TOPICS 2023.12.17 │ 12:00

自分と違う存在に対する思いやりと寛容さ
監督が映画『窓ぎわのトットちゃん』に込めた思い③

黒柳徹子の自伝的小説をアニメーションで描いた映画『窓ぎわのトットちゃん』。監督・脚本を努めた八鍬新之介(やくわしんのしけ)に、作品に込めた思いやこだわりを尋ねてきたインタビュー連載の最終回は、劇中で異彩を放つ4つのシーンに注目しつつ、作品が公開された現在の心境を語ってもらった。

取材・文/岡本大介

※本記事には物語の核心に触れる部分がございますので、ご注意ください。

トットちゃんと泰明ちゃんをつなげる空想シーン

――劇中には、序盤、中盤、終盤のそれぞれに印象的な3つの空想シーンが配置されています。これらはどうやって生み出されたのでしょうか?
八鍬 日常シーンが続く作品ですから、どこかでお客さんの心が解放されるような非日常なシーンが欲しいなとは思っていたんです。序盤の「電車シーン」は、トットちゃんがトモエ学園に転校してきて、初めて廃車を利用した電車の教室に入って夢想するシーンですが、原作でも「まるで電車が走り出した感覚をおぼえた」というような下りがあって、そこから膨らませたパートです。このパートを手がけたのは神戸佑太くんというシンエイ動画の若手アニメーターで、とにかく若いエネルギーが爆発したシーンになっています。ここは『かぐや姫の物語』でやっていたようなすごく手間暇のかかる手法で作られていて、塗り分けのためのラインを作ったり、色を塗ったあとに一枚ずつレタッチしたりなど、とにかく手が込んでいるんです。神戸くんを中心に、10人くらいの若手アニメーターが前のめりになって完成させたシーンで、素晴らしいなと思います。

――その次は、中盤にみんなでプールに入ったときの「水中シーン」です。
八鍬 ここは言葉での説明では追いつかないシーンなんです。泰明(やすあき)ちゃんが自分の「身体障がい」というコンプレックスの殻を破る瞬間なんですが、僕の描いた絵コンテでは、泰明ちゃんだけではなくクラスのみんなを平等に描いていたんです。それを泰明ちゃん中心のシーンにしてくれたのが、このパートを担当してくださった加藤久仁生(かとうくにお)さんです。ダメもとでオファーしたら「やってみたい」と言っていただけて、上がってきたものを見ると泰明ちゃんがクローズアップされていました。結果的にその改変は大正解で、前半のトットちゃんの「電車シーン」と対をなすかたちで描かれたことで、そのあとの木登りシーンでひとつになるまでの流れが綺麗につながりました。加藤さんにはとても感謝しています。

――劇中でももっともアーティスティックなパートだと感じました。
八鍬 そうですよね。これは加藤さんご本人に確認をとったわけではないですが、原作の装丁を描いたいわさきちひろさんへのリスペクトがあるように感じました。まさにいわさきさんの絵が動いている感覚があって、心を持っていかれましたね。このパートは、真夏のセミの鳴き声で現実世界にポンと戻ってくる流れも、個人的にはすごく好きです。

アニメーターを唸らせるダンスシーンの凄さ

――最後の「悪夢パート」はいかがですか?
八鍬 切り絵アニメーターの河原雪花さんが担当してくれたシーンですね。唯一無二の表現で、本当に素晴らしかったです。ここに関してはスタッフ内でも意見が分かれました。泰明ちゃんの死を暗示するような内容なので、わざわざ入れる必要があるのか、ということですね。ただ、僕としてはここで泰明ちゃんの根底にある精神性を描きたかったんです。原作を読んだときから、泰明ちゃんの愛読書が『アンクル・トムの小屋』であることがとても引っかかっていました。トムはアメリカにおいて奴隷であり、迫害されたり差別も受けていますよね。おそらく泰明ちゃんも障がいのことで差別を受けることもあったでしょうし、トムに共感していたと思うんです。さらに当時の日本は子供たちの自由が奪われつつあった時代ですから、なおさら泰明ちゃんをはじめとする子供たちは精神的に「奴隷」に近かったと思います。海外の方がご覧になった際、単なる日本の反戦映画という見え方ではなくて、当時の子供たちが置かれた状況を身近に感じ取っていただけたらうれしいなと思っています。

――海外からの見え方も想定していたんですね。それでいうと、終盤に描かれるトットちゃんと泰明ちゃんのクライマックスともいえる雨の中でのダンスシーンは、ミュージカル映画の『雨に唄えば』のようでした。
八鍬 それは完全に意識していました。これは原作にはないオリジナルシーンなんですけど、泰明ちゃんが「生」を謳歌している瞬間を作ってあげたかったというのがいちばんの理由です。もうひとつは、先ほど言ったように時代の「奴隷」になりつつある子供たちが、ただ流されるだけではなく、それでも何かしらの「自由」を求める表現をしていたことを知ってもらいたかったという気持ちもあるんです。

――このシーンはセリフも音楽もなく、ただ夢中でタップダンスをするふたりの動きだけで表現していて、まさに圧巻でした。
八鍬 ありがとうございます。このシーンは竹中真吾さんという超絶うまいアニメーターさんが担当しているのですが、これを見た他のアニメーターさんは、全員口を揃えて「ここ誰がやったの?」って聞いてきますね。僕から見てももちろん凄いことはわかるんですけど、アニメーター目線で見ると凄さが際立つらしくて、作画はもちろん、動きだけでキャラクターの心情がダイレクトに伝わってくる芝居がとにかく素晴らしいと。竹中さんは役者としても大変に素晴らしい才能の持ち主だと思います。

ほんの短い間だけでも優しい心になってもらえれば

――制作を振り返って、いちばんのチャレンジだったのはどんな部分ですか?
八鍬 活字からビジュアルを作るという作業が初めてだったことや、戦争や教育など、自分の身の丈にそぐわない重厚なテーマを扱ったことは、それ自体がチャレンジでした。その意味では全体的に背伸びをして作った気もしますが、そのうえでひとつキーワードを挙げるならば、「引き算」に尽きます。僕がずっとやってきた『ドラえもん』は、小さな子供たちにも楽しんでもらうためにある程度の説明が必要なんですけど、今回は説明を極力省いているんです。それは説明セリフだけではなくて、キャラクターの動きや美術、音楽に至るまで、すべてのパートで「引き算」をしています。逆にいえば、ケレン味を削っていったわけなので、これがお客さんにどう受け入れられるのかはまだわかりませんが、これもまた自分たちにとっての大きなチャレンジだったと思います。

――本当に幅広い世代が楽しめる作品だと思います。最後にメッセージをお願いします。
八鍬 本来であれば、作り手が受け手に「こう感じてください」というのはおかしな話なので、あまり言いたくはないんです。ただ、今まさに世界がどんどんと悪い方向へと進んでいる様子を目の当たりにしていると、口に出したほうがいいような気もしていて。この作品でもっとも大切にしているのは「自分と違う存在に対する思いやりと寛容さ」です。映画を見たあとの、ほんの短い間だけでも優しい心になってもらえれば、この映画を作った意味はあると信じています。それ以外のところについては見た方が自由に感じてもらえたらいいと思いますし、むしろ感想を教えていただきたいです。ぜひお願いします。endmark

八鍬新之介
やくわしんのすけ 北海道出身。アニメーション演出家、監督。TVアニメ『ドラえもん』の制作進行としてキャリアをスタートさせ、絵コンテや演出などを経て、2014年に『映画ドラえもん 新・のび太の大魔境 〜ペコと5人の探検隊〜』で長編映画の監督デビュー。他の監督作に『映画ドラえもん 新・のび太の日本誕生』『映画ドラえもん のび太の月面探査記』がある。
作品情報


映画『窓ぎわのトットちゃん』
全国東宝系にて絶賛上映中!

  • ©黒柳徹子/2023映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会