星飛雄馬の演技
――『巨人の星』の主役に抜擢されて、当時はどういう思いでしたか?
古谷 僕は原作のマンガが大好きで、連載誌だった『週刊少年マガジン』も毎週欠かさず読んでいて、飛雄馬と同じように涙を流して感動していました。オーディションは受けたものの、まさか自分が演じることになるとは思いもしなかったから、当時は感激したと同時にものすごいプレッシャーを感じたのをおぼえています。制作陣としても実際の中学生に演じさせるというのは冒険的な判断だっただろうと思います。僕の声優デビュー作品は『海賊王子』(1966年)ですが、それはいわゆる子供向けのアニメだったし、人間ドラマという感じではなかった。一方の『巨人の星』は星飛雄馬の成長と人生を描くものでしたから、収録では毎回必死でした。音響(録音)監督の山崎あきらさんが人物の芝居や感情表現をとても大事にする方で、本当に助けていただきました。僕がアフレコにある程度慣れていると言っても、本格的な声の演技をするのは初めてでしたから1回収録をするたびに、その演技について話し合いをするというやり方で演技指導をしてくださったんです。でも、収録時には他の声優さんもいらっしゃるので、本当に緊張したし、先輩方に迷惑をかけているという意識もあって恐縮していました。でも、皆さん理解のある方ばかりで、そんな僕を責める人はひとりもいませんでした。山崎さんは僕だけでなく、先輩の声優さんの感情表現や演技についても追求していく人でしたから、それこそ星一徹役の加藤精三さんにも同じようにダメ出しをしていました。
――あの星一徹にダメ出し……。
古谷 信頼関係がきちんと構築されていたからこそ、なんです(笑)。僕だけでなく加藤精三さんをはじめとする出演者の皆さんが、音響監督の山崎さんにぶつかっていくように演技をする現場でした。当時も今も、アニメ作品における音響監督の影響力は大きくて、声優の演技から劇伴、効果音になど音に関することはすべて音響監督が責任を持つことになります。『巨人の星』の頃のアニメの作画は現在ほど正確に描かれていなくて、ブレス(息継ぎ)やセリフの尺との整合性が取れていないことも多かった。映像として感情表現や表情などは描かれていても、音声の芝居とズレが生じてしまう。それを山崎さんは「声の芝居がしっかりしてさえいれば、視聴者は気にならない」とおっしゃっていたんです。それはある意味では正しくて、当時はそういう部分を指摘されたことはありませんでした。こうした音響監督とのやり取りが重要というのは今でも変わらないですが、じつは東映アニメーションの作品だけは少し違っています。たとえば、『聖闘士星矢』では、音響監督の仕事は映像の演出家が担当していました。つまり、各話の演出の方が、その話数は音声を含めてすべてを監督するということですね。それに各話で脚本家も異なることがあるので、ときにはキャラクターの描写にブレが生じてしまうこともあります。セリフの語尾が少し違うとか、言い回しがキャラに合っていないとか、そういう状況が発生したときは、僕のほうから「セリフを修正したい」と相談することもありました。
- 音響監督の役割は、音に関するすべてのコントロールにある。声優の演技、BGMや効果音の発注や映像のどのタイミングで使うかの判断などが含まれ、映像全体をコントロールする監督との意思疎通はもちろん、声を演じる役者への演技指導も重要な役割のひとつとなる。そのためか、ベテランの声優は音響監督へとキャリアを変更する場合もあり、千葉繁氏や郷田ほづみ氏などは声優業と兼業している。
――星飛雄馬は劇中で成長していき、古谷さんの実年齢を超えることになります。先ほどの「子役は実年齢を超える演技は難しい」というお話にもつながると思いますが、どうやって乗り越えたのでしょうか。
古谷 幸いにも僕の声変わりは中学2年生くらいで終わっていたし、声を出す仕事をしていたせいか、喉が痛んだり声が枯れたりすることもなかったので、『巨人の星』では影響はありませんでした。飛雄馬を演じる上でもっとも難しかったのは、ヒロインとなる日高美奈とのシーンです。飛雄馬と恋人同士になるのですが、大人の恋愛というものを知らなかったため、感情表現には苦労しました。感情表現や気持ちを言葉に乗せて演技をすることについては、やはり音響監督の山崎さんに多くを教わりました。演技指導というか、技術的な部分のアドバイスに近いもので、要するに耳元で実演してくれるんです。まず自分で解釈した芝居をしますよね、それを聞いて山崎さんと話し合いをする。このシーンはこういう気持ちでやると言うと、ではこういう風にしゃべるのはどうかと実演してくれる。僕はそれを耳で聞いてコピーして演じていたんです。具体的に言うと「父ちゃん」というセリフは、末尾の「ん」を高くすると子供っぽくなる。逆に「ん」の発声を低くすると大人っぽくなる。これは演出というよりも技術面での指導で、こうした経験を中学生から高校生の間に勉強できたことは、僕の声優人生の中でも本当に貴重な時間だったと思います。
- この「父ちゃん」の芝居については、文字ベースの記事であることが恨めしく思える。実際に自分で発声してみるとわかるが、この「ん」の部分を高音にするか低音にするかの違いだけで言葉から受ける印象は大きく変化する。
- 古谷 徹
- ふるやとおる 7月31日、神奈川県生まれ。幼少期から子役として芸能活動に参加し、中学生時代に『巨人の星』の主人公、星飛雄馬の声を演じたことから声優への道を歩み始める。1979年放送開始された『機動戦士ガンダム』の主人公アムロ・レイをはじめ、『ワンピース』『聖闘士星矢』『美少女戦士セーラームーン』『ドラゴンボール』『名探偵コナン』など大ヒット作品に出演。ヒーローキャラクターを演じる代名詞的な声優として現在も活動中。