壮大な人間ドラマが描かれた『機動戦士ガンダム』
――イムガヒさんは韓国の出身ですが、ガンダムシリーズはもともと知っていたのでしょうか?
イム 私が初めて見た『ガンダム』は高校生の頃に韓国に入ってきた『新機動戦記ガンダムW』だったんです。じつはその前の幼少期からロボットアニメが好きな女児だったこともあり、どこの国で作られた作品かは意識せずともサンライズの作品はかなり見ていました。とくに『魔神英雄伝ワタル』や『絶対無敵ライジンオー』『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』が大好きで、その流れで『ガンダム』も見始めたのがきっかけです。韓国でも「ガンダム」という名前は絶大な知名度がありますから、それがどういうものかはわかったうえで作品を見ていました。それ以降も『機動戦士ガンダムSEED』や『機動戦士ガンダム00』とシリーズを進めたうえで、次は見たい作品を遡(さかのぼ)っていきました。だから最初の『機動戦士ガンダム』は見たことがなかったんです。現在の私はフリーの演出家ですが、それ以前はサンライズ(現:バンダイナムコフィルムワークス)の社員だったんです。その当時、アニメミュージッククリップという、楽曲にあわせてPVのようにアニメの本編映像を再編集するコンテンツがありました。そこに『機動戦士ガンダム』の挿入歌もラインナップされることになり、そのひとつである『いまはおやすみ』(作詞/井荻麟、作曲/渡辺岳夫)のクリップを担当することになって、作品を初めて見たんです。
――アニメの仕事に就いてから見る『機動戦士ガンダム』はいかがでしたか?
イム 制作された時期の問題で作画面での古さがよく言われますが、私はまったく気にならなかったし、むしろ本当に面白くて3日くらいで全話を見てしまいました。続けて劇場版も見ましたし、その感想は「子供向けの作品ではないな」というものでした。当時もアムロとシャアは知っていたんですけど、でもそれ以外の人物もすべてが主人公になれるくらいのドラマを背負っているキャラクターだという印象が強かった。ロボットアニメとして知られる『機動戦士ガンダム』ですが、それだけではない、とても深く壮大な人間ドラマが描かれた作品だと思いました。それと当時はサンライズの社員だったこともあって、会社で見ていると私の上司が席の後ろから「あ、そのお母さんの後ろで待っているのは愛人だよ」(※アムロと母の別れのシーン)とか、いらない解説が入ったりして困惑することはありました。その情報はいらないのに、みたいな(笑)。
『ガンダム』のリメイクには若手のスタッフを
――イムガヒさんが演出にかかわるようになったのは、どういう経緯だったのでしょうか?
イム 私が大学時代に映像関係の勉強をしていたこともあって、サンライズには撮影という部署で採用されました。撮影も楽しい仕事ではあったのですが、出来上がってくる素材を使って映像を完成させるのではなく、素材そのものを作りたい気持ちが強くなっていったんです。周囲の先輩方や関係者の方々に相談したり、お話を聞いたりしているうちに、演出という仕事に目が向き始めました。自分が尊敬する先輩方に「まずは制作進行を経験したほうがいい」とアドバイスをいただいて、アニメの制作過程を全部知るにはたしかにそのほうがいいと思ったので、サンライズ社内での異動希望を出して『アイカツ!』の制作進行になりました。その後、制作進行から設定制作、演出助手から演出家というようにステップアップしていきました。
『ガンダムビルドダイバーズ』で演出を担当したあと、谷口理プロデューサーから『ガンダムVSハローキティ』という企画をやってみないかとお声がけいただきまして、挑戦してみようと思いました。ショートフィルムで自由にやらせていただけるとはいえ、アムロ・レイを描くことに対するプレッシャーはありました。すでに多くのファンがいる作品でありキャラクターですから、どう描くかについては相当悩みましたが、ともかくそれを終えたあとにすぐ今回のお話をいただいたような感じなんです。これまでの経歴が判断材料になったとは思えないので、なぜ私なのかは私自身も気になっていて(笑)、福嶋プロデューサーに直接伺ったことがあるんです。答えとしては安彦さんからのご提案ということでした。『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のようにベテランスタッフで固める体制もいいけれど、もっと若手の演出の育成についても視野に入れたいと。その中で私の名前が挙がったとのことでした。もちろん、若手といっても私の場合は外国人ですから、最初は安彦さんも不安だったとは思うんですよね(笑)。
――副監督の業務は具体的にどういうものなのでしょうか?
イム 副監督とか助監督というのは、アニメ業界では最近になって出てきた役職とも言えます。今回は劇場アニメでスケジュールがあるからこそ、ひとりで演出を担当することができました。絵コンテはほとんどを安彦さんが描かれているのですが、私も一部を担当させていただき、安彦さんの代わりに調整作業をするという監督代理みたいな仕事です。シーンごとに色を決めたり、撮影、撮影処理、CGチェックなども含めた全行程をチェックする。気になることがあった場合には安彦さんにチェックしていただきますが、コロナ禍もあって安彦さんご自身の移動が厳しい状況でもありましたから、おこがましくも私が代理として作業したということです。現場作業は私、重要な部分の決断はリモート等による安彦さんの監修という体制でした。実質的な監督とも言われそうですが、私としてもここまでやらせていただけるとは思っていなかったので、本当に感謝しています。
安彦良和監督が考える『ククルス・ドアンの島』
――TVアニメ『機動戦士ガンダム』の第15話をリメイクするにあたり、安彦良和監督からはどういう指示があったのでしょうか?
イム もともと安彦さんとしては「ククルス・ドアンの島」というエピソードが好きで気になっていたけれど、作画の面でとくに気になることが多いと。今でこそ作画崩壊などと言われて愛のあるイジリもされていますが、エピソードとしてはもっと評価されていい、もったいないという感情があったそうです。それと、今回は『THE ORIGIN』というタイトルを付けたくないという安彦さんの強い意志があって、そことの区別化というのは最初に言われました。安彦さんとしてはあくまで『機動戦士ガンダム』第15話のリメイクという気持ちがあったのかもしれません。キャラクターデザインやモビルスーツなどの設定を(『THE ORIGIN』と)共有しているので、脈絡としては断絶しているわけではないのですが、独立した作品として描きたいという思いがあったんでしょうね。
――もとになった話よりも戦災孤児の人数がかなり増えていますね。
イム 映画として成立させるためには「役者」の数が足りないと安彦さんから提案がありまして、孤児たちは20人くらいにしたいと。20人ともなると画面の構図やキャラクターの把握などが難しくなるので、多すぎるのではないかと思ったのですが、安彦さんはどうしてもそれくらい必要だということで、人種や年齢、性別などもバラバラの構成になりました。ひとりひとりのエピソードを十分に描けないとか、キャラクターの名前と顔が一致しないという課題も多かったので、それがきちんと映画の中で描けたかというと私自身も不安が残るのですが、リアルな状況での戦災孤児というのはそれくらいの数がいるだろうとも思うようになりました。
- イムガヒ
- イムガヒ(林 嘉姫) 1988年生まれ。韓国出身。来日後、サンライズ(現:バンダイナムコフィルムワークス)に入社、撮影部門へと配属されるも演出を志望して異動。『アイカツ!』の制作進行を経て『ガンダムビルドダイバーズ』などの演出を担当。『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』では副監督として抜擢された。