「久美子の成長」がテーマ
――『アンコン編』は、もともとOVA企画だったそうですね。
石原 そうなんです。TVアニメ第3期の“久美子3年生編”の放送がちょっと先なので、その間に何かを届けられればと思って。それが、運よく劇場で上映できることになったという感じです。
――時系列としては『劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~(以下、誓いのフィナーレ)』直後のエピソードで、“久美子3年生編”までをつなぐ物語です。『アンコン編』をピックアップした理由は何でしょう?
石原 おっしゃる通り、『誓いのフィナーレ』と“久美子3年生編”をつなぐエピソードであることがいちばんの理由です。久美子が2年生のときの原作エピソードは他にもあるのですが、この流れがごく自然なのかなと思います。『誓いのフィナーレ』の最後で新部長となった久美子が慣れないポジションで奮闘するお話で、“久美子3年生編”のプロローグ的な立ち位置になればいいなと思います。
――部員全員でコンクールに挑んでいく本編とは異なり、今回は久美子の日常や成長に焦点が当てられたお話ですね。
石原 そうですね。月並みですけど、言葉にするならば「久美子の成長」がテーマということになるかと思います。新米部長である久美子が、自分で考えて行動して、ちゃんとした部長になっていく、その最中のお話ですね。
人は立場や環境によって育てられる
――石原監督は、シリーズにおける久美子の成長をどのように感じていますか?
石原 もともと久美子って、わりとボーッと生きているタイプですよね。ユーフォニアムをやり始めたのも成り行きで決まったようなものですし、まわりに流されるまま高校生になって。でも、むしろそれが普通だと思うんですよ。将来の夢に向かって一直線に進める子どもなんてほとんどいないと思います。そんなごくごく普通な久美子が、役割や目的を与えられるうちに少しずつ変化して、ついには部長まで務めることになる。その展開がアツいですよね。まあ、部長に任命したのは(中川)夏紀と(吉川)優子の陰謀だと思いますけど(笑)。
思うのは、人というのは環境によって育てられるんだなということ。これまでずっと久美子を描いてきましたけど、入学時と比べると顔つきが明らかに違いますからね。面白いのは、キャラクターデザインを変えたわけではなく、ごく自然とそうなっていったことです。
――てっきり成長に合わせて、デザインも作り直しているものだと思っていました。
石原 厳密に言うと、久美子たちが2年生に進級したタイミングで少しだけ表情を追加したんですけど、それくらいです。僕を含めて現場のアニメーターの感覚的にはほとんど変わっていないんです。それでも、どこか大人びた顔つきになってきているのが不思議なんですよね。
――たしかに不思議ですね。
石原 おそらく、意識せずとも久美子の言動が自然とそうさせているんでしょうね。じつは『誓いのフィナーレ』を作る際、ふと「久美子が3年生になったとき、(田中)あすかや(中世古)香織のような存在になれるのかな?」と不安がよぎったんです。久美子たちが入学した際のあすかたちって、すごく大人びて見えましたよね。なので「久美子にそんな雰囲気が纏(まと)えるのだろうか?」と心配だったんですけど、今回やってみてその不安が解消されました。立場や環境が変われば、自然と大人の顔つきになっていくものだということがわかったんです。
――それは久美子に限らず、他のキャラクターについても同様ですか?
石原 同じです。葉月も最近では真剣な表情が増えましたが、それも特段意識しているわけではないですし。緑輝(さふぁいあ)も……彼女はあまり変わっていませんね(笑)。
仲良しなふたりのやり取りに滲む、かすかな危うさ
――本作では久美子と(高坂)麗奈の関係性にもフォーカスが当たっていますね。
石原 このふたりの関係は本作の大きな見どころだと思っています。互いを必要としていて仲良しなふたりではありますが、今回のやり取りにはどことなく不穏と言うか、かすかな危うさも感じるんですよね。
――たしかに。手洗い場でお互いの気持ちを吐露して仲直りしたものの、そのシーンの最後にある久美子のモノローグが意味深でした。
石原 そうなんです。演奏に対する考え方を含め、久美子と麗奈ってちょっとズレがあるんですよ。しかも、それに対して麗奈のほうが少し怖がっているふしがあって、その関係が面白いですよね。このズレが今後の展開にどう影響していくのかはわかりませんが、それが垣間見えた瞬間でもあるのかなと思います。このシーンにおける微妙な心の機微は、本作のハイライトのひとつですね。
――あと手洗い場のシーンで印象的だったのが、ふたりの微笑ましいやり取りです。
石原 ここは僕が絵コンテを描いているんですけど、あとになって「なんでこういう芝居を付けたんだろう?」と不思議に思うくらい、ちょっとやりすぎた感があります(笑)
――麗奈役の安済知佳さんは、ここの麗奈がとても女の子っぽくてかわいいのが新鮮だと言っていました。
石原 そこに気づいてくださるのはうれしいですね。じつは僕としては「かわいくしよう」と思って描いたわけではないんですよ。言葉にするのは難しいですが、麗奈の心の中に渦巻いている複雑な気持ちの表れが、ああいう挙動や仕草になったのかなと。つまり、たまたまかわいく映ってくれたという感じです。
それで言えばもうひとつ、(久石)奏が久美子に対してシュッシュってシャドウボクシングをするシーンがありますが、これも絵コンテでは無意識に描いていて、あとで見返した際に「なんでこんなことしてるんだ?」って(笑)。考えてみたんですけど、おそらく奏は久美子にじゃれている感覚なんじゃないかと思うんです。絵コンテ作業では、よくこういうことがあるんですよ。
――なるほど。後編では作業面のお話や、来春放送の“久美子3年生編”への意気込みを聞かせてください。
石原 よろしくお願いします。
- 石原立也
- いしはらたつや 京都アニメーション所属。主な監督作は『中二病でも恋がしたい』シリーズ、『小林さんちのメイドラゴンS』など。