Febri TALK 2021.08.02 │ 12:00

荒木哲郎 演出家

①『逆襲のシャア』で生まれた
演出家・富野由悠季への憧れ

TVアニメ『進撃の巨人』や『甲鉄城のカバネリ』などで知られるアニメ監督・荒木哲郎。彼の人生を変えた3本のアニメ作品とは? インタビュー連載の第1回は「憧れ」と語る富野由悠季監督による『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』について。

取材・文/森 樹

強烈な人間ドラマと壮大なスケールの事象との「異種格闘技」

――まずは『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア(以下、逆シャア)』(1988)を挙げてもらいましたが、『ガンダム』シリーズはもともと好きだったのでしょうか?
荒木 『機動戦士ガンダム(以下、ファースト)』の本放送を保育園の年長の頃に見ていた記憶はあるのですが、すぐに自分のなかで特別な存在になったわけではありませんでした。『逆シャア』も、小学6年生のときに映画館で見ています。ただ、そのときよりも中学1~2年生の頃、大晦日にあらためてテレビで見た『逆シャア』がすごく刺さったんです。そのとき初めて「これは、ほかのアニメとまったく違う」と感じて、録画したビデオテープを何度も繰り返し見ました。ちなみに、そのバージョンはテレビ用に編集されたものだったので、シャアが電車のなかで熱狂的な支持を受けるシーンはカットされていました。そのせいで今でもそのシーンを見ると、ディレクターズカット版の追加シーンを見ているような新鮮な気持ちになります(笑)。

――『逆シャア』のどこにそれほどのインパクトを感じたのでしょうか?
荒木 やはり思春期で、ある程度人間関係の苦しみとか、男女の性(さが)について考えるようになったからなのだろうと思います。『逆シャア』は、そういう部分にきちんと踏み込んだアニメですよね。女性が「好きなフリ」をしていても、じつは本心でない、とか。

――思わせぶりな態度があったりしますね。
荒木 優しく振る舞っていても、心のなかでは興味ないんだろうとか。普段から我々も、そういうことをしょっちゅう感じて生きていますし、アニメ作品でそこに踏み込んでいる作品があることを『逆シャア』で初めて知りました。

――具体的にはクェスとハサウェイの関係だったり、ナナイとシャアの関係だったり。
荒木 そうです。チェーンとアムロの関係も興味をそそるじゃないですか。職場の上司と部下で、かつ恋人同士の甘えが描かれている。もちろん、そういう部分以外にも、アムロとシャアの最終決戦でもあるし、宇宙戦争ものとしての硬質な見応えもあるし、アクションアニメとして作画的にも充実していて、見れば見るほど味わい深い作品です。

――『逆シャア』に限らず、富野監督からはどのような影響を受けましたか?
荒木 アニメ業界に入ってからずっと、富野さんのような作品を作りたいと思って生きてきました。憧れです。とくに影響を受けた部分としては、通り一遍ではない人間の感情を描くということ。人間社会にある建前という薄皮を剥がして、本質的なドロドロしたものをつかみ出すことですね。監督作の『ギルティクラウン』で幼なじみの子が死んでしまう回(第15話)があるのですが、その回を作ったときに「こういうのを作りたくて、アニメ業界に来たんだ」とハッキリと思いました。その回の「友達が善意で動いたことが最悪の結果を産む」というドラマもそうなのですが、幼なじみの命が失われて主人公が叫び、見ている側の胸がはちきれそうな悲劇に、なぜか暗い高揚感というか、圧倒的なアゲがあるという。そういうフィルムがついに自分の手によって生まれたということが、とてもうれしかったです。

『逆シャア』は

人間関係の苦しみとか

男女の性(さが)にも

きちんと踏み込んだアニメ

――人の死の扱い方、見せ方に影響を受けていたと。
荒木 そうですね。だから、『逆シャア』のインパクト以降も「監督・富野由悠季」とクレジットされているものはひと通り見ていますし、自分の作品の端々に影響があります。たとえば、『甲鉄城のカバネリ』の甲鉄城チームは『ファースト』をなぞったものです。最初はバラバラだった甲鉄城の面々が、少しずつ歯車が噛み合って最強のチームになっていくという展開は、ホワイトベースの乗員たちをお手本としています。

――なるほど。
荒木 これは直接に富野さんに教わったことですが、強烈なドラマというのは、それだけでは存在できないんです。それと拮抗する、何らかの「大状況」が存在する必要がある。強烈な人間ドラマと途方もないスケールの事象、その両輪がそろっていなければダメなんです。富野さん自身は「異種格闘技」と表現されていましたが、たとえば、地球が滅びようとしているとか、その世界に何かしら大きな出来事が起きていないと、強烈な人間ドラマも生まれない。それは『進撃の巨人』を監督したことで、自分のなかではっきりしましたね。あの作品も、人類が滅亡寸前の極限的な状況だからこそ、苛烈な人間ドラマを描くことができるわけです。個人的には、昔から人間ドラマのほうにばかり注目してきたのですが、そこに正面から取り組みたければ、結果的にアクションシーンもしっかり描けなければならない。だから自分の好きなアニメにはアクション要素も多い。そういう仕組みだったのだとわかりました。また、これも富野さんからの大事な教えですが、見たことないビジュアルの発明――富野さんは舞台装置という言い方をしていましたが――を思いつくことができるかどうかが、新しいアニメを生み出す際にもっとも重要であるということも知りました。

――人を惹きつけるような斬新なビジュアルが必須だと。
荒木 もっと単純に「なかった組み合わせを思いつくこと」というか。『∀ガンダム』で言えば「ロボットと洗濯」みたいなことなんですけど。オリジナルアニメを数多くあるアニメの海に放流するにあたっては、アニメの作り手は絶対、何かしらの絵的な発明をしなければいけない。それがオリジナル作品を手がける者の義務です。富野さんと『Gのレコンギスタ』で初めて一緒に作業したときも、シリーズごとにご自身の手で独自の世界を構築してきた『ガンダム』世界において、70歳を過ぎてなお、果敢に発明をしようとする意識にいちばん驚きました。軌道エレベーターとか、宇宙に浮かぶ海の「オーシャン・リング」などがそれにあたるのですが。監督としてものを作り始めて50年近くも経つのに、いまだハングリーに「まだ誰もやっていないこと」を探し続けている。そして苦悩して夜中に頭を掻きむしっているわけです。「そういう世界に入ってきたのだぞ、お前にこれができるか?」と言われているような気持ちになりました。endmark

KATARIBE Profile

荒木哲郎

荒木哲郎

演出家

あらきてつろう 1976年11月5日生まれ。埼玉県出身。監督作に『DEATH NOTE』『学園黙示録HIGH SCHOOL OF THE DEAD』『ギルティクラウン』『進撃の巨人 Season1』『甲鉄城のカバネリ』など。『進撃の巨人 Season2』『進撃の巨人 Season3』では総監督を務めている。

あわせて読みたい