いかにして愛されるキャラクターを作るか。それがいちばんのフックになる
――3本目に挙げていただいたのが、監督作であるTVアニメ『進撃の巨人』です。原作を知ったのはいつだったのでしょうか?
荒木 アニメ化の話が来る前、2010年くらいですね。単行本1巻が発売されたときに『ギルティクラウン』の脚本家である吉野弘幸さんが教えてくださいました。さっそくハマって、もし、監督をまかせてもらえるなら、これはやれる、という確信がありましたね。昔から好きなタイプの世界観ですし、演出家としてのスキルの高まりも感じていたタイミングだったので。
――原作の諫山さんとのやりとりは多かったのでしょうか?
荒木 準備段階から、放送中も含めてずっとやりとりはありました。個人的には今でもLINEのやりとりをしています。仕事を通じて長くやりとりしたぶん、吸収したものも多いはずで、諫山さんも自分の心の師匠だと思っていますね。
――どのようなことを教わったのでしょうか?
荒木 もっとも尊敬しているのは「物語で世界そのものを描く」ストーリーテラーとしての才能なんですが、それはまったく真似できないので、自分の仕事に活かせるものとしては、キャラクターを大切にする、そのやり方ですね。キャラクターの魅力をいかに作り出していくのか。
――それが作品の面白さにつながると。
荒木 そうです。というか、キャラクターを単なるストーリーの奴隷にしないためにも、しっかりとこだわるという感じでした。そのためには「ほつれ」が重要であるという話をよくされていました。たとえば、リヴァイには潔癖症という、彼本人の魅力と逆方向の性質が備わっている。それが諫山さんがいう「ほつれ」というやつで、このほつれのないキャラクターはつまらなく見えてしまう。弱点や「ほつれ」を意図的に埋め込んでおくというのは、キャラ作りのうえで大きな教えでしたし、自分の仕事にも応用しやすい考えでしたね。たとえば、どうしても説明をしなければいけない設定があるとして、それをそのままキャラクターにセリフで説明させるとつまらない場面になります。まあ、どんな作品にもある程度必要な、避けられない現象なんですけど、諫山さんに「そういうケースはどうしているんですか?」と聞いたとき、「説明するキャラを花粉症にしますね」と。
――「ほつれ」を組み込むということですね。
荒木 はい。あくまでたとえとしてですけど、「花粉症で鼻水が出てどうしようもないから、説明したくてもできない」シーンとして描く。そうすればキャラの魅力でシーンをもたせることができるかも、と言われて、すごく感心しました。
――なるほど。先ほど、まかせてもらえば映像化できる確信があったとのことでしたが、『進撃の巨人』の映像演出で難しかったところは?
荒木 物量的な意味では、絵にするのはずっと大変ではありました。ただ、「何をすればいいか」で迷ったことはなかったです。本当に難しい仕事は、どうやったらシーンが面白くなるのか、作品にとって何がいいのかの判断に迷うときですね。『進撃の巨人』はそういう意味で「何をしたらいいかわからない」シーンはひとつもありませんでした。
キャラクターを作るうえで
弱点や「ほつれ」を意図的に
埋め込んでおくというのは
大きな教えでした
――なるほど。
荒木 だから自分がやるべきは、山場を山場として見せるための流れの構築だけだな、と思っていました。原作マンガで読んだときと同じ衝撃をアニメでも与えるために、原作マンガをフィルムとして再解釈することに腐心しました。よく言っていたのは「器を移し替えるだけ」です。
――メディアが違うと、当然、原作と同じ描き方にはならないわけですよね。
荒木 はい。でも、そうした結果が「マンガと同じで面白い」と思ってもらえたならば、再解釈は成功となるわけです。そのためにはあえて「マンガにないこと」を足す必要もあったりします。
――立体機動の演出にはこだわりましたか?
荒木 立体機動が映像的なウリになるのは最初からはっきりしていたので、そこに最大のカロリーを割こうと考えていました。どこにリソースを投入するかの取捨選択は『進撃の巨人』に限らず、監督が明確にする必要がありますから。
――時間とコストの兼ね合いもありますよね。
荒木 『学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD』では「おっぱいにこだわります」とはっきり言っていましたからね(笑)。作品によってはそれにリソースを割く場合もあります。
――原作にある残酷描写に対しては、何か基準を作っていたのでしょうか?
荒木 「残酷度は下げる」という指針を明確に掲げていました。個人的にも、あまりエグい映像は苦手なんです。「悲しい出来事がアゲを作るフィルムが好き」と前回までのインタビューで話しましたが、残酷な映像自体は好きじゃない(笑)。ただ、『進撃の巨人』のアニメ化は、作品をマニアのみのものとせず、お茶の間まで届けることが使命だったので、利害が一致したといいますか。残酷描写のシーンは画面の外に置きながら、「何が起きたのか」だけは視聴者に理解できるように組み立てています。
――残酷描写はなくとも魅力は伝わると。
荒木 個人的には、少年たちが成長していく青春群像劇として作りたかったですし、もともと原作にもあるその要素をアニメ版で強調することはプロデュースサイドとも意見が一致しましたので、その方針でいきました。
――『進撃の巨人』での作業を通して得られたものはありますか?
荒木 先ほども触れましたが、やはり魅力的なキャラクターを生み出すことですね。好き・嫌いを超えて、いかにして愛されるキャラクターを作るか。それが壮大な世界観やひねりの効いたストーリーテリングといった「玄人ごのみ」のフック以上に、万人に通じるフックになるんです。あとは、諫山さんもつねに「まだ人がやってないもの」をすごく探していますね。作品が本当にオリジナルなものとして成立するためには「なかったビジュアルの発明」が必要という富野さんや庵野さんの教えにもつながる。……こうやって話してみると、3人には共通している部分がありますね。
――今後チャレンジしたいことはありますか?
荒木 そうですね……演出家としてやりたかったことはけっこうかなえてきていると思います。なので、今後は自分の可能性を狭めずに、やったことのないテイストの作品にもどんどんチャレンジしていきたいです。
KATARIBE Profile
荒木哲郎
演出家
あらきてつろう 1976年11月5日生まれ。埼玉県出身。監督作に『DEATH NOTE』『学園黙示録HIGH SCHOOL OF THE DEAD』『ギルティクラウン』『進撃の巨人 Season1』『甲鉄城のカバネリ』など。『進撃の巨人 Season2』『進撃の巨人 Season3』では総監督を務めている。