TOPICS 2024.07.26 │ 18:00

『劇場版モノノ怪 唐傘』
監督・中村健治が込めた想い①

2007年にオンエアされたTVアニメ『モノノ怪』が、新たなかたちで帰ってくる。独特のビジュアルスタイルと日本の怪異譚をもとにしたユニークな物語で、熱狂的なファンを生んだ『モノノ怪』。その新作『劇場版モノノ怪 唐傘(以下、唐傘)』が公開間近の今、TVシリーズから引き続き監督を務める中村健治に、この新作にかける想いを聞いた。

取材・文/宮 昌太朗

TVシリーズのときに比べてアニメの作り方が大きく変わった

――17年ぶりの新作となった『モノノ怪』ですが、そもそも続編を作ろうという話はどこから始まったのでしょうか?
中村 今回、推進役になったのは、ツインエンジン(『唐傘』の製作会社)の社長兼プロデューサーの山本幸治氏です。もともと山本さんとはまったく別の作品を作ろうとしていたんですけど、彼から「やっぱり『モノノ怪』でしょう」と言われて(笑)。とにかく彼が駆けずり回って、いろいろな条件を整えてくれました。タイトルは同じ『モノノ怪』ですが、制作現場も今回はツインエンジンのスタジオに変わっていますし、契約とか権利の整理にしてもそうですね。今でこそ、アニメーションの現場では法務部が立って細かくいろいろな状況を想定して契約を結ぶのですが、前作を制作していた2007年頃というのは、その辺がゆるかったんです。それこそ、契約書を交わしたことがないっていう人がまだまだたくさんいましたし(笑)。見ている人たちからすると「新作の制作なんて、ささっとできるでしょ?」と思うかもしれませんが、なかなかそうはいかない。僕は状況を聞いていただけですけど、大変そうでした。

――実際に制作が始まることになって、中村監督としてはどんな新作になるか、パッとコンセプトを思いついたのでしょうか?
中村 いや、まったく思いつきませんでした。なので、まずTVシリーズを見直したんですよ。そうしたら――当時はまったくそんなことは思わなかったのですが、とても面白い(笑)。ただ、それと同時に「これを今、そのままやったとして面白いんだろうか?」とも思ったんです。たぶん、見てくれる人は面白いと感じてくれそうな気はするけれど、それは錯覚なんじゃないかと僕は思ったんです。というのも、アニメーションの作り方自体が、当時と今では技術的にいろいろと変わっていて、とても高度化しているんですね。

――「高度化」ですか?
中村 先ほどの契約書の話じゃないですけど、シナリオ制作から映像を構築するまでのワークフロー、パイプラインにしても、昔はおっかなびっくりやっていたようなことが、今はどんどんしっかりしてきたんです。それこそ日本のアニメーションの現場は、予算規模は違うにせよ、思考方法が北米などの映像制作現場などに近くなってきているんです。昔はチームを大きくすると、中心から遠いセクションになればなるほど崩れていく……みたいな感じがあったんですけど、今は制作の中核とそこから遠いセクションが、作品によってはとても強くつながれる。要するに、現場のマネジメントの方法論が変わってきたわけです。そういった制作現場の変化が『モノノ怪』という作品の制作スタイルにうまくハマるのかな?という不安はありました。

――もう少し詳しく教えてください。
中村 『モノノ怪』ってある意味、インディーズ的な作り方だったんですよ。会議もあまりしないし、スタッフルームの中でさっと話しあってどんどん進めていく、みたいな作り方だった。一方、今は制作に関わっているスタッフの数も多いですし、ひとつずつちゃんとミーティングを組んで、段階を踏んで、同意を得たうえで進めていくのがスタンダードなんです。『モノノ怪』の制作スタイルが、なんとかうまくハマりそうだなと思えるまで、ちょっと時間がかかりましたね。

みんなが倍速で見るんだったら、最初から倍速っぽい作りに

――なるほど。中村監督としてはそういった変化のなかで、逆に『モノノ怪』のどこを変えないでおこうと思いましたか?
中村 言語化が難しいのですが、自分が見えているところで言うと絵コンテのノリ、みたいなところです。『モノノ怪』はわりと段取りをすっ飛ばすような映像の作りなんですね。あと作中時間の描き方も登場人物が5人いたら、全員が同じ部屋にいて同時に動き出す。しゃべっている人を順番に撮っていく……みたいな方法を採らないんです。ある人が話しているときに、カメラは別の人のリアクションを撮っていたりする。段取りよりリアルタイム制を優先するとか、イマジナリーラインとか上手下手(かみてしもて)とか、そういったものを一切無視したりするのが『モノノ怪』です。

――普通の映像のセオリーから外れた絵づくりという部分ですね。
中村 あと『モノノ怪』にはやっちゃいけないことがたくさんあります。画面でいえば、背景や人物を写真みたいにボカさないとか光りモノがない。通常のアニメの作り方では、車のライトが出てくるとピカーッと光らせるんですけど、そういうのは全部禁止。というのも、浮世絵には光っているところはないし、ピントがボケているところもないからなんです。絵でボカすのはいいけど、撮影でボカすのはNG。今の日本のアニメーションは撮影に頼る部分が大きいと思うんですけど、そういう撮影が得意とする部分をあえて封じる作り方なんですね。そこは大切にしたいなと思っていました。

――たしかに、映画が始まってすぐに「これは普段見ているアニメとは違うな」という印象を受けます。
中村 あと、これは大切にしているというのとはちょっと違うのですが、できるだけ見ている人の集中力を切らさないような構成にしたいと思っていました。それこそ、よそ見をしているとわからなくなる(笑)。ちょっと前に映画を倍速で見る人のことが話題になっていましたけど、みんなが倍速で見るんだったら、最初から倍速っぽい作りにしておこう、みたいな(笑)。TVシリーズのときには予算の問題があってカット数が限られていたのですが、今回はカット数も増えたうえに、ひとつのカットがとても短い。カットあたり平均で2秒ちょっとになっているのですが、あえてそういう設計にしています。狭い間隔で緩急をつけつつ、基本的にはガーッと一気呵成(いっきかせい)に進んでいく。そこは大事にしています。endmark

中村健治
なかむらけんじ 1970年生まれ。岐阜県出身。2006年に放送された『怪~ayakashi~』内の一篇「化猫」が大きな反響を呼び、その後は人気演出家のひとりに。これまでの監督作に『モノノ怪』『空中ブランコ』『C』『つり球』『ガッチャマン クラウズ』などがある。
作品概要

『劇場版モノノ怪 唐傘』
2024年7月年7月26日(金)全国公開!

  • ©ツインエンジン