Febri TALK 2022.07.04 │ 12:00

菱田正和 アニメーション監督/演出家

①アニメ業界に入った唯一の理由
『機動戦士ガンダム』

サンライズ時代には数多くの男児向け作品やSF作品に参加し、フリー転向後は女児向けの長期シリーズや女性ターゲットの作品を手がけるなど、ジャンルにとらわれずに最前線で活躍を続ける菱田正和。そのルーツをたどるインタビュー連載の第1回に挙がった作品は、アニメ業界に進むきっかけとなった『機動戦士ガンダム』。

取材・文/岡本大介

監督から直接聞いた名シーンの秘密

――『機動戦士ガンダム(以下、ガンダム)』はリアルタイムで見ていたのですか?
菱田 いえ、放送当時は小学校低学年でしたが、リアルタイムでは追っていなくて、クラスでガンプラが流行ったタイミングで初めて『ガンダム』の存在を知りました。もともとそんなにアニメを見る子供ではなかったんですが、ガンプラを見たときに「モビルスーツってカッコいいな」と感じて、自分でも作ってみたいと思ったんです。ところが当時は近所のおもちゃ屋さんに行っても発売日に行列ができるくらい大流行していて、なかなか手に入らない状態だったんですよね。ようやく店内に入れたと思ったら、ガンダムはすでに売り切れていて、欲しくもない武器セットを買わされたり(笑)。苦労して最初に手に入れたガンプラは、1/144スケールのガンダムと1/100スケールのガンキャノンだったと思います。当時は塗装することも知らなかったので、なんとか組み上げたはいいけども、「なんかアニメと違うじゃん」って(笑)。可動域も狭くて、アニメのようなカッコいいポージングがなかなかできなくて、悶々としていましたね。

――アニメ本編を追いかけ始めたのはいつ頃だったのですか?
菱田 ガンプラに魅了されてすぐに再放送で見たと思います。ただ、当時は小学生だったので物語の奥深さにはまったく気づかず、ただただ「黒い三連星のジェットストリームアタックってかっちょいい!」とか、そういう楽しみ方をしていました。それからTVシリーズの再放送が繰り返し流れて、それを見るたびにだんだんと受け止め方が変わっていって、徐々に惹かれていった感じです。

――『ガンダム』は年齢によって受け止め方がガラリと変わりますよね。
菱田 そうですね。中学生、高校生と大人になっていくにつれて「このアニメは何かが違うぞ」と感じるようになっていきました。小学生の頃はアムロが好きだったのに、いつの間にか「シャアのような生き方をしたい」と思うようになっていましたから(笑)。

――結果として菱田さんは(『ガンダム』を制作した)サンライズに入社しますが、やはり『ガンダム』の影響が大きかったのですか?
菱田 むしろ『ガンダム』の影響しかないです。サンライズ以外のアニメスタジオはほとんど知りませんでしたし、入社試験もサンライズしか受けていません。

――決め打ちですか。すごい覚悟ですね。
菱田 なにがなんでもアニメ業界に入りたかったわけではなく、大学時代の就職活動では他の一般企業も受けていたんですよ。じつはすでに大手企業の内定ももらっていたんですけど、どういうわけか魔が差して、そのあとに採用試験を受けたサンライズを選んだんです(笑)。我ながら大胆な選択をしたなと思いますが、当時はちょうど就職氷河期で、どんな大企業でもいつ潰れるかわからないという時代でしたから、それで冒険ができたのかなと思います。せっかく地元の仙台から東京の大学に出てきたんだから、どうせなら東京でしかできない仕事がしたかったというのもありました。

再放送を繰り返し見ながら

大人になるにつれて

このアニメは何かが違うぞと

感じるようになっていった

――なるほど。『ガンダム』でとくに印象深いシーンはありますか?
菱田 第29話「ジャブローに散る!」ですね。子供の頃から何度も繰り返し見ているんですが、シャアが専用ズゴッグでジムの腹を突き刺すシーンは強烈におぼえています。ジムが腹を突かれた瞬間からストロボ撮影(※動きに残像がつく撮影処理)になっていて、そういうセンスが素晴らしいんです。

――ファンのあいだでも名シーンとして有名ですね。
菱田 じつはその答え合わせができたことがあって。サンライズに入社して2年目に『∀ガンダム』に参加したんですが、富野(由悠季)さんが現場で珍しく『ガンダム』の話をしていたんですよね。そこで聞いたんですが、富野さんはあのシーンの絵コンテに「神がかった動きをするズゴッグ」というト書きを入れたらしいんですよ。安彦良和さんはレイアウトが上がるといつもその日のうちに作監を終えて提出するような方なんですけど、そんな安彦さんが、このシーンだけは3日間くらい棚に置いたうえで修正したらしいんです。3日間置いた本当の理由はわかりませんが、僕の中では「それくらい考え抜いたうえで描いたんだな」とすごく感動した記憶があります。20年以上前に聞いた話ですが、いまだに鮮明におぼえていますね。このシーンが強烈に脳裏に焼き付いている理由のひとつがわかったような気がしました。

――入社2年目で富野監督と仕事をしたというのはすごいですね。
菱田 そりゃもう震えました(笑)。僕自身もまさかそんなに早くに会えるとは思っていませんでしたから。まあ、3日目くらいからは当たり前のように怒鳴られていましたけど(笑)。2014年に『ガンダム Gのレコンギスタ』に参加したときも怒鳴られましたし、僕は富野さんには怒られてばっかりです。

――褒められたことはないんですか?
菱田 ありますよ。富野さんはいつも赤い修正用紙に指示を書き込んでチェックを戻してくるんですが、フレームがピシッと決まっていたときなんかは「たまたまだろ?」と書いてある(笑)。その紙は今でも大事に保管してあります。まあ、罵詈雑言が書かれた紙も取ってあるんですけどね(笑)。

――他の『ガンダム』シリーズの作品は好きですか?
菱田 どちらかというとファースト原理主義者なので、タチの悪いタイプの「『ガンダム』好き」だと思います(笑)。今でも仕事で行き詰まったときには『ガンダム』を見返してはヒントをもらっています。まさに僕の原点と言える作品ですね。endmark

KATARIBE Profile

菱田正和

菱田正和

アニメーション監督/演出家

ひしだまさかず 1972年生まれ。宮城県出身。大学卒業後、サンライズに入社。『超魔神英雄伝ワタル』で制作進行を務めたあと、『ラブひな』で演出家としてデビューし、現在はフリーとして活躍中。主な監督作品は『陰陽大戦記』『ヤッターマン』『あんさんぶるスターズ!』『Fairy蘭丸~あなたの心お助けします~』など。

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