フルアニメーションで描いたマリンバの演奏シーン
――アフレコも久しぶりだったと思いますが、感触はどうでしたか?
石原 キャストさんたちには全幅の信頼をおいていますから、僕としては今回もおまかせするだけでした。音響監督の鶴岡(陽太)さんからは「また新しい気持ちで作り上げよう」という言葉があったので、もしかしたらこれまでと違う部分もあったのかもしれませんが、最後まで違和感なく、皆さん素晴らしいお芝居をされたと思います。
――演奏シーンの描写についてはどうでしたか?
石原 珍しかったのはマリンバですね。マリンバの演奏シーンは、専門的な言い方をすると「1コマ打ち」、つまり秒間24コマのフルアニメーションで描いているんです。でも、そうすることで逆にロトスコープ(実写映像をトレースして描く作画技法)っぽく見えてしまうのがちょっと悔しいです(笑)。トレースはせず、アニメーターが1枚1枚手描きで描いているんですよ。これは声を大にして言いたいです。
――そうだったんですね。素晴らしい演奏シーンでした。
石原 ありがとうございます。それぞれの手にマレット(ばち)を2本ずつ持っているので、管楽器の動きに比べるとより複雑な動きをするんですよ。そんなところにも注目していただけるとうれしいです。
細かい音まではっきりと聞こえる 劇場ならではの醍醐味
――劇場上映ということもあり、音響も素晴らしかったです。
石原 僕も試写室で見たんですけど、本当に音がいいですよね。演奏しているときの息遣いなどはテレビ放送でも聞き取れますけど、たとえばユーフォニアムのピストンが動くときの「ストン」という音までがしっかりと聞こえて、これには僕も驚きました。
――ちなみに「息遣い」など、音楽以外の音は音響効果として加えているのでしょうか?
石原 息遣いはそれぞれのキャストさんの声を入れていて、ピストン音はレコーディング時の音源、楽器を動かす際の「カチャ」という音はあとで付け加えています。つまり、演奏シーンは3つの音源の組み合わせで作っていて、そこはシリーズを通じて同じやり方です。
――劇場設備だからこそ、細かい音もハッキリ聞こえるんですね。
石原 そうですね。他にも遠くから聞こえてくる楽器の練習音なども臨場感があって、これは劇場で聞く価値があるなと思いましたね。
久美子の処世術が活きた、つばめへのアドバイス
――とくに印象深いシーンやセリフはありますか?
石原 完全に個人的な話になるんですが、最後、アンサンブルコンテストの出場者の写真がズラッと流れるシーンに浮かび上がるキャラクターの名前は僕が書いているんです。
――キャラの名前がブレて動くところですね。
石原 そうです。それぞれ3枚書いて、それを動かしているんです。最初は軽い気持ちで引き受けたんですけど、よく考えたら部員が60名以上いるんですよ(笑)。おかげで200近くの名前をひたすら書くことになりました。書いているとだんだんとゲシュタルト崩壊してきて、おなじみのキャラクターの名前を間違ったりもして(笑)。
――今作にはキーパーソンとして、打楽器担当の釜屋つばめが登場します。マリンバの演奏で悩むつばめに、久美子の的確なアドバイスが光っていました。
石原 久美子は葉月に良いアドバイスを送っていましたし、よくまわりを見ていますよね。波風をあまり立てないように生きてきた久美子なりの観察眼で、言わば処世術なのかなと思うんですが、それがここに来て活きています。
――結果として、自分に自信がなかったつばめが前を向くきっかけになりましたね。
石原 おそらく久美子は、自分の言動でつばめに成長を促そうとか、そんなことは考えていなかったと思います。だからこそ、つばめの変化を目の当たりにした久美子は少し驚いて、うれしい気持ちになったんですよね。部長としてやっていけるかもしれないという久美子の自信にもつながったと思うので、このふたりのやり取りはお互いにとって良いものになったと思います。
ようやく久美子自身の物語をじっくりと描ける
――ふたりでマリンバを運ぶシーンは、まさに本作のクライマックスでした。
石原 そう感じていただけたらうれしいです。絵コンテを描いているときは、お話としてはクライマックスなんだけど、果たしてクライマックスたり得るシーンになるのか不安だったんですよ。派手な演奏シーンでもないし、感情を爆発させるシーンでもないですから。でも、松田(彬人)さんが素晴らしい楽曲を作ってくださったおかげで、ちゃんとクライマックスにふさわしいシーンになったと思います。
――最後に、TVアニメ第3期“久美子3年生編”の見どころについて教えてください。ラストシーンでは謎の新キャラクターも登場しました。
石原 やはり久美子がどうなっていくのかと、(高坂)麗奈との関係性ですね。あとは、ようやく久美子自身の物語をじっくりと描けるときが来たなと感じています。新キャラクターも物語に思いっきり絡んでくるので、注目してもらえたらと思います。ちょうど今、絵コンテが続々と上がってきているんですけど、読んでいて思わず泣いちゃうような良いコンテが多いんです。2024年はこの作品が始動してから10年という節目の年ですし、間違いなく集大成になると思うので、気合いを入れて頑張っています。久美子たちの青春の行く末を、どうか最後まで見届けてください。
- 石原立也
- いしはらたつや 京都アニメーション所属。主な監督作は『中二病でも恋がしたい』シリーズ、『小林さんちのメイドラゴンS』など。