の連載は『ルミナス=ブルー』。ファイダー越しにのぞく者とのぞかれる者、それぞれのまなざしを通して描かれる高校生の恋愛群像劇です。
岩見 もともとカメラが趣味でSNSにも投稿していました。次の連載をどうするか考えていたときに、それを見てくれていた担当編集さんが「写真の話はどう?」と提案してくれたのがきっかけでした。ファインダー越しにのぞく、のぞかれる関係性っていうのもどこかフェチを感じるな、と。光(コウ)、寧々(ねね)、雨音(あまね)の3人は今でも好きなキャラクターです。
――巻末では編集者に「明るい作品を」と言われ、半年悩んだとありました。
岩見 「明るい作品」と言われてもなかなか難しくて(笑)。でも、主人公の光ちゃんがずっと明るい子だったからなんとかなりました。光ちゃんに感謝しています。
――ご自身でも写真を撮るとのことで、どんなカメラを愛用していますか?
岩見 RICOH(リコー)のGRが好きで今日も持ち歩いています。10年前に友達の影響で始めて、撮るのは風景や街中の看板などスナップ撮影がメイン。撮った写真は作画資料にもしています。
――光が使う、写真を撮りたい欲を意味する「写欲」はいい言葉ですね。
岩見 私も「この場所は写欲が高まる」とこの言葉を使っていて、撮れ高が良さそうなとこに来るとわくわくしています。
――この『ルミナス=ブルー』までの頃と比較すると、『今日はカノジョがいないから』では絵柄の雰囲気が変わった印象を受けます。
岩見 連載が終わってから『今日カノ』が始まるまでの半年で、執筆環境をデジタルに変えたからですね。線が細くなったことで印象も変わったんだと思います。ペンタッチは昔からこだわりが強くて、Gペンでペン入れをしていた時代から、細い線は細く、太くしたい部分は太くするよう線の緩急を意識していましたね。デジタルにしたおかげで作業速度が上がった分、線にこだわる時間が増えてしまいました(笑)。
みんな揃ってみんなクズ
――その半年の間に何度もボツを繰り返したと単行本の巻末にありました。アイデアがまとまるまでとくに何で苦労しましたか?
岩見 最初の1カ月目で「浮気百合」でいこうと担当編集さんと決めました。でも、どういうキャラクターで浮気をしたら面白いのかがまとまらず、ずっと考えていた期間が5カ月。初期のネームでは七瀬に当たるキャラクターが男性だったりと、今とは全然違います。大人同士で浮気で揉めるより、学生でやるほうが意外性や未熟さから生まれる葛藤が面白いかもしれないと、今のかたちに収まりました。
――学生だと、何かあっても必ず学校で顔を合わせるし、そこから逃げられない。
岩見 大人だと自分の力で環境を変えられるし、普通に解決しちゃうことも、学生だとそうもいかないですよね。まったく解決しなくて何か抱えたままでも、次の日には登校して授業を受けなきゃいけない。
――岩見先生はXの投稿でも『今日カノ』を「クズ百合」と書いていますね。
岩見 「『クズ百合』といえば『今日カノ』」くらい、皆さんの間にも浸透していただけたと思います。すごくうれしいです。登場人物みんな揃ってクズなので(笑)。
――裏アカ女子のゆに、ゆにの恋人でバレー部の七瀬(ななせ)、ゆにに迫る風羽子(ふうこ)の3人は、そこにいるだけで何かが動き出しそうなキャラクターですね。
岩見 SNSでいろいろな人の浮気にまつわる投稿や、浮気がテーマのマンガを読むと、七瀬の立場の人って大抵は最低な人間なことが多いんですよ。そうなると七瀬だけが悪者で、「ゆにと風羽子がかわいそう」で終わってしまう。だから、ゆにみたいな普通の女の子に、七瀬のようなイケメンで優しい彼女がいる。それにもかかわらず浮気しちゃう筋立てにすることで、誰かが特別な悪者にならずに済む。その代わりみんなが悪者になるんです。
――七瀬は3人の中では真っ当っぽい感じもしますが、そうでもない?
岩見 いちばんちゃんとしているけれど、読者からは「ちゃんとゆにのこと見てあげなよ」と怒りの声も多いです(笑)。
風羽子を狂気だけの女の子にしたくなかった
――ゆにの秘密を知り、それを盾に迫る風羽子はミステリアスで、どこまでも翻弄(ほんろう)してくる女の子ですね。
岩見 風羽子はクズはクズでも、ドクズにはしたくなくて。狂気は孕(はら)ませたいけれど、狂気だけの女の子になってしまうのは嫌だから、どこか「ただの女の子」でいてほしい気持ちがありますね。
――つかみどころのない女の子だったのが、ゆにと七瀬とのやりとり、何よりも優月(ゆづき)の登場で、風羽子への見方がすごく変わりました。
岩見 ゆにとの大阪旅行で思い通りにならなくて泣いちゃうとか、そういうかわいさは表現したいと思いながら描いていました。エピソードを重ねるごとに、風羽子のクズさやミステリアスさ、普通の女の子っぽさがいい塩梅(あんばい)に描けたと思っています。
――ゆにの裏アカ女子設定は、今時な感じがします。あのとりとめもない投稿の文章も、岩見先生が裏アカの書き込みをよく研究しているな、と。
岩見 友達に話を聞くと、若い世代だと裏アカを持っている子はそれなりにいるらしいですね。エッチな内容じゃなくても、自分のクズな一面を発散させるために。ゆにも七瀬がかまってくれない寂しさがあるから、こっそり感情を発散させています。共感できる人もいるかもと思い裏アカ女子にしました。
