小池健監督が明かすアクションと世界観創造の裏側
――『不死身の血族』では、舞台となる「地図にない島」そのものの設定が非常に独創的です。蠢(うごめ)く地面や血の湖など、この世界観はどのように構築していったのでしょうか?
小池 物語の大きな出発点は、クリエイティブ・アドバイザーの石井克人さんが持ってきてくださった、イラスト付きのプロットでした。そこに、脚本の高橋悠也さんのアイデアが加わって、さらに世界観が飛躍的に広がったかたちです。とくに、敵であるムオムと島に秘められた秘密は高橋さんの手によるもので、初めて脚本を読んだ瞬間に「すげえ!」と、クリエイターとして素直に興奮しました。その直後に「これをビジュアル化するのは、とんでもなく大変な作業になるぞ……?」と頭を抱えましたが(笑)。しかし、物語として非常に面白く、挑戦しがいのあるものだったので、腹を括って挑むことにしました。

――その強大すぎる敵・ムオムですが、太極拳のような異質な体術アクションが印象的で、強烈なインパクトを残していますね。
小池 あの武術の「型」の具体的な動きは、じつは石井さんの絵コンテの段階で、かなり細かく描かれていたんです。「こういう間合いで、手はこんな軌跡で動いて、バッと手を前に突き出すと、獣の『気』のようなオーラが噴き出す」といった具合に。これを見せられたら、アニメーターの血が騒ぎますよね(笑)。もちろん、これを実際にアニメーションとして描くのは普通の格闘シーンとはまた違って大きな挑戦ではありましたが、結果的に人間を超越した存在であるムオムの不気味さや強さを表現する上で、非常に効果的な描写になったと感じています。キャラクターにしっかりとした「型」が存在すると、その一挙手一投足に、観客を納得させる「プロっぽい説得力」が生まれるんですよね。
――CGと手描き作画の融合も、本作の見どころのひとつです。とくにクライマックスの、島の中心部でのシーンは圧巻でした。
小池 あのシーンは、間違いなく今回の制作で最もカロリーを消費したパートです。背景はすべて3DCGで描かれているので、最終的にそれがどんな質感やライティングのルックになるのかをつねに頭の中で想像しながら、キャラクターの原画を一枚一枚、手で描いていく。度重なるダメージでボロボロになりつつも、決して「覇気」を失わないルパンの表情をどう見せるか。そのギリギリのバランス調整には最後まで苦労しましたね。あそこは当初、僕が原画を担当する予定ではなかったんですけど、さまざまな事情が重なって、最終的に自分で描くことになったんです。大変でしたけど、だからこそ細部までこだわり抜くことができたシーンでもあります。

ファンが「これが見たかった!」と思えるシーンを盛り込むことに注力した
――作画という点では、各キャラクターの見せ場の作り方にも監督ならではの哲学が感じられます。五ェ門がパラシュートなしで飛行機から飛び降りるシーンはとくに印象に残りました。
小池 僕の中で「パラシュートを律儀に背負っている五ェ門って、なんかイメージと違うな」という強い思いがあって(笑)。じゃあ、どうしようかといろいろ調べていたら「ヒューマンフライト」という、特殊なスーツだけを装着して滑空するエクストリームスポーツがあることを知ったんです。その映像を見た瞬間に「これだ」と。「五ェ門ほどの達人なら、これくらいできるんじゃないかな」って(笑)。お客さんにどう見えたかは別にして、決してギャグとして描いたつもりはなくて、彼の超人性を表現するひとつの方法として真剣に考えた結果なんです。
――なるほど。キャラクターの本質からアクションを発想しているんですね。
小池 そうありたいとつねに思っています。やはり今回は最終章なので、どのキャラクターにもファンが「これが見たかった!」と思ってくれるような見せ場を作りたかった。次元であれば、息をのむようなガンマン同士の早撃ち対決。五ェ門なら、先ほどのシーンや、一閃ですべてを断ち切る抜刀術の凄み。そして不二子には、彼女らしいお色気のあるサービスカット。そしてルパンは、今回は派手なアクションは他のキャラクターにまかせて、島の秘密を解き明かすため、頭脳を活かす役回りです。それぞれの役割分担と見せ場を、ストーリーの中にバランスよく配置することにはかなり注力しましたね。

本作最大の「謎」にはちゃんと解き明かすためのヒントがある
――それで言うと、素手のルパンがまるで銃を持っているかのように振る舞うシーンは、まさに頭脳派に特化した「小池ルパン」の真骨頂ですね。
小池 ありがとうございます。じつはあのアイデアも高橋さんの脚本が元になっています。「魔法のように見えるが、じつはその裏には緻密な計算とロジックがある」という展開が、とてもルパンらしいじゃないですか。頭の中でタイミングを完璧にカウントする「天才盗賊」としての一面と、どこかキザでロマンチストな「粋な男」としての一面。ルパンという複雑なキャラクターが持つ、その両方の魅力が、あのワンシーンで見せられたのかなと思っています。
――他に「このカットやシーンに注目してほしい」というマニアックなポイントがあれば教えてください。
小池 本当にたくさんありますが……ひとつ挙げるとすれば、物語の終盤で「ルパンはいったいどうやってあの絶体絶命の状況から脱出できたのか?」という大きな謎が提示されます。その答えは、じつはセリフでは一切説明していないんです。ですが、注意深くカットをひとつひとつ拾っていくと、ちゃんとヒントが映像の中に隠されています。もし、それを見つけられたら、その方は相当な観察眼の持ち主だと思います。そういった、言葉にしない「映像での語り」もたくさん仕込んでありますので、ぜひ何度も劇場で見て、探していただけたらうれしいです。

- 小池健
- こいけたけし 1968年生まれ。山形県出身。高校卒業後、マッドハウスに入社し、アニメーターとしてキャリアをスタート。2000年に石井克人監督の実写映画『PARTY7』のオープニングでアニメーションディレクターとキャラクターデザインを務めたことで注目を集め、2003年に初監督作となる『TRAVA FIST PLANET』を発表。『アニマトリックス(ワールド・レコード)』や『REDLINE』の監督を経て、2014年から『LUPIN THE IIIRD』シリーズの監督を務めた。