Febri TALK 2021.03.29 │ 12:00

谷口悟朗 監督

①モノづくりに対する心構えを学んだ
『アルプスの少女ハイジ』

『コードギアス 反逆のルルーシュ』や『revisions リヴィジョンズ』など、数多くの話題作を送り出してきたベテラン監督・谷口悟朗。連載インタビューの第1回は、高畑勲監督の名作アニメから受けた衝撃について。

取材・文/宮 昌太朗 撮影/飯本貴子

※新型コロナウイルス感染予防対策をとって撮影しています。

私のなかで高畑勲という人は、ひとつの目標です

――今日は谷口監督のアニメ体験について伺いたいのですが、世代的には『宇宙戦艦ヤマト』があり、『機動戦士ガンダム』が直撃している世代ですよね。
谷口 そうですね。小学生の頃には『銀河鉄道999』も見ていますし、『ガンダム』もいわゆる「ファーストガンダム」から見ています。とはいえ、それは世代の洗礼であってアニメファンとは言えないんですよね。そもそも『ヤマト』も『伝説巨神イデオン』もちゃんと見ていなくて、特段の影響を受けていないし、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』を見ても「ふーん……」っていう(笑)。当時のアニメファンとしては失格ですよ、こんなの。やっぱりアニメファンとかアニメオタクというには、脚本家の倉田英之クラスじゃないと認められない。私はただの映像ファンですね。

――あはは。あらかじめ3本、影響を受けた作品を挙げていただいているんですが、まずは『アルプスの少女ハイジ(以下、ハイジ)』ですね。これは子供の頃に見たのでしょうか?
谷口 子供の頃にも見ていたんですけど、見て驚いたのは高校生のときですね。私は愛知県の出身なんですけど、地元のテレビ局が夕方に再放送をやっていたんです。5時か5時半だったかな。「あっ、ガキの頃に見ていた『ハイジ』をやっている」と思って見てみたら――その完成度というんですかね、やろうとしていることのすさまじさに、ものすごくショックを受けたんです。

――子供の頃には気づかなかった凄味に気づいたという。
谷口 授業が終わったあとは部活があったり、あとは当時、生徒会にも出入りしていたんですけど、とにかく再放送をやっている間は、できるだけ早く帰って『ハイジ』を見よう、と。たしか途中で家にビデオが来て、録画して見られるようになったのかな。あのショックはすごかったですね。

――『ハイジ』のどこに、それほどの衝撃を受けたのでしょうか?
谷口 アプローチというんでしょうか。写実的なものをベースにして、そこから映像や芝居として生まれる意味や世界を表現しようとしている。別の言い方をすると「ルール」と言えばいいでしょうか。そういう「作品内ルール」というのは、無視して作ったほうが作業はやりやすくなるはずだし、簡単に芝居や絵を作れるはずなんです。でも、『ハイジ』はそれをしない。わかりやすく言うと、たとえば、このインタビューを撮影しようとしたときに、カメラが壁の向こう側に行くことがないんです。万が一、壁を越えるときには明確な意図がある。

――カメラという存在があることが前提になって、絵作りがされているわけですね。
谷口 そうです。カメラを想定して撮影して、その場所における常識はこういう形で動くんですよ、と。そんなことをやっていたなんて、子供の頃はまったくわからなかった。で、高校生になって見直したときに「大変なことをやっているな」って驚いたわけです。「いったい、どうやっているんだ、これ?」というところが、たくさんある。絵描きの感性だけではない論理の世界。「作りごとのなかに真実を創る」というのはどういうことなのか、それを学ばせてもらった感じがあるんです。

――作品を作るときの心構えを教えてもらったところがある。
谷口 そのときから、高畑勲さんという人は、私のなかですごく巨大な存在になりましたから。アニメーション神戸という神戸市がやっている振興事業があって、『コードギアス 反逆のルルーシュ』が第12回(2007年)の作品賞に選ばれたんです。賞をいただくのは本当にありがたいことではあるんですけど、私は生来、ずぼらな人間なので(笑)、賞をいただいても授賞式には行ったり行かなかったりで。でも、そのときのアニメーション神戸だけは「絶対に行きます」とお返事しました。というのも、その年、高畑勲さんが特別賞を受賞されたんですよ。つまり、会場に行けば高畑さんにお会いできる。

――あはは。なるほど。
谷口 授賞式は最前列の真ん中に高畑さんが座っていらして、隣が『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の神山(健治)さんで、その次が私。その状態で女性声優陣が歌う「もってけ!セーラーふく」を見る、みたいなネタっぽいこともありましたけど(笑)。

――それはまたシュールな風景ですね(笑)。
谷口 この日のことは、すごくおぼえているんですよね。授賞式後のレセプションで、最大限の勇気を振り絞って、高畑さんのところに挨拶に行きました。あれは何かのご褒美だったんだろうな、と今でも思っています。

――谷口さんにとって、高畑監督は特別な存在なんですね。
谷口 私のなかで高畑勲という人は、ひとつの目標です。高畑さんと私ではアプローチのやり方は違うと思うんですけど、ひとつの山の頂点であることは間違いない。業界に入って、何人かの方が高畑さんと似たようなアプローチでその山を目指していることを知りました。でも、私はもう少し商業的なアニメーションのなかで生きている人間なので、まったく同じ方法論ではできない。言い換えると、高畑さんが開拓した山を登るルートがあって、それを部分的に使う人たちがいるなかで、私はそれとは反対側だったり、あるいは別の峰を越えた向こう側からアタックできないかな?みたいな。そんなイメージなんですよね。endmark

KATARIBE Profile

谷口悟朗

谷口悟朗

監督

たにぐちごろう 1966年生まれ。愛知県出身。日本映画学校からJ.C.STAFFに制作として入社。サンライズで演出家としての、Production I.Gで監督としてのキャリアをスタートさせる。最新作は『スケートリーディング☆スターズ』『バック・アロウ』。

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