TOPICS 2023.05.19 │ 12:00

塩谷直義監督に聞いた『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』の制作秘話②

シリーズ10周年を迎えた人気SFアニメ「PSYCHO-PASS サイコパス」シリーズ。その最新作である『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』の公開を記念し、監督の塩谷直義氏を迎えてのインタビューを前後編でお届け。公開後の今だからこそ話せる制作裏話を、ネタバレ有りでたっぷりと語ってもらいました。

取材・文/岡本大介

※本記事には物語の核心に触れる部分がございますので、ご注意ください。

「正義」について朱が出す答えを丁寧に描きたかった

――物語の構成としては「忠臣蔵」がやりたかったとのことでしたが、それと同時にTVアニメ3期までの伏線も綺麗に回収しています。
塩谷 伏線の回収については必然なので、映画としてそこに重きを置いているわけではないのですが、すでに先の展開がわかっている状態でのドラマ作りには苦労しました。なによりも「各々の立場の正義をどう描くか?」というところをいちばん大事に描くことに注力しました。「PSYCHO-PASS サイコパス」という作品は、シリーズを通じて「正義」というワードが頻繁に登場しますが、正義って立場によって違ってくるものですよね。お互いの正義がぶつかることでまわりにどんな影響を与えていくのか。とくに今回は常守朱にスポットを当てて、彼女がこれまでの経験を踏まえて劇中ではどんな影響を受けて、どんな答えを出すのかというところは丁寧に、注意深く描こうと意識しました。

――それで言えば、狡噛慎也や雑賀譲二、シビュラシステムなど、朱は多くの人物から影響を受けていきますね。
塩谷 そうですね。だから各シーンにおいて「どうやって朱とこの人物を関わらせるか?」という段取りは難しかったです。狡噛や雑賀と交わす言葉では朱の心の想いを感じ取れ、慎導篤志との出会いでは彼女の望む未来をより考えるようになる。そして砺波と対峙したとき、彼女の言葉で戦う。その言葉にはこれまで出会ってきた人の思いが重なり、彼女を支える力になっていくかたちでしたね。

塩谷 また、アクション関連の流れでも難題がありました、とくに序盤の出島での一連のバトルは、狡噛たち強者が揃った状態で事件が起こるので、下手なシチュエーションに落とすと敵を圧倒してしまう恐れがあったんです。

――彼らが一丸となれば、そうですね。
塩谷 そうしないためには彼らがいる場所を分断させる必要があると考えたんですが、それには合理的な理由づけが必要になります。そこで、まずはビル全体の階層マップを作り、敵の作戦内容や待ち構える行動課の位置関係、雑賀の退避ルートなど、キャラクターたちの動きを細かく追いながらシナリオを組み立てていきました。実際には絵コンテや演出の段階でさらに修正を加えていて、このあたりの展開は、過去シリーズでもいちばん入り組んでいて複雑だと思います。

――『PSYCHO-PASS サイコパス 3 FIRST INSPECTOR』も公安局ビル内での事件を描いていますよね。
塩谷 そうなんです。まさにそのときの経験があったからこそやれたことかなと思います。

あえてセリフを削ったからこそ自然と気持ちが湧いてくる

――個人的に思い入れのあるシーンやセリフはどこですか?
塩谷 印象的なシーンやセリフはたくさんあるんですけど、あえて選ぶのであればふたつあります。ひとつ目は朱と狡噛がエレベーターでふたりきりで話すシーンです。

――本作の序盤、出島で一連の事件が起こったあとですね。
塩谷 そうです。出島での事件に責任を感じて泣く朱に対して、狡噛は「怒りは正しい判断を狂わせる。常に冷静でいる必要はないが、今は違う」と諭して、さらに「この件が片付いたら、好きなだけ泣けばいい」と朱の肩を叩くんですね。これは狡噛にしか言えないセリフですし、劇中を通じて唯一このシーンだけが、TVアニメ1期の頃の先輩と後輩のような関係性に戻っているんです。ここまでに至るふたりの関係性を知っているからこそ、余計に感慨深いなと感じます。

――朱にとって狡噛は、もともとメンター的な存在でしたからね。
塩谷 そう。ふたりきりの空間だからこそ出る雰囲気なので、ここは絶対に美しく描きたいと思いましたね。

――もうひとつはどこですか?
塩谷 慎導篤志(しんどうあつし)の最期のシーンです。これは先ほどとは逆で、むしろセリフを削ったことでグンと良くなったなと感じていて、それが印象深いです。もともとこのシーンは、車中で家族写真に触れながら「灼は立派になったぞ」的なことをセリフとして言わせていたんです。でも、ダビング作業をしているときに、これは明らかにお客さんに向けて言っているセリフで、心の声を口に出した説明的なものだなと思ったんですよ。誰もいない車中で、映像と今までの流れで十分に伝わると思いました。そこでセリフを切り、彼の最期の心情を見ている人に委ねることにしたんです。

――たしかにあのシーンはセリフがないことで、いろいろと想像して悲しくなりました。
塩谷 ですよね。僕もすごくしっくりきて、自然と悲しみの気持ちが湧いてきたんです。無音にしたことで人間性がより豊かになったなと感じて、とても印象深いシーンになりました。

10年の歳月を経て、ようやく着地させることができた

――今回の劇場版でシリーズはひと区切りを迎えたと思います。現在の心境を教えてください。
塩谷 ひとつの大きな山を越えたなという感覚です。狡噛と朱から始まった物語が、10年の歳月を経て、成長し変化した彼らの生き方を描き、ひとつの決着点を見せることができて安堵しています。

――この10年で社会情勢も大きく変化しました。シリーズを制作していくうえで心境の変化はありましたか?
塩谷 1作目を作っていたときは今振り返るとのほほんとしていましたね。なんだかんだいってもフィクションですし、だからこそハードなストーリーを作れていた気がします。でも、この10年を通じて、どんどん生きにくい世界になっているなと感じることが増えましたし、想像していたより急速に良くない未来へと向かっている感覚が強くなってきました。もちろん、それが「PSYCHO-PASS サイコパス」の世界に直結するとは考えていませんが、それでも部分的にはすでにフィクションではなくなっている気もしていて、恐怖すらおぼえるときがあります。

――AIが身近になったがゆえのプレッシャーですね。
塩谷 飛躍したフィクションであり続けてくれたほうが気楽だったんですが、そうも言っていられない世界になってきたなと思います。

本当に必要なのは相手と向き合い、違いを受け入れること

――SF作品として、いろいろと考えさせられる内容でした。
塩谷 この映画にはシンプルな、いわゆるわかりやすい悪役はほとんど登場していません。冒頭でもお話ししたように、それぞれの正義や信念に従っている人ばかりで、それが譲れないがために軋轢を生み、ぶつかっている状態なんですよね。でも、これは決して作品の中だけの話ではなくて、僕たちの現実世界でも同じです。

――たしかに。私たちはついつい自分と異なる考えの人を「悪者」だと認定しがちです。
塩谷 でも、本当に必要なのは、相手とちゃんと向き合ったうえで「意見が違うだけなんだ」と受け入れること。適当に妥協するということでも、無視したりすることでもなく、相手に向き合い続ける姿勢がとても大切なことだと思っています。この映画を通じて、少しでもそう思えるきっかけになってくれたらうれしいし、僕自身も日常生活の中で気をつけたいなと思うようになりました。

――では最後に、映画を見たファンへ向けてメッセージをお願いします。
塩谷 シリーズを追ってくれているファンの方であれば、過去シリーズとのリンクなど、楽しさをマックスで享受していただける作りになっていると思います。一方で、今回の映画で初めて「PSYCHO-PASS サイコパス」を初体験した人には、これを機に他のシリーズを見ていただけると「なるほど。こういうことなのね」とつながっていく世界を楽しんでいただけると思います。ぜひ何度でも味わってください。endmark

塩谷直義
しおたになおよし 山口県出身。2007年、OVA『東京マーブルチョコレート』で初監督を務める。『劇場版 BLOOD-C The Last Dark』の監督を経て、2012年からスタートした「PSYCHO-PASS サイコパス」シリーズでは全作品で監督を務めている。
作品概要

『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』
2023年5月12日(金)より全国公開中

  • ©サイコパス製作委員会