並んだときの威圧感が「龍賀一族」の特徴!?
――龍賀一族についてですが、まず長男・時麿のインパクトがすごいですよね。白粉(おしろい)を塗った平安貴族のような出で立ちはどのように生まれましたか?
谷田部 時麿はシナリオ段階ではごく普通の中年男性で、水木ともしっかりとした会話ができる人だったんです。でも、古賀監督が絵コンテに落とし込む際に「インパクトが欲しい」となったそうで、結果、ああいうビジュアルになりました。
――龍賀一族は「金田一耕助」シリーズの『犬神家の一族』にインスパイアされているところも大きいですよね。
谷田部 そうですね。犬神家の面々って、劇中でそれぞれ非業の死を遂げるじゃないですか。龍賀一族も、どんな展開をしたらホラー映画として怖いか、という部分にフォーカスを当てていて、シナリオ打ちではいろいろと話し合われていました。
――龍賀一族で、他に印象深いキャラクターはいますか?
谷田部 時麿を除くと、そこまでビジュアル的にぶっ飛んだキャラクターはいないのですが、それでも彼らが揃って並ぶと「龍賀一族」という雰囲気がすごく出ていて、それには自分でも驚きました。集合したときの絵面の強さをそこまで意識してデザインしていたわけではなかったんですけど、集まると独特の威圧感があって「やっぱり一族なんだなあ」って(笑)。自分の描いたデザインがどうという感想より、このデザインを私から引き出してくださった古賀監督の発注が的確ですごいなと思っています。
表情、動作、美術にまで及んだリテイク作業
――ここからは「真生版」について聞かせてください。327カットのリテイクを行ったということですが、主にどんな修正をしたのでしょうか?
谷田部 「PG12」から「R15+」への表現変更以外は、ひたすらキャラクターのビジュアルや芝居をより良くするための修正ですね。「PG12版」の制作で私は総作画監督としてカットをチェックしているんですけど、物理的に全カットに総作監修正を入れるのは難しかったんです。アニメの制作は分業制なので、ままあることなのですが……。今回のリテイクでは、そういうカットを中心に手を入れています。当時私自身がチェックしたシーンであっても、「時間があれば、本当はもうちょっとこうしたかったな」という部分もあったので、それらも含めて総作監修正を入れさせていただきました。いわゆる、よくあるパッケージ版リテイクです。
――総作監修正は表情や芝居のブラッシュアップがメインだと思いますが、目に見えて変わったシーンもあるのでしょうか?
谷田部 どのカットもそうですが、元絵と並べて見比べれば違いはわかるとは思いますけど、流れで見るとおそらく気づかないんじゃないかと思いますし、それはそれでいいと考えています。そのうえでリテイクした例を出すと、ひとつは冒頭の、水木が働いている帝国血液銀行のシーンです。当時の昭和の雰囲気、映画の世界観をより伝えるために、背景美術もセルも再度作り込ませていただいていますね。たくさんの社員が動いているカットは22層ものセルが重なって作られていて、それらのセルがそれぞれに動いているという、とても労力がかかっているカットなんです。あまりに枚数が多すぎたのと、やや引きのカットということで去年は総作監の対象カットになっていなかったのですが、今回ブラッシュアップの時間をいただけたので総作監修正を入れています。あとは、鬼太郎の父が牢屋に入っていて、その前で水木がタバコを吸う一連のシーンです。灰皿を取り、タバコに火をつけ、マッチを消して灰皿にポイっと投げ入れるカットは、水木の動きをより生活感、リアリティが出るよう修正しているので、気づく人は気づくかもしれないなと思います。挙げだすとキリがないですが、こういう感じでいろいろなカットに手を入れています。
――なるほど。ブラッシュアップとはいえ、完全に芝居の付け直しをしているシーンもあるんですね。
谷田部 そうですね。それにキャラクターだけではなくて、美術をリテイクしているところもありますし、まれにですが画角そのものを変えているカットもあるんです。なので、キャラクターがアップデートされていたり、動作が変化していたり、背景が変わっていたり、さらにそれらが組み合わさっていたりと、大小さまざまなかたちでリテイクを施していることになります。新規カットが追加されているわけではないとはいえ、作業量的にはかなりの物量に及びました。
――リテイク作業にはどのくらい時間をかけましたか?
谷田部 他の仕事とも並行して進めていたので一概には言えないのですが、数カ月はリテイクしていたと思います。
――なるほど。そういう細かいブラッシュアップの積み重ねが、「真生版」の没入感につながっているんですね。
谷田部 ありがとうございます。試写でも「没入感が増した」と言っていただけることが多くて、すごくうれしいです。そもそもこれだけ大規模なブラッシュアップが行えたのも、それだけたくさんのお客さんが支持してくださったからですので、それは本当にありがたいことだと思います。こういうバージョンの劇場公開というのはレアなことだと思うので、ぜひ何度もご覧になって楽しんでいただけたらと思います。
――ちなみに、とくに描いていて楽しいと感じるキャラクターは誰でしたか?
谷田部 思い入れはどのキャラにもありますが、描いていて楽しかったのは「ねずみ」ですかね(笑)。シリアスな展開が続くなかで、ほどよく息抜きができる貴重なシーンが多いですから、この映画の「一服の清涼剤」と言われていました。あとはやっぱり鬼太郎とねこ娘、目玉おやじを、デザインは違いますけど、第6期ぶりに動く姿を描けたのは幸せでした。ファンとしては、鬼太郎ファミリーが描けるのってうれしいんです。ただ、描いた物量でいうと圧倒的に鬼太郎の父と水木なので、思い出深いのはやっぱりこのふたりではあるんですけどね。制作中、ずっと一緒に走ってきた仲間という感じがしています。
- 谷田部透湖
- やたべとうこ 栃木県出身。アニメーター、演出家、キャラクターデザイナー。主な参加作に『龍の歯医者』(絵コンテ・演出)、『チェンソーマン』(第2話絵コンテ・演出)、『モブサイコ100 III』(第9話絵コンテ)、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(副監督)などがある。