弓道のリアルな音を使用しつつも、キャラの感情に合わせた音作り
――続編の制作が決まったときの気持ちはいかがでしたか?
倉橋 驚くことはなく、わりと自然体でした。作業スタジオで第1期制作時以来、眠っていた弓道用具一式を久しぶりに使えるのはうれしかったですが、大変な作品なので準備をしっかりとやらなければ、と思いました。
――「音響効果」は音楽と人(キャラクター)の声以外のすべての音(SE=Sound Effect/効果音)を作るお仕事ですが、どのような段取りで作っているのでしょうか?
倉橋 第1期のときと同様、弓道の練習や大会などを取材させていただき、できる限りたくさんの実物の音を実際の道場で録音しました。音の作り方は、シーンごとに千差万別です。録音した原音を活かすかたちで音を磨き込んだり、強化した上で絵に合わせる場合もあれば、演出意図に沿って原音を加工して使ったり、あるいは作業スタジオで実際の道具を使って新しく音を作って録音し、絵に合わせるケースもあります。原音には現場の緊張感や射手の出す雰囲気が含まれているし、誇張しすぎた嘘の音は監督の意図に沿えず作品にあわないと考えまして、僕としてはできる限り実際の音を活かしたいという思いがありました。
©綾野ことこ・京都アニメーション/ツルネⅡ製作委員会
――『ツルネ』の弓道シーンがすごくリアルだなと毎回感動していますが、それはできるだけ実際の音を使っているからなんですね。
倉橋 そう感じていただけているならうれしいです。とはいえ、実際の現場でマイクで拾った音というのは、その場で人間の耳で聞いた音、感じた音とはまったく異なります。そのため、僕が現場録音で感じた感覚を効果音の言語で翻訳しているところもありますね。
――「翻訳」ですか?
倉橋 言葉にするのは難しいんですけど、弓道の現場にいると、ピンと空気が張り詰めて圧倒される感覚があるんです。とくに高段者の方はそれが顕著で、その場にいる全員が息をするのもためらわれるくらいの緊張感が漂っていて。そういう場の空気、身体で感じる音や気配のような存在感ってマイクだけでは拾いきれないものなので、僕の肌感覚に沿って「翻訳」というか、音を再構築しています。
©綾野ことこ・京都アニメーション/ツルネⅡ製作委員会
――なるほど。効果音の方向性については、監督やスタッフと話し合うことはあるんですか?
倉橋 『ツルネ』シリーズでは大まかな意向以外の細かい部分は僕の感覚や解釈におまかせいただいています。アフレコを経てキャストさんの声が入った映像を見ながら、都度考えながら音を作って『ツルネ』の音の世界を作っていく感じですね。
――「翻訳」という言葉も出ましたが、弓道シーンの音作りでいちばん大変なのはどんなところですか?
倉橋 幸いなことに、たくさん弓道の現場を取材させていただくことができたので、矢を放つシーンに関してはそこまで苦労はしていないです。苦労と言えば、最初に音作り用の弓道用具一式を揃えることが大変でした。弓具店に行けば買えるものかと思っていたんですけど、僕のような弓道経験もないような人間がふらっと現れたところで、矢の危険性や取り扱い方も知らないので危ないですよね。
©綾野ことこ・京都アニメーション/ツルネⅡ製作委員会
――たしかに扱い方によっては危険ですよね。
倉橋 そうなんです。しかも、普通なら自分の体格・筋力に合った弓や矢の長さを選ぶところで、僕はカーボン製とアルミ製と竹製など素材の違う矢はまずすべて買うつもりでして。それはもうめちゃめちゃな買い方ですから(笑)。怪しいことこの上なく、「さすがに素人の方に売るのはちょっと」と最初は驚かれてしまいました、当然だと思います。でも、作品名等は伏せつつ、丁寧に事情を説明をしたところ、ご理解いただくことができ、すごく親身になって相談に乗ってくださいました。「弓懸(ゆがけ)もいるわよね、あなたが引くわけじゃないかもしれないなら、矢の長さはバラバラにしておいたほうがいいかもね」なんてご提案をいただいたりもして。それでなんとか必要な道具をすべて揃えることができたんです。
――では、取材で録音した音もあれば、自分で弓を引いた音を使うこともあるんですね。
倉橋 僕は矢をつがえて弓は引けないので、弦を引っ張るだけです。その際に弓が軋む音は、人物の所作の音と一緒に自分で収録していたのですが、どういう音がするのかは本物の音を聞いてわかっているので、なんとか本物の音を出したいと録音の仕方を試行錯誤しました。その結果、弓の引き方としては正しくないのですが、片手で集音マイクを持ち、もう片方の手で弓を引くという特殊な引き方で録音することができました。でも、15kgのグラスファイバー弓を片手で引こうとするわけですから、手首を痛めてしまい、足がおかしくなってしまいました。それだけ、弓を引くには強い力が必要で、弓道の正しい作法で行わないと弓は引けるものではない、ということを実感しました。
――第2期の制作にあたって新たに準備したことはありますか?
倉橋 高校生の全国大会を取材させていただき、そこで新たにかなりの音を収録させていただきました。これまで取材してきた場所は半屋外の通常の弓道場でしたが、全国大会は完全な屋内で行われ、反響音がまったく違うので室内大会での音集めは必須でした。
――なるほど。作品内ではキャラクターごとに矢を放つ音や、その際の「弦音(つるね)」が違うように感じます。実際にはどうなんでしょうか?
倉橋 キャラクターそれぞれに音を用意しているわけではないんです。個々のキャラクターの筋力などから想起される音の印象に、効果音の言語でニュアンスを寄せていくことで一応の差別化はあります。実際には、同じ人の弦音でもそのときの調子などでけっこう音が違って聞こえるんですよね。まったく同じ音がすることのほうが稀で、矢を放つたびに音が変わって当たり前のことのように思います。
©綾野ことこ・京都アニメーション/ツルネⅡ製作委員会
――射形がまだ安定していないからでしょうか。
倉橋 どうでしょうか、そのあたりは弓道と弦音の深い部分のお話なので、私では判断が難しく、簡単に言えることではないと思います。作中ではキャラクターの感情に合わせて、その瞬間にふさわしい、違和感のないように作ってっています。視聴者の方に「これはこの人の弦音だ」って思ってもらうのは大切なことですが、そのために変に味付けをしてしまうと、効果音技師としての力量をアピールしたいような偽物だと見透かされちゃうと思うので、なるべく自然な音作りを心がけています。
――そうなんですね。それでも「これは湊の音っぽいな」って感じることも多いです。
倉橋 ありがとうございます。湊は最高にいい音を鳴らすときもあれば、逆に最悪な音を鳴らすときもあるので、いちばん多くのバリエーションがあるかと思います。それらに湊っぽさを感じていただけるのはうれしいですね。
©綾野ことこ・京都アニメーション/ツルネⅡ製作委員会
――第2期からは二階堂を筆頭に新キャラクターも登場しています。「斜面打ち起こし」という流派ですが、音作りの面で何か違いはあるんですか?
倉橋 「斜面打ち起こし」と「かけほどき」ができる方に実際に矢を射っていただいた音を録音して、その音をベースにしています。とはいえ、二階堂だからとか、辻峰高校だからという特別なアプローチはしていません。風舞のメンバーたちと同じく、ドラマや感情の起伏の流れのなかで最適解を探しつつ作っている感じですね。
――第1話での二階堂の登場シーンは、絵も音もかなり怖い雰囲気でしたよね。
倉橋 そうですね。湊たちに真っ向から対立する存在なので、ここは「ラスボス登場」くらいの気持ちで音を作りました。「なんか怖いかも」と思って二階堂へ興味を持ってくれたり、続きを見たくなってくださったのなら、それは狙った意図と演出がマッチしたのかなと思います。
――では、後半は弓道シーン以外の音作りについても聞かせてください。
倉橋 よろしくお願いします。
- 倉橋裕宗
- くらはしひろむね 大学卒業後、イギリス留学を経てサウンドボックスに入社。2015年に株式会社オトナリウムを設立。音響効果を手がけた作品は『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』『リズと青い鳥』、『賭ケグルイ』シリーズ、『ルパン三世』シリーズなど。