サザンクロス隊は軍隊ではなく、愚連隊のようなもの
――モビルスーツの戦闘シーンについては、任侠映画の殺陣(たて)を参考にしたと安彦さんのコメントがありましたね。
イム じつはそのお話って私も初耳でして(笑)。安彦さんは絵コンテをくださるときに、内容についての詳細な説明をしてくださらないんですね。もちろん、打ち合わせや簡単な説明はしてくださるんですけれど、「任侠映画の殺陣を参考に」とかはとくに書かれていなかったです。サザンクロス隊については軍隊ではなくて愚連隊、傭兵のようなものだと。まとまりのない我の強い集団ですから、協力して戦うようなチームではない。鬼のドアンがいたから成立していたのに彼が抜けてしまい、ダナン・ラシカが補充されたことでバラバラになってしまったということは仰っていました。サザンクロス隊が登場する戦闘シーンの絵コンテは私が切ったのですが、その時点ではまだ隊内の連携が取れているけれども、ダナンがそれを崩してしまうという描写を意識して描いています。
――後半の戦闘シーンで、1機ずつガンダムに仕掛けていくというのが印象的でした。
イム そこは安彦さんがこだわっていたところで、ドアンが目の前にいることで冷静さを失ってしまっているんですね。とくにダナンは狂犬みないたものですから、なりふり構わずかかって行ってしまう。セルマは戦いたくないけれどもせざるを得ない状況になっているという感じです。1対5で、しかもドアンのザクは性能的にはかなり劣化しているので、まともに戦ったら話にならないわけですから、分散したうえに一部はアムロにも担当してもらったという感じですね。
『ガンダム』ならではの「細部」へのこだわり
――映画ではスレッガー・ロウだけでなく、マ・クベやウラガンなどのキャラクター、さらにはジムやガンペリーなどのメカも登場しますね。
イム 安彦さんがコンテの段階で入れた要素も多かったですね。安彦さんがコンテ作業に入る前に、私やカトキハジメさん(メカニカルデザイン)、田村篤さん(総作画監督)などのメインスタッフを集めて「こういうものを見たいとか、入れないとダメだという要素を教えてほしい」というお話があったんです。そのときに「ザクが石を投げる」と「ルッグンにぶら下がってないとダメ」とか「ドアンのザクは顔が長い」といったような要望を出しました。とくにカトキさんはメカに関する意見をたくさん出してくださって、ドアンのザクが面長になったのはカトキさんの説得によるものですね(笑)。当初は私も安彦さんもザクの顔が長いのはさほど重要ではないと思っていたんですけど、「ガンプラで再現するファンもいるんだから」というカトキさんからの強い意見でああいう形になりました。設定的にはドアンのザクは頭部(下顎部)のジョイントが外れかかっているために「面長に見える」という素晴らしい解釈をカトキさんが描いてくださったので、違和感がないように工夫しています。設定を作っている時点から、スタッフの間では「これはガンプラが欲しいよね」と話していました(笑)。
――スレッガーのジムやコア・ブースターも印象的でした。
イム スレッガーのジムは映像では初出ということもあってすんなり決まったんですが、通常版のジムの色が難航したんです。というのも安彦さんとしては陸戦用だからオレンジでいいのではという意見だったのですが、私とカトキさんが「いや、どうしても赤いのが映像で見たい」ということで強行しました(笑)。私がメカに対して意見したのはそれとサザンクロス隊のザクくらいで、かつての『機動戦士ガンダム』の要素を入れ込みたいというのは安彦さんの意思によるものが多かったです。
――サザンクロス隊の高機動型ザクについては、具体的にどういう意見を出したのでしょうか?
イム 普通のザクだとつまらないので、ホバー機動するザクが欲しいと安彦さんからリクエストがありました。ただ、まったくの新型機を登場させるのも違和感があるので、カトキさんからMSVで大河原邦男さんが描いた迷彩カラーのザクⅡ(湿地帯戦用ザク)があるから、それを基に発展させてはどうかという提案をいただいたんです。そしてホバーで移動できる、ドムとザクの中間のような高機動型ザク(地上用)のデザインが誕生し、迷彩カラーや武装などを設定していったという感じです。武装などは演出面でも影響があるので、その打ち合わせには立ち会わせていただいてとても勉強になりました。キャラクターの性格を武器に反映させたかったこともあって、ダナン機はヒート・ホークを2本持っていたり、ウォルド機は知能犯的な面があるので狙撃銃(ライフル)を使うとか。一方、セルマ機にはバズーカを持たせることで女性パイロットとザクの外観上のミスマッチを出したら面白いのではないか、というような提案はしましたね。こういう武装類についても、カトキさんから「これはガンプラにまだなっていないから出しましょう」とか、商品面でもアイデアのサポートをしていただいて助かりました(笑)。
――レビル将軍やゴップ元帥まで登場したのが意外でした。
イム やはり島の中だけで物語を展開させるのは限界があるので、組織の上層部の思惑が絡んでくるという構造になったことで登場したキャラクターですね。それに伴ってジオン公国側もマ・クベが登場するなどしています。今回、ドアンの島自体はちゃんと位置を特定していますが、コロナ禍で現地取材ができなかったのは本当に残念でした。こういう状況でなければ、灯台の様子や島の自然環境などの描写ももっとリアルにできたと思うのですが、仕方ないので資料映像や写真、インターネットなどを活用しての制作に終始することになってしまったのは心残りですね。
アムロが取った「あの行動」の真意とは⁉
――ご自身の中で本作での見どころというか、やってみて良かったシーンはありますか?
イム 私の中で『ガンダム』ならではの演出として、イメージ空間での戦闘シーンがあったんです。ジェット・ストリーム・アタックなどで描かれた、背景がイメージカラーのようになる演出ですね。あの独特の演出は他の作品でやっても『ガンダム』のオマージュになってしまうからこそ、この『ククルス・ドアンの島』でやりたかったことです。今の映像表現でやったらどうなるか、あの映像表現を見て「あ、これは『ガンダム』だな」と思ってくださる人がどれだけいらっしゃるかわかりませんが、私としてはあれこそが「『ガンダム』でやりたかった映像」ですね。
――サザンクロス隊のパイロットに対するアムロの取った行動に衝撃を感じましたが、あれはどういう意図で描かれたのでしょうか?
イム 私もショックでした。あれは安彦さんの絵コンテに描かれていたことなのですが、私も周囲のスタッフも皆ショックを受けていました。従来のアムロがこういう決断をするのかなという気持ちと、ファンの皆様はこれを見て大丈夫なのだろうか、受け入れられるのだろうかという心配ですよね。安彦さんとも何度も相談はさせていただきましたが、ここでの最善の選択はこういうことだというお話をいただきました。そこで、演出としてはアムロの内面の葛藤を描くしかないので、表情や間の使い方については極力気を使って演出したのですが、あとはお客様の受け取り方におまかせするしかないですよね。絵コンテにあった尺をかなりオーバーして、苦悶の表情の芝居や間を持たせるように演出しているんです。アムロがあれをやるという違和感については、あそこでパイロットを見逃したら戦場が広がってしまうとか、あの場にいたマルコスが逆にやられてしまう心配があったという理屈で説明はできますが、古くからのファンであればあるほど衝撃的なシーンであるとは思います。絵コンテ通りではありますが、私としてもできるだけ観客の皆様に納得していただけるように苦心したシーンではありますね。
- イムガヒ
- イムガヒ(林 嘉姫) 1988年生まれ。韓国出身。来日後、サンライズ(現:バンダイナムコフィルムワークス)に入社、撮影部門へと配属されるも演出を志望して異動。『アイカツ!』の制作進行を経て『ガンダムビルドダイバーズ』などの演出を担当。『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』では副監督として抜擢された。