Febri TALK 2022.11.04 │ 12:00

黒﨑静佳 アニメーションプロデューサー

③アニメビジネスに対する考え方が変わった
『魔道祖師』

『Fate』関連アニメ作品や『活撃 刀剣乱舞』のアニメプロデューサー、中国アニメの日本語版ローカライズなどにも携わる黒﨑静佳が選ぶ「人生に影響を与えた」アニメ3選。インタビュー連載の最終回は、自身が日本語版制作に携わった『魔道祖師』について。

取材・文/犬地リコ

中国アニメの存在が日本のアニメ業界の今後の展望を感じさせてくれる

――黒﨑さんは中国アニメの日本語ローカライズプロデューサーとしてさまざまな作品に参加していますが、『魔道祖師』はそのきっかけになった作品ということでしょうか?
黒﨑 そうですね。ただ、作品単体というよりは、この作品をきっかけに「中国アニメ」というジャンルに触れて、アニメはもう完全にグローバルな文化になっていて、今後は世界基準で物事を考えていかなければいけないなと考えるようになりました。

――2019年に観覧した中国のフィギュアスケートのエキシビジョンで『陳情令(『魔道祖師』の実写ドラマ版)』の楽曲が使用されていたことが、『魔道祖師』を知るきっかけだったそうですね。
黒﨑 曲がかかった瞬間の観客の反応が、もう「発狂」というぐらいのものすごい勢いで、調べてみたら「アニメもあるんだ。原作はBL小説なの!?」と。ちょうど中国のアニメ映画『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)』の日本語字幕版が日本で上映されて話題になっていたのも同じ時期で、私も作品の出来の良さに驚いていろいろとリサーチしていた頃だったので、タイミングが重なった感じでした。

――ちなみにその当時、日本アニメについてはどのように感じていましたか?
黒﨑 当時の私個人としては、日本のアニメ業界は少し停滞していたというか……原作の枯渇を感じていました。Twitterでバズったり話題になった作品があると、連載開始間もないタイトルでもすぐさまアニメ化の話が立ち上がったりして、その結果、テンプレートに沿った似たようなアニメが毎シーズンいくつも並んでいて。これで数年後はどうなるのかなあと。なので、海外にも面白い原作があるんだと知ったときには、目の前が開けた気がしました。

――当時の日本のアニメファンが抱いていた「中国アニメ」のイメージを良い意味で裏切っていたと?
黒﨑 個人として注目していた韓国・中国のアニメーターはいたものの、私も以前は「アニメ制作においての中国は日本のグロス先」のようなイメージを抱いていました。でも、実際は中国アニメは日本アニメとは違うオリジナルの表現やマーケットをすでに確立していて、『羅小黒戦記』や『魔道祖師』ではそれを目の当たりにして驚かされました。

ふたりには末永く幸せになってほしい

――『魔道祖師』の中国アニメならではの表現や魅力について、黒﨑さんのおすすめポイントはありますか?
黒﨑 『魔道祖師』は原作小説を徹夜で読んでしまったくらいお話も面白いのですが、アニメに関しては美術やレイアウトの素晴らしさをとくに推したいです。自然物の描写もリッチですが、中華風の建築をフレームとしてうまく活かしているなと。たとえば、前塵編の第3話では書棚の手前にカメラを置いて、棚をはさんで向こう側の人物を映すシーンがあるのですが、実写映画さながらの凝ったレイアウトなんです。そういう高級感のある画作りが全編にわたって行われていて、古代中国の異国情緒も醸(かも)し出しているのが、本当に素晴らしい。中国や韓国のクリエイターさんって絵を立体的にとらえて肉感的なイラストを描かれる方が多いと思うのですが、映像作りもすごく実写的なんですよね。

――日本アニメのレイアウト作りとは異なる?
黒﨑 良い意味で日本的なアニメのお作法に囚われていないと感じます。エンタメに関して表現の制限はあるかもしれませんが、そういった部分を中国の作品には突き詰めていってほしいと思っています。最近では、英語圏でも中国のアニメは「动画(dònghuà)」と呼ばれて日本のアニメとは別のものとして扱われていますし、もう日本を追随する時代は終わって、自分たちのクリエイティビティを発揮する段階になっているんだと痛感します。こういう話題になると「日本のアニメ業界の人間として危機感を感じることはないか?」とよく聞かれるんですけど、全然ないです。というより、違うジャンル・文化として確立した以上、同じフィールドで争い合うような関係ではないと私は思っているので、むしろワクワクしています。

――中国アニメが成熟していくことで、日本アニメの市場にもソリューションが生まれると?
黒﨑 原作的な意味でもプロデュース的な意味でも、今までとは全然違うビジネスだったり、アプローチができるようになるんじゃないかなと。日本の原作を中国でアニメ化したり、逆に中国の原作を日本でアニメ化するとか、共同で何かを作るのも面白そうです。言葉も文化も違うから大変でしょうけど、やってみる価値はあると思います。先ほど『魔道祖師』は原作小説も面白いとお話しましたが、面白さのポイントとしては万国共通で、日本人にも喜ばれる内容だったからこそ日本語版アニメも受け入れられたんじゃないかなと。

――「中国ならでは」だけど「中国だけ」ではない魅力があると。
黒﨑 かの『三国志』しかり、中国の物語って国と国、勢力と勢力が覇を競い合うような大きな話のほうが好まれる傾向にあるんですが、『魔道祖師』はそういったセットアップをしながらもプロットはシンプルで。復讐劇と謎解きを主軸に据(す)えて読み応えのあるお話を繰り広げながらも、究極的には主人公である魏無羨(ウェイ・ウーシエン)と藍忘機(ラン・ワンジー)ふたりの関係を描くお話なんです。私は原作の小説を読み終わったあとで、このふたりには末永く幸せになってほしいよ~!と身悶えていました(笑)。そういうプリミティブな物語は本当にどの国でも受け入れられると思いますし、今後もこういった魅力を持った作品が日本でも中国でもたくさん生まれてくれることを楽しみにしています。endmark

KATARIBE Profile

黒﨑静佳

黒﨑静佳

アニメーションプロデューサー

くろさきしずか。アニプレックス所属。『Fate』関連作品や『活撃 刀剣乱舞』など女性人気の高い作品のプロデュースを数多く手がけてきた。

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