アニメならではの表現を使って、実直に「時代劇」を描いている
――『るろうに剣心 ー明治剣客浪漫譚ー 追憶編(以下、追憶編)』は1999年のOVA作品ですが、視聴のきっかけは?
黒﨑 私は大学時代に映画やアートを専攻していたのですが、『追憶編』は授業のときに「海外ですごく評価されている作品」として紹介されたことから興味を持ちました。当時はアニメには興味が薄く、どちらかというと溝口健二監督作品のような古い日本映画や時代劇が好きだったので、『追憶編』も時代劇を見るような気持ちで見始めました。そうしたら自分の想像以上に大人っぽく情緒漂う時代劇をやっていたのに驚かされ、一気にハマったんです。当時、京都に住んでいたのもあって、作中に登場する京都らしい風俗や四季の演出の美しさ、さらにそれを物語の中で意味のある描写として組み込む巧みさにも胸を打たれまして。それから古橋一浩監督の作品を片っ端から視聴するようになりました。
――とくに感動したシーンはどこでしたか?
黒﨑 どのシーンも印象的ですが、たとえば、剣心が巴の夫である清里(明良)を殺すシーンのレイアウト。カメラアングルが真下から横に移動したり、画面を90度動かすなど、アニメだからこそできる表現だと感じました。一方で殺陣はすごくリアルで、アニメならではの表現を使いつつ、実直に「時代劇」を描いているんです。戦いのあと、血を流して力尽きた清里の暗い背中に鮮やかな椿が乗っている演出も情緒があって、この一連のシーンで一気に作品に引き込まれました。
――花や植物は節々に印象的に登場していますね。
黒﨑 自然物のシーンをはさんで間を作り、四季を描いて時間経過を表す演出は何度も出てくるのですが、『追憶編』はOVAシリーズ全4作品それぞれが春夏秋冬を描いていて、その四季の描写がキャラクターの心情とも重なっているという全体の構成も秀逸だと思います。剣心と巴が町に出たときののんびりした人々の会話シーンとシリアスなトーンの落差がすごく活きているところも好きです。「少年マンガをアニメ時代劇として再構築する」という点では最適解ですし、いまだにこれを超える作品はないと思っています。
「観客にどのような感情を抱いてほしいか」を意識するきっかけに
――『追憶編』の視聴体験で、今の自分の仕事に活きているなと感じるところはありますか?
黒﨑 古橋監督はキャラクターを徹底的に分析して、「最終的にこのキャラクターがこの道を歩むには、ここで絶対こういった感情になっていないといけない」とか、感情の動きをすごく緻密に計算される方なんだと思います。『追憶編』はその点も素晴らしくて、たとえば、人によっては巴が嫌な女に見えるかもしれないし、剣心が優柔不断に見えたりするかもしれないけれど、その行動にはちゃんと理由があって、そういう環境・シチュエーションに置かれたらそうなるよね、そういう気持ちと行動になるよね、と納得できるような描写がなされています。剣心の頬の十字傷が、原作では偶発的についたのに対して『追憶編』では巴が故意につけたことになっているのですが、そこも「最後に自分が剣心の頬に傷をつけることで、傷の意味を上書きしたのかな」とか「あるいはやはり最後の復讐だったのかな」とか、想像の余地を残しつつ、どうしてそうしたのかを視聴者が納得できるような演出になっている。お客さんに持ってほしい感情と演出が合致しているからこそだなと。
――演出のために重要な要素を知ったと。
黒﨑 私もシナリオ会議では「キャラクターの行動によってお客さんにどういった感情を抱いてほしいのか」を意識するようにしています。演出家や監督のやりたいことというのはもちろんあると思うのですが、たとえば、監督からキャラクターの動きについて希望が出た場合は、必ず「それって視聴者にこう思ってほしいんですか?」というのを確認します。視聴者にキャラクターを哀れんでほしいのか、怒ってほしいのか、それによってアプローチも変わってくるので。すごく基本的なことだと思うのですが、こういったことの重要性も『追憶編』が教えてくれました。
――ちなみに、黒﨑さんはなぜアニメプロデューサーの道を選んだのでしょうか?
黒﨑 私は『追憶編』をきっかけにアニメの魅力に触れました。いやらしい話ではありますが、当時の深夜アニメ界隈の盛り上がりを見て「これはビジネスチャンスだな」と感じました。でも、自分には映画を撮る才能がなかったのと、学生時代に教授から「クリエイター自身に、作った作品の良さを言語化して伝えてあげるのが評論家やプロデューサーの仕事だ」と言われたのが心の奥に残っていて、それならクリエイターをサポートする形で映像業界に関わろうと思い、ソニー・ミュージックに就職したんです。入社当初はDVDやCDの営業をやっていたので、最初からプロデューサーだったわけではないんですけど。
――作家さんに実際に自分の感想を伝えることはありますか?
黒﨑 ありますね。「この作品のここが好きです!」みたいなのをお伝えしても、人によっては「なるほど」くらいの反応だったりするのですが、何年かしてから「あのときの言葉はうれしかった」と言ってくださることもあるので、あまり遠慮しないようにしています(笑)。
――そういった言葉が返ってくるというのもプロデューサーのやりがいのひとつですね。
黒﨑 そうですね。でも、いちばんやりがいを感じるのは、やっぱり第1話と最終話を世に送り出す瞬間です。入学と卒業みたいな。ビジネスなので売れるかどうかも大事ですが、個人的には原作を読んだときの作品の面白さや、作家や監督の才能を「世に知ってもらいたい」という感覚のほうが大きいです。推しのプレゼンをさせてもらっているような気持ちですね。仕事やこういった場を通じて、今後ももっと推したちをプレゼンしていきたいです(笑)。
KATARIBE Profile
黒﨑静佳
アニメーションプロデューサー
くろさきしずか。アニプレックス所属。『Fate』関連作品や『活撃 刀剣乱舞』など女性人気の高い作品のプロデュースを数多く手がけてきた。