Febri TALK 2026.04.24 │ 12:00

矢野茜 アニメーター/キャラクターデザイナー

③どん底の時期に心を救ってくれた「真っ直ぐさ」
『こばと。』

アニメーター・矢野茜が選ぶアニメ3選。連載最終回は、高校卒業後、社会人として大きな挫折を味わっていた時期に出会い、心からの救いを得たという『こばと。』。どん底の精神状態の中で触れたひたむきな物語は、現在のアニメーターとしての彼女の活動にどのような影響を与えているのだろう。

取材・文/岡本大介 撮影/松本祐亮

世界に拒絶されたと感じた挫折の日々

――最後の作品は、高校卒業後に見たという『こばと。』です。
矢野 はい。高校を卒業したあとは、イタリアンレストランに正社員として就職してウェイトレスをしていたんです。でも、それまでにアルバイト経験がなかったこともあって、社会にまったくなじめなくて……2カ月くらいで辞めてしまったんです。

――初めての社会人で、かなり厳しい経験をしたんですね。
矢野 自分の人生の中でいちばん「世界に拒絶された感覚」というか、社会で生きていけないと思うくらい落ち込んでいた時期でした。お店のメニューが覚えられないのでオーダーを取ることもできなくて、結局、カウンターでお酒を作る係になっていました。私は興味のあること以外は何にも覚えられない人間なんだということに、この時点で初めて気づいたんです。

――それは精神的にもこたえますね。
矢野 あまりにも使えないので、シェフに「もう帰っていいよ」と言われたことがあって、それが嫌味ともわからずに「あ、わかりました!」ってそのまま帰ろうとしたら「本当に帰るの?」って呆れられたりして。自分の不甲斐なさに唖然として、その時期の休憩中は泣きながらずっと絵を描いていました。

――そんな状態でも、絵を描くことだけは続けていたんですね。
矢野 そうなんです。そんな私の姿を見かねたお父さんが「自分が本当に好きなことやりなさい」と言ってくれて。それでアニメーターの専門学校に通うための準備を始めました。その頃に見たのが『こばと。』だったんです。

――そのタイミングでの『こばと。』は、どう心に響いたのでしょうか?
矢野 『こばと。』は真っ直ぐで清らかで、一生懸命なアニメなんです。それまで『ひぐらしのなく頃に』のような、ちょっとダークで変化球な作品が好きだった私にしては珍しく、真っ直ぐなものに惹かれて。環境的に辛い時代だったからこそ、主人公の小鳩のひたむきな姿に心が打たれたんです。当時は、お風呂に入りながら主題歌を口ずさんで、それで号泣していました。

ビジュアルから受けたインスピレーション

――小鳩のひたむきさに救われたんですね。
矢野 はい。この作品のおかげでどん底にまで落ちずに済んだというか、なんとか持ちこたえることができたという感じですね。アニメ業界に入ってから、花澤香菜さん(小鳩役)とお会いする機会があったんですけど、「『こばと。』を見てすごく救われたんです!」って、感謝の気持ちをめちゃくちゃ伝えました。

――デザインやビジュアル面で惹かれた部分はありましたか?
矢野 小鳩の笑顔が本当に可愛くて、顔のバランスや特徴的な髪型もすごく好きでした。あとは藤本くんの、後ろの髪の毛が少し長くて尻尾みたいになっているところもビジュアル的にすごく刺さって、影響も受けています。

――『ef』もそうですが、『こばと。』もまた矢野さんの感性やクリエイティブの源泉になっているんですね。
矢野 そうですね。私は理屈で考えるのが苦手なので、どんな絵を描く際もわりと感性に頼って出力しているんです。これまで気づかなかったんですけど、『ef』や『こばと。』から感じたインスピレーションが今の私につながっていることがわかって、なんだかうれしい気持ちです。

アニメーターとしての現在の立ち位置と未来

――矢野さんはのちに、自身が参加するアニメに「声優」としても出演していますよね。とても特殊なポジションだと思いますが、それはどうしてでしょう?
矢野 専門学校のときに、アニメーション科と並行して声優科の授業も受けられる制度があったんです。せっかくだからお芝居もやってみたいなと思ってそちらの勉強もして、それがたまたま、監督の粋な計らいで出させていただいた感じです。現状ではほとんどが猫の役ばかりですけど(笑)。

――ちなみに絵を描くときとマイク前に立つときでは、どちらが緊張しますか?
矢野 マイク前のほうが圧倒的に緊張します。絵を描いていて緊張することはあまりないので。ただ、いちばん緊張するのは、キャラクターデザインのコンペの結果を聞く「コンマ数秒」の瞬間です。私は常に自信がなくて「受かることはないだろう」と思っているタイプなんですけど、それでも結果を聞く瞬間だけは、ものすごく鼓動が高鳴ります。

――最後に、アニメーターとしての今年の抱負や目標を教えてください。
矢野 今、キャラクターデザインと総作画監督を兼任する作品を複数抱えていて、とにかく目の前のことでいっぱいいっぱいなんです。去年の目標は「健康に生きる」だったんですが、今年の目標は「1分1秒を無駄にしない」です。時間を無駄にせず、最大限効率的にすべての作品に対して100パーセントの愛と、全力の作画をする。それが今年の私の抱負です。endmark

KATARIBE Profile

矢野茜

矢野茜

アニメーター/キャラクターデザイナー

やのあかね 1992年生まれ。千葉県出身。東京アニメーター学院を卒業後、アニメーターとして活動を開始。2016年『ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?』で初のキャラクターデザイン・総作画監督を務める。主なキャラクターデザイン担当作に『りゅうおうのおしごと!』『弱キャラ友崎くん』など。現在、キャラクターデザインを手がけた『名探偵プリキュア!』が好評放送中。

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