TOPICS 2022.06.03 │ 12:00

原作者・古川日出男が語る
劇場アニメーション『犬王』の魅力②

人々を熱狂させた能楽師・犬王とその友人で琵琶法師の友魚(ともな)。ふたりのポップスターを通して、表現することの意味を描き出す、唯一無二の “能楽”ミュージカル・アニメーション『犬王』。原作小説を手がけた作家・古川日出男へのインタビュー後編では、足利義満と世阿弥の魅力、そして映画ならではの見どころについて聞いた。

取材・文/髙野麻衣

足利義満は平清盛的なヤバイやつ

――犬王と友魚に加えてもうひとり気になったのが将軍・足利義満です。
古川 足利義満っていうのは日本史においては、平清盛的な存在だと思うんですよ。それまでの日本の政治のやり方をちょっと変えちゃいたいと思っている。そして、海外を意識している。清盛の頃の中国は宋で、彼は宋と貿易をすることで自らの富と地盤を作っていました。義満もまた明と交流して、明の王から「お前は日本の国王だ」と認められることによってトップになろうとしていた。海外を意識して初めて「え、ウチってこんな国?」と気づくことってあるじゃないですか。そういう視点を持っていたのが、清盛と義満だったと思うんです。あと、清盛は実際に自分の孫を天皇にしたわけですけど、義満は自分の息子を天皇にしようとしていたような痕跡がある。日本の権力構造って、ちょっと間接的じゃないですか。たとえば、『平家物語』だと、高倉天皇はいるけれども、実権は院政を敷いている後白河上皇が握っていますよね。ところが、足利義満は南北朝を統一して、室町幕府を盤石にしたら「じゃあ、天皇も息子にしちゃって権力をひとつにまとめようかな」とか考えてしまうヤバいやつなんですよ。好きか嫌いかというとちょっと好きかもしれない。「建前ではあっちがエライけど、本当に権力を持っているのは俺ね」とか言う人ってイヤじゃないですか。義満はそうじゃないから、非常に面白いです(笑)。

――かなりヤバくて面白いですね(笑)。古川さんが『犬王の巻』のラストにBauhaus(バウハウス)の「DARK ENTRIES」をイメージしていたという話も好きなのですが、湯浅監督の映画として生まれ変わった『犬王』でお気に入りのシーンはありますか?
古川 あの映画って、ある程度原作に忠実なパートと、もう原作のことなんかどうでもよくなってくるパートがあると思うんですけど(笑)、その分岐点は犬王と友魚(ともな)が出会うシーンだと思っています。ふたりが出会って、犬王が「お前は琵琶が弾けるのか?」って聞いたら、友魚が「弾けるよ」って言って、琵琶を弾いたあの瞬間。弾いて、踊り出して、両眼が見えない人間と仮面を外さない人間が、その歌と踊りだけで一瞬にしてわかり合えちゃう。あのシーンって小説じゃ書けないですよね。ダーッて音が回っていく。本当に「DARK ENTRIES」の曲調でした。

今朝も頭の中でアヴちゃんが歌っていた

――たしかに、映画でなければできない表現でしたよね。現代と過去を往来する演出からは、「エンタメと権力」という普遍的な問題提起も感じました。
古川 『犬王』の時代、これまでにない新しい芸能だった能楽は、今でいうサブカルだったと思うんですよ。「600年経つと、能は日本を代表する文化になっているよ」って言ったら、みんな「ぷっ」て笑ったと思う。たとえば、2024年のオリンピック・パリ大会ではブレイクダンスが競技になりますが、1980年代にヒップホップ文化に連なるものとしてブレイクダンスが生まれたとき「40年後のオリンピックでやるよ」って言っても、地球上でひとりも信じなかったでしょう。それと同じです。そして、権力はいつもサブカルチャーに権威を与えて自分のものにすることで、自分をアイデンティファイしようとするんです。それが新しく生まれたエンタメで、潜在能力があればあるほど、権力に目をつけられたときにはもっともコントロールされるということを自覚しなければならないんです。

――なるほど。お話を聞いて、権力に翻弄された世阿弥という人物にも興味が湧いてきました。
古川 世阿弥は、たとえば、親が死んだり、権力者の寵愛がなくなったりするとすぐ衰退しちゃうって知っていた。「俺たちは貴族でもなんでもなくて、生まれが悪いから、何か残さないと消えちゃうんだ、どうしたらいいんだ」って考えて『風姿花伝(ふうしかでん)』を書いたんですよ。『風姿花伝』はだいたい7巻でできているんですけど、3巻までは1400年ぐらいに完成していて、これは金閣寺ができてから2年後ぐらいです。世阿弥はこれを書くことで、自分が作っている芸術とはこういうものなんだって残して、消えない存在になろうとした。彼を見ていると、自分が文章を書くことには意味があるかもしれないって勇気をもらえますね。

――はい。書くことによって名が、作品が残ったのですね。
古川 そうです。能が能になったのは、世阿弥が文章にしたから、本にしたからなんです。

――古川さんの言葉にはいつも、表現する人への深い信頼を感じます。最後に、映画『犬王』を通して、皆さんに伝えたいことはありますか?
古川 たぶん『犬王』を見終わると、アヴちゃんや森山(未來)さんが歌っているメロディや大友(良英)さんの音楽が、ずっと頭に残り続けると思うんです。映画館から出て、それを家で口ずさんだり、夜中に夢でハッと……じつは、今朝も目覚めたときに頭の中でアヴちゃんが歌っていたんですけど(笑)、ああこれは『鯨』の歌だと気づいたりしたときに、あなたは600年前まで旅して、現代に何か、草薙の剣を拾うみたいに持って帰ってきたんだって思えばいいんじゃないかな。この映画を見ることで、ひとりひとりのオーディエンスが600年分の旅をしているはずだと。それを伝えたいですね。endmark

古川日出男
ふるかわひでお 小説家。1966年福島県生まれ。1998年、長篇小説『13』でデビュー。代表作に『LOVE』『女たち三百人の裏切りの書』『ベルカ、吠えないのか?』など。2016年刊行の池澤夏樹=個人編集「日本文学全集」第9巻『平家物語』の現代語全訳を手がけた。TVアニメ『平家物語』に続き、『平家物語 犬王の巻』を映画化した『犬王』も公開された。
作品情報

『犬王』
絶賛公開中
配給/アニプレックス、アスミック・エース

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