お風呂シーンは一期一会。同じ音は存在しない
――弓道シーン以外にも、本作では日常シーンがたくさん描かれています。とくに第2期は群像劇の色が強くなり、バラエティに富んでいますね。
倉橋 今回は愁や二階堂、風舞メンバーも自宅での様子が描かれたりと、キャラクターそれぞれの日常描写が多くなっています。音世界の構成では芝居に合わせて丁寧かつ自然さを、いつも通り心がけています。普段のキャラクターの雰囲気がわかればわかるほど、弓道シーンのシリアスさとのギャップがより引き立つような気がします。
©綾野ことこ・京都アニメーション/ツルネⅡ製作委員会
©綾野ことこ・京都アニメーション/ツルネⅡ製作委員会
――場所で言うと、二階堂たちが練習している辻峰高校の青空弓道場も印象的でした。矢を放った音も弓道場とは違いますよね。
倉橋 的がある的場が安土(あづち)ではなく畳なので、取材収録時に本畳とスタイロ畳を持ち込み、「この畳に矢を放ってください」とお願いして録音させていただきました。辻峰高校の青空弓道場って、どこか『ツルネ』の作品世界からは離れた雰囲気がありますよね。背後には辻峰の他の部活のSEを入れたりもしていますが、校舎の裏にあり、隔離された雰囲気を音でも意識しています。道場を持っている風舞高校と桐先高校が学ぶ正面射法、そして道場のない辻峰高校が学ぶ斜面射法。この対比と辻峰高校のミステリアスな雰囲気が相まって、どこか「秘密の花園」的というか(笑)。
――たしかに。でも、それが辻峰のメンバーたちと合っているんですよね。
倉橋 空模様もだいたい曇り空だったりと、そこは作画も含めての演出ですね。他の弓道部が持っている緊張感やストイックさとは違った、キャラクターから受ける「どんな人たちなの?」という印象だったり、それを探りながら視聴している我々が抱くふわふわして落ち着かない雰囲気をリンクさせて効果音にも出せれば、作品に没入した一体感が得られると考え、音作りの際に意識しました。
©綾野ことこ・京都アニメーション/ツルネⅡ製作委員会
――他に個人的に印象に残っているシーンはありますか?
倉橋 日常生活のシーンはどれも思い入れがありますが、今回は風呂シーンが印象に残っていますね。
――第9話~第10話の、風舞と辻峰の合宿で登場しました。お風呂や銭湯へのこだわりがあるんですか?
倉橋 僕はお風呂にはけっこうこだわるタイプです(笑)。お風呂シーンってアニメにたくさん登場するんですけど、どれひとつとして同じ音はないんですよ。洗い場や湯船の広さや材質をはじめ、かけ流し的な装置の有無などいろいろなので、毎回絵を見ながらアジャストしていくんです。長尺のシーンもありましたから、身体を流した水が排水溝へと入っていく音など、同じ空間でも飽きさせないような細かい仕掛けを施しています。
――めちゃめちゃ細かいですね。
倉橋 そもそも水や火といった原始的な音というのは、ほんの少しのバランスの違いで生理的に違和感を与えてしまうことも多いんです。だからお風呂シーンを作るときは、原理原則、建築的な理屈からの音の振る舞いの再現も大切ですが、感性で「自分自身もこのお風呂に入りたいな」とか「同じ空間にいる」と思えるような音にすることが大切で、今回もこだわっています。
©綾野ことこ・京都アニメーション/ツルネⅡ製作委員会
――なるほど。さて、物語はいよいよ全国大会へと突入します。倉橋さんは実際に高校生の全国大会を取材したそうですが、どんな印象を持ちましたか?
倉橋 いやもう、めっちゃくちゃ緊張しましたね。当たり前ですが、皆さんは青春のすべてをかけてこの大会に臨んでいますから、取材をさせていただく側としては彼らの負担にならないよう、黒子以下というか、壁紙になったくらいの気持ちで(笑)。とにかく選手の皆さんのストレスになってはいけないと、吐きそうになりながら集音(しゅうおん)しました。その中で印象に残ったことは、弓が光って見えたことです。弓にデコレーションテープを巻いているのかと思ったらそうではなく、純粋に室内の照明が反射していただけなんですけど、それがすごく幻想的に感じたんです。
©綾野ことこ・京都アニメーション/ツルネⅡ製作委員会
――屋内大会ならではの強い照明がもたらした効果なんですね。
倉橋 そうですね。同じ光景を見ていた山村卓也監督も「これは作画に活かそうと思います」とおっしゃっていて、第2期は青春の輝きや光というものが随所に感じられる映像になっていると思います。実際、大会に出場されていた高校生の皆さんは本当にキラキラと輝いていたので「もし、高校生時代に戻れるなら絶対に弓道部に入ろう」って山村監督とも意見が一致しました(笑)。僕は学生時代はアルバイトばかりをやっていて部活動経験がないので、余計に眩しく感じたのかもしれません。本当に青春って素晴らしいなと感じた瞬間でした。
――倉橋さんの作業はまさにこれからだと思いますが、音響効果としてどのような大会シーンにしようと考えていますか?
倉橋 実際に全国大会で録音した音を大切にするつもりです。というのも、京都アニメーションさんが作った映像の再現度が本当に素晴らしいんです。そっくりそのまま描いているとかそういうレベルの話ではなく、大会の独特な雰囲気や空気感までを完璧に再現しているんです。実際に現場にいたのでよくわかるんですけど、あまりの技術力の高さに震えました。なので、それに対して変に厚化粧した音を足すものではないなと思いますし、いい音が録れているので、なるべくありのままの雰囲気をお伝えできればと思います。
©綾野ことこ・京都アニメーション/ツルネⅡ製作委員会
――劇場版が『はじまりの一射』、第2期が『つながりの一射』ときているので、今後の新作にも期待してしまいます。
倉橋 ですよね。僕自身、まだまだこの世界の中に居続けたいと思っています。もちろん、何かが決まっていると聞いているわけではないですけど、彼らのこの先の物語はぜひ見てみたいですね。
――もし、続編やスピンオフがあるとしたら、個人的にはどんな展開を見てみたいですか?
倉橋 マサさんの普段の生活は興味があります。マサさんと愁の絡みももっと見てみたいですし、二階堂と不破のコンビもいいですよね。あとは、大田黒がわりと好きなので、みんなで彼の実家のお寿司屋さんに行って楽しい食事会をしてほしいなって思います。
――では最後に、ファンにメッセージをお願いします。
倉橋 とにかく高校生たちの青春の輝きが画面いっぱいに詰まって、自分の若かりし頃も思い起こさせてくれ、今の自分へのつながりを心の奥から響かせてくれる作品だと思います。僕も音響効果として、少しでも彼らの世界を音で彩ることに貢献できて、皆さんの青春の記憶の中の音と共鳴できる音の世界を届けられていたらうれしいです。ぜひとも最後まで応援をよろしくお願いします。
- 倉橋裕宗
- くらはしひろむね 大学卒業後、イギリス留学を経てサウンドボックスに入社。2015年に株式会社オトナリウムを設立。音響効果を手がけた作品は『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』『リズと青い鳥』、『賭ケグルイ』シリーズ、『ルパン三世』シリーズなど。