『ガンダム』のリアルはどこから生まれたのか
富野 ある小説家の方に次のように言われたことがあります。「『機動戦士ガンダム』の第1話で初めて、絵のキャラクターではない、人格が動いている作品を見ました」。それが小説家になったきっかけだそうですが、僕は確信的に作ったつもりはないんです。15歳の少年が必要に迫られたからといって大型ダンプみたいなロボットを操縦できるわけはないんですが、おもちゃ屋さんはそうさせたがったし、アニメだから僕は乗せてもいいと思いました。ただ、そこにワンクッション置いたんです。当時はコンピューターという言葉が使われ始めた時代で、飛行機が好きな人なら自動操縦という仕組みが存在することは知っていた。なので、技術者の父親がいて日常的にコンピューターをいじる環境があり、その機械が動く基礎原理を理解できているなら動かせるかもしれない。つまり、おもちゃ屋さんが動かせと言ったから動かす、ではないんです。ロボットを動かすために今言ったようなことを考慮したうえで、アムロをガンダムに乗せた。次に何を考えたかというと、それまでの巨大ロボットものというのは、カットが変わるともうパイロットが操縦席に座っているんですよ。それをよじ登って行って、操縦席に乗り込むような表現をきちんと作画するには膨大な手間がかかるからできない。今まさに思い出したんだけど、そこで何をやったかというと、被っている幌を剥がしたというそれだけなんです。
機動戦士ガンダム ©創通・サンライズ
細田 うあああ! スゴイです!!
富野 その瞬間、僕は自分で天才だと思ったよ(笑)。
細田 いや、これはものすごく重要な話ですよ。それまでにない表現を最初に作ろうとしたときに富野監督がどういうプロセスを経てあのシーンを考えたのか、コクピットに乗り込むということを表現するためにどんな材料を使ったのか。まさに背筋がゾゾゾっとするような言葉ですよ、これは。
富野 皆さんはガンダムの腹に幌がかかっている絵は知っているでしょうけど、あの絵ができるまでは、巨大ロボットに幌をかけて雨よけにしていたという描写をした人は誰もいなかったんです。
細田 そう! その通りです!
富野 それまでとは違う手段で「巨大ロボットに乗り込む段取り」を付けてやらないと乗ったことにはならないけれど、あの絵ができた瞬間に、あとはもうおもちゃ屋さんが言うように動かせばいいだけだということになる。噓八百のリアリズムとはこういうことです。
細田 素晴らしいです。『機動戦士ガンダム』がなぜ素晴らしいのかが、今のお話に端的に表れていると思います。こういうことは誰もやっていない初めての表現なんですよ。本当にスゴイです。それをあれから40年後にご本人から直接聞けるこの幸せ!
富野 僕も幸せなの(笑)。それは年齢のことです。この話は40年間、本当にどこにもしていなかった。今、思い出せたことは本当にヨシユキちゃん偉いと思いましたもん(笑)。これはね、評論家でも気づいた人は誰もいないの。
細田 これは40年分の歴史の貴重な証言ですよ。
富野 おもちゃ用の巨大ロボットに幌をかけるということを思いつけたことによって、リアルを表現することができた。リアルさというのはロボットの表面に汚しを入れたり、作画枚数をかけてゆったり動かしてみせるというようなことでは表現できないんです。
細田 いやあ、本当にゾクゾクしました。作画枚数を使って動きのクオリティがどうとか、そういうことじゃない。重要なのはアイデアなんですよね!(つづく)
- 富野由悠季
- とみのよしゆき 1941年生まれ。神奈川県出身。アニメーション監督、演出家。原作となる小説あるいは脚本を執筆することもある。主題歌などの作詞を手がけることもあり、多方面での活躍が知られる。代表作に『機動戦士ガンダム』や『伝説巨神イデオン』などがある。現在は劇場版『Gのレコンギスタ』(全5部作)の制作に携わっており、シリーズ第3作目となる劇場版『Gのレコンギスタ Ⅲ』「宇宙からの遺産」が2021年7月22日に公開。
- 細田 守
- ほそだまもる 1967年生まれ。富山県出身。アニメーション監督、演出家。東映アニメーションを経て、自身のアニメーション映画制作会社スタジオ地図を設立。代表作に『時をかける少女』『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』『未来のミライ』などがある。自身が原作・監督・脚本を手がけた最新作『竜とそばかすの姫』が2021年7月16日に公開され、話題をさらっている。
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『富野由悠季の世界 』展の魅力に迫り、富野由悠季が膨大な作品群に忍ばせた独自の技法、ものづくりの姿勢を浮かび上がらせることを試みたドキュメンタリーコンテンツ。展覧会の企画者である学芸員や、富野作品に携わってきたクリエイターにインタビューを実施し、著名クリエイターによる証言を交えたドキュメンタリー映像を収録。
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