Febri TALK 2022.03.16 │ 12:00

小倉信也 設定考証/デザイン

②作品が内包する鬱屈が自分に響いた
『機動戦士Ζガンダム』

数々のSF作品にて設定やSFの考証を手がけ、さらには自らデザインすることも多い小倉信也が選ぶ「仕事に影響を与えた」アニメ3選。インタビュー連載の第2回は、社会人として強烈な共感をおぼえた『機動戦士Ζガンダム』。

取材・文/岡本大介

『機動戦士ガンダム』以上に感じた現実との地続き感

――『機動戦士Ζガンダム(以下、Zガンダム)』は1985年の放送です。当時の小倉さんは何をしていましたか?
小倉 フリーのアニメーターですね。第1回でもお話しした通り、中学生時代に『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』を見て、将来は絵を描くことで映像作りの方向へ進みたいと思い、高校卒業後はタツノコアニメ作画技術研究所に入るんです。ここは専門学校とは違って授業料を払う必要がなくて、しかもうまくすればそのままタツノコプロに就職できるというシステムでした。

――お金を払わずにアニメ制作の現場が学べるとは素晴らしいですね。
小倉 まあ、教えてもらうというよりは「盗め」というスタイルですけど(笑)。僕が入った当時は『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』の制作真っ最中で、それはもう圧倒的に活きた作画芝居を描く先輩方がすぐ近くで作業していて、それをこっそりとのぞき見ては感動していました。ただ最終的には研修生まででタツノコの採用枠には入れず、作画スタジオを紹介され、それでフリーの動画マンになったんです。『Ζ(ゼータ)ガンダム』を見たのはちょうどそんなタイミングでした。

――なるほど。挫折というか、ちょっと大変な時期だったんですね。
小倉 そうですね。『Ζガンダム』って、社会や世界に対する不満や鬱憤が充満しているじゃないですか。それが当時の私にも共感できたんですよね(笑)。学生時代に見ていた『機動戦士ガンダム(以下、ガンダム)』とはまったく違う感覚に襲われたんです。もちろん、作風がかなり違いますから、それは当然かもしれませんが。

――社会に出てさまざまな理不尽を経験しているからこそ、社会への不満が切実な問題として感じられたんですね。
小倉 それもあるんですが、むしろ『Ζガンダム』の世界観が『ガンダム』とは決定的に違っていたのが大きいですね。『Ζガンダム』で描かれる世界って、我々の社会と密接にリンクしている感じがあるんです。たとえば、『ガンダム』だとニューヨークのことをニューヤークと呼ぶなど、現実の地名をそのまま使うことはほとんどないのですが、『Ζガンダム』ではサンフランシスコ付近を舞台にゴールデン・ゲート・ブリッジの残骸が描写されていたり、ケネディ宇宙センターがあるケープ・カナベラルが出てきたりと、実在する場所を強く想起させるビジュアルが多くて、現実との地続き感があったんです。それでリアリティのある世界観をより感じた気がしますね。

「見ているのはアニメだけど

今のあなたと無関係ではない

問題が描かれている」と

富野監督の演出がシフトした

――言われてみれば、たしかにそうですね。
小倉 それは当時、『ガンダム』を見ていた視聴者の年齢が上がったことを考慮したのかもしれませんし、ロボットや宇宙関連の技術発展によってSF作品にリアリティがより求められるようになってきたためかもしれません。1984年に『2001年宇宙の旅』の続編『2010年』が公開されて、そこでシド・ミードさんデザインのレオーノフ号がお披露目されるなど、ちょうど新しい宇宙開発のイメージが明確になった時代なんです。『ガンダム』と比べて『Ζガンダム』は一見、ビジュアル的に退化しているように感じる部分もあるのですが、それはよりリアルに見えるようメカニックまわりのデザインがリニューアルされているからなんです。「見ているのはアニメだけど、今のあなたと無関係ではない問題が描かれている」と富野監督の演出がシフトしたようで、そこが面白いと感じましたし、そういう世界観が構築されていたからこそ訴求力があったんでしょうね。

――なるほど。とくに好きなメカニックデザインはありますか?
小倉 永野護さんのデザインは、やっぱりスゴいと思います。あれは永野さんじゃないと生まれないデザインだし、賛否両論や好みはあると思いますが、ああいうものを作れるというのはそれだけで尊敬します。あとは『ガンダム』ではほとんど描写されなかった月面都市のインフラも描かれていて、なるほどなと思わされたりもしましたね。

――小倉さんはガンダムに関しても、のちに『機動戦士ガンダムUC(以下、UC)』や『機動戦士ガンダムNT(以下、NT)』で設定考証として参加しますよね。
小倉 『Ζガンダム』で感じた現実と地続きの世界という感覚は、『UC』や『NT』でも大いに役立ちました。『ガンダム』シリーズは作品ごとにガラリとテイストが変わったりもしますけど、宇宙世紀作品の設定考証という立場で言えば、向き合い方はそれほど変わらないんじゃないかと思います。

――時代に合わせてターゲットやジャンルを変えながらも、ベースとなる世界観がしっかりしているために、どの作品も『ガンダム』して見られる気がします。
小倉 そうですね。『ガンダム』はそのときどきの社会情勢に対してまっすぐに向き合っている作品で、だからこそここまで長く愛され続けているんだと思います。その始まりが『Ζガンダム』なんですよね。

――でも、当初、富野由悠季監督は『ガンダム』の続編には消極的だったそうですね。
小倉 そうなんですよね。富野監督からすれば、『ガンダム』を終わらせるつもりで『Ζガンダム』を作ったのに、逆にそれがここまでのコンテンツへと成長するきっかけになったわけですから、これこそ理不尽ですよね (笑)。続く『機動戦士ガンダムΖΖ』も含めて、初期の『ガンダム』シリーズの歴史って、富野監督がいかに『ガンダム』を終わらせようとしたかの歴史でもあるんですよね。私自身がアニメ業界にいたことで、作品を通じてそんな葛藤を感じられたのも、本作を特別に感じる理由かもしれません。endmark

KATARIBE Profile

小倉信也

小倉信也

設定考証/デザイン

おぐらしんや 1965年生まれ。千葉県出身。オガワモデリングなどを経て、現在はフリーで活動。設定考証を担当した作品は他に『翠星のガルガンティア』『銀河英雄伝説 Die Neue These』『楽園追放 -Expelled from Paradise- 』などがある。

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