原作小説で描かれるきり丸の心情表現に驚いた
――今回、13年ぶりに映画を制作することになった経緯を教えてください。
御手洗 私にとって『忍たま』は、小さい頃に見ていた思い出の作品です。親になったあとも子供とまた見始めて、変わらない乱太郎たちの姿をうれしく見ていました。小説は社内の『忍たま』ファンから熱い紹介を受けて読みまして、まずは世界観の深さに驚き、是非映画化してみたいと思いました。『忍たま』を普段見ているときには意識していなかった時代感、価値観がはっきりと文章で表現されていましたし、何よりもきり丸の心情表現に驚きました。私が昔から見ていた銭目でドケチなこの子は、こんな考え方、行動をするキャラクターだったのか……と。今回映画をご覧になる方にも、同じ驚きと感動を味わっていただきたいなと思っています。
――小説の原作者である阪口和久さんが本作の脚本を担当していますが、細部はいろいろと異なっています。どのような意図で物語を再構成したのでしょうか?
御手洗 本当にファンの方々に愛され、映像化を熱望されている小説ということを肌で感じていましたので、この物語を扱うにあたりプレッシャーを強く感じながら脚本開発をしました。企画当初より藤森監督からは、この小説を映像化するためのポイントをいくつかいただいていました。それは『忍たま』の映画にするために解決すべき課題でした。小説が持っている芯の部分が変わらないように、藤森監督と阪口さんと時間をかけて細かく議論と検討を重ねていったんです。
きり丸が泣かない世界であってほしい
――今作は、土井先生をめぐる物語ということもあり、原作小説を知らないファンの方からの期待も大きいと思います。その反響については、どんな想いを抱いていますか?
御手洗 土井先生の人気について、私はそこまで強く認識していたわけではないのですが、逆に、土井先生が素敵な人であることは知っていて当然、好きで当然、みたいなキャラクターですよね。もはや雛の刷り込みに近くて、これは『忍たま』を見て育った世代だからわかる肌感覚というか……。ですから、2024年2月22日の映画化決定の発表時には、同じ感覚の人がたくさんいた!という喜びがありました。
――とはいえ、やはり「乱きりしん」あってこその『忍たま』だと思います。なぜこれほど子供から大人まで本作が愛されているのか、御手洗さんが感じた魅力を聞かせてください。
御手洗 温かくてドタバタした楽しい世界観。32年間その印象が変わらずに続いているというのが何よりの魅力ですよね。あとは、キャラクターデザインです。シンプルなのに複雑な表現もできる絶妙なデフォルメ具合、動きもとにかく可愛く見えるし、キャラクターの個性が視覚的にもわかりやすい。私自身も、字を覚える前からこの絵で育っているところがありますので、大げさではなく自分の美的感覚みたいなものに影響を与えているんじゃないかと思います。
――御手洗さんがとくに好きなキャラクターはいますか?
御手洗 今回の映画で、登場人物ひとりひとりが新しい魅力を見せてくれたので、好きなキャラクターがたくさんできました! でも、とにかく今回はきり丸ですね。「愛おしいものすべてを体現した存在」と関(俊彦)さんがおっしゃっていましたが、まさにその通りだなと思います。きり丸が泣かない世界であってほしいですよね。
子供向けでも子供だましにはしない、芯のある映画にしたかった
――キャラクターデザインにもかなりこだわりを感じますが、新山恵美子さんとはどのような話をしたのでしょうか?
御手洗 新山さんとは、天鬼(てんき)のキャラクターデザインがアップしたときに初めてお会いしました。もう本当に素敵な天鬼だったのですが、正統(?)な白装束で描かれておりましたため、網シャツを着ておらず……。小説の尼子(騒兵衛)先生の挿絵を握りしめ、「どうか網シャツをお願いします!」と言い出す初対面でした。キービジュアルについてのやり取りも思い出深いです。こちらがビジュアルに込めたいメッセージをなぜこんなにも鮮やかに表現できるのだろうかと毎回感動しっぱなしでした。
――尼子先生が描く原作マンガは、時代考証も徹底していて、歴史と忍者へのこだわりが感じられます。尼子先生と話して「ここは絶対に大事にせねば」とあらためて感じたことはありますか?
御手洗 企画を立ち上げる最初の段階で、NHKエンタープライズの宮本(未来)さんと一緒に尼崎へ伺いまして、尼子先生へご提案にあがりました。今作を「大人も楽しめる『忍たま映画』にしたい」とお伝えしたところ、とても喜んでくださり、企画を進めていくうえでとても励みになりました。『落乱』も『忍たま』も子供向けに作っているけれど子供だましではない、だから大人にも響く、ということを先生も貫いていらっしゃるからこそ、今回の企画を歓迎してくださったのだと感じました。藤森監督と尼子先生の作品に対する姿勢の共通点が、じつはそこだと思っていて。今作は、大人だけに向けた映画にするつもりはなく、子供向けだからこれくらいにしておこう、ということでもなく、ただただ芯のある映画にしたいという想いで企画を進めていきました。
――本作はテレビアニメとはまた違う、迫力あるアクションシーンも見どころです。作画でこだわったところ、おすすめポイントがあれば聞かせてください。
御手洗 スピード感と緊張感のある表現が『忍たま』で見られる!というのが、たまらないですよね。とくに六年生と天鬼の戦闘シーンは本当に見ごたえがあります。ひとりひとりの動きが細かくて「じつはあんなことをしている!」「あそこではこんな表情もしている!」など見どころたっぷりです! ぜひ楽しみにしていただければと思います。
――音響監督は、アニメも担当している大熊昭さんです。アニメの世界観を守りつつ、映画だからこそこだわった点はありますか?
御手洗 映画を作るにあたり、音楽にはこだわりたかったので、脚本制作時から藤森監督と全体の音楽構成と劇伴楽曲のイメージを膨らませていきました。藤森監督、大熊さん、音楽の馬飼野(康二)さん、プロデューサー陣とで何度も打合せを重ねました。音楽については、馬飼野さんが本当に根気強くお付き合いくださり、『忍たま』らしい楽曲と、新しいアプローチの楽曲を制作してくださいましたので、ぜひ注目していただけたらと思います。
天鬼が登場するシーンの収録は独特な緊張感が満ちていた
――映画で初登場となる「天鬼」というキャラクターは関俊彦さんが演じていますが、土井先生との演じ分けなど、現場で驚かされたことはありますか?
御手洗 アフレコは物語の冒頭から順に収録していきましたので、いよいよ天鬼の登場シーンとなったときは、独特の緊張感が収録ブース内に満ちているように感じました。天鬼の人物表現は、コンテの段階で藤森監督が血を通わせてくださっていましたが、関さんのお声で最後のピースがはまり、最小限でシンプルな天鬼のセリフに関さんの演技の素晴らしさが詰まっています。
――御手洗さんイチ押しの、本作の見どころを教えてください。
御手洗 13年ぶりの「忍たま映画」ということで、制作陣の並々ならぬ熱量が映画の随所に込められています。1カットごとのこだわりポイントを語れるほどです。それから声優さんの声のお芝居、作画の表情のお芝居がとても丁寧で繊細なので、ぜひキャラクターたちの深い感情表現を味わっていただけたらと思います。
――従来の『忍たま』ファンだけでなく、映画の盛り上がりを受けて、久しぶりに見てみようかなと思う方もいると思います。そういう方に向けてメッセージをお願いします。
御手洗 忍たまたちにとっても、私たちにとっても、当たり前にそばにいてくれる土井先生。土井先生の不在が巻き起こす今回のストーリーは、あらためて日常の尊さを我々に教えてくれます。『忍たま』がお久しぶりな方も、スッとストーリーに入っていける映画になっていますので、ぜひお気軽に劇場にいらしてください!
- 御手洗絵里
- みたらいえり 2011年に松竹株式会社入社。アニメ『銀河英雄伝説 Die Neue These』などでアシスタントプロデューサーを経て、プロデューサー職に。手がけた作品は『ARIA The CREPUSCOLO』『ちみも』『REVENGER』など多数。