原作からもう一歩踏み込んで作っているような気がする
――2本目は、出﨑統総監督の『あしたのジョー2(以下、ジョー2)』ですね。リアルタイムで見ていましたか?
渡辺 当時は中学生だったんですが、リアルタイムで見ていました。『あしたのジョー』を再放送で見て、すごくハマったんです。席が近かったクラスメイトとふたりで、力石(徹)の口調や仕草をモノマネするのが、すごく楽しかったんですよね。そうこうしているうちに続編が始まるという話を聞いて。それまで原作をちゃんと読んだことはなかったんですが、その友達がめちゃくちゃマニアックで『ジョー』についていろいろとレクチャーしてくれたんです。そんな感じでどんどんのめり込んで、期待値が高まっていくなかで『ジョー2』の放送が始まりました。
――実際に放送された『ジョー2』は、期待通りだったんでしょうか?
渡辺 僕にとっては期待通りでした。大人になって原作を読んでから見直すと、だいぶ俗っぽく感じる部分はあるんですが、とはいえ当時はアニメを単体で楽しんでいたので、全然気にならなかったですね。今、あらためて思い返すと、出﨑さんの演出にハマっていたんだと思います。『ジョー2』が持っているキラキラ感だったり、独特のムードが好きで。音楽の入り方なんかもすごく魅力的ですよね。当時はいち視聴者として夢中になって見ていましたし、前作と同じように友達とモノマネをしていました(笑)。
――そこも変わらずで(笑)。
渡辺 学校で、矢吹丈と丹下段平のやり取りをモノマネするために必死で見ていましたね。当時はまだビデオデッキが普及していなかったんですが、アニメオタクじゃなくても、男の子のたしなみのひとつとしてアニメを見ておく、そういう感じがあったんです。誰でもアニメをひと通りは見ていて話ができた。そういう中で『あしたのジョー』のマネをすると盛り上がるんですよ(笑)。ある意味、自分を表現する場として『ジョー2』を使っていたんだと思います。
――印象に残っているエピソードはありますか?
渡辺 第1話(「そして、帰ってきた…」)が好きでした。ゴロマキ権藤もよかったですけど、なにより力石徹の存在が非常に大きくて。彼をどういう風に乗り越えていくのかというところにシリーズの最初のテーマが据えられていたので、そこに注目して見ていましたね。あとは丈が旅からふらっと帰ってきて、ウルフ金串を助ける。そこで、ゴロマキを殴った感覚を自分の中で呼び覚ます……という描写がとにかく好きで。最初、爽やかに始まるんだけども、その後、丈が帰ってきてもすぐには立ち直れないというところに、心を揺さぶられるものがありますよね。しかもウルフはお金を借りに来て、そのまま帰ってしまう。そういう構成の妙にハマってしまった。『ジョー2』はオリジナルエピソードも多いシリーズですけど、あのシーンはたしか原作にはなかったんじゃないでしょうか。
アニメの表現として
必要にして充分で
感性よりも感情に訴えかけてくる
――渡辺さんが楽しそうに話しているのを聞いていると、また見たくなってきました(笑)。
渡辺 今、見直してみても、アニメの表現として必要にして充分というか。感性に訴えるというよりも、感情に訴えかけてくるんです。当時はモノマネをするために楽しんでいたんですが、自分がどうしてこの作品が好きなのかを振り返ったときに、ふと気づくんです。エモーショナルな部分、感情に訴えることの大切さを。セリフでお客さんに伝えるのもわかりやすい手段ではあるんですけど、ただ「わかりやすい」と「伝わる」は違うことなんだろうな、と。あと、自分がプロになって絵を描く側に回ると、あのとき、価値があるものを見せてもらったんだな、と思うんですよ。あのときの体験が、これまで自分が受けてきた影響の大きな部分を占めているんだなと痛感しますし、仕事でキツいときなんかに見直すと、当時の自分に戻ることができてやる気が出る。そういう意味では、自分の中ですごく重要な作品になっていますね。
――出﨑監督の作品はどれも、見ている人の心の琴線に訴えかけてくるようなところがありますね。
渡辺 当時、中学生だった僕は出﨑さんの名前を知らなかったんですが、でも素晴らしい作品があって、友達と興奮しながらその素晴らしさを語り合う。その時間が、自分に大きな影響を与えていると思います。あと、出﨑さんで思い出したんですが、昭和50年代の子供は単純なので、何かあるとすぐに作品のマネをするんですよ(笑)。『エースをねらえ!』が流行ると、みんなでテニスをするようになったりとか……。
――なるほど(笑)。
渡辺 『エースをねらえ!』の劇場版には、主人公の岡ひろみがコーチの宗方仁に「辞めさせてほしい」と電話をするシーンがあるんです。最初、岡が何も言わないのに宗方が「岡か」と気づく。で、岡が「どうしてわかったんですか!?」と言うんですけど、あれも出﨑監督のオリジナルですよね。かなりあとになってからそのことを知ったんですけど、あらためてすごいなあ、と。自分でアニメを作っていても「今の状態でもいいけど、もうちょっと考えてみよう」という気にさせられるんです。それは当時、自分が受けた掛け値なしの影響というか、感動があるからで。それがずっと自分のベースの部分にあって、こびりついているんです。
――そういう意味でも、渡辺さんのお仕事に大きな影響を与えている。
渡辺 『ジョー2』もそうですけど、見ていると原作からもう一歩踏み込んで作っているような気がするんですよ。そこがアニメならではのオリジナルを表現するために、なくてはならないものなのかな、と。原作に縛られないそういう自由度が、TVシリーズのアニメーションの描き方に作用している気がする。長尺の映画ではなかなか難しいけれども、連続ものであるがゆえに踏み込めるところがあったんじゃないでしょうか。
――なるほど。
渡辺 物語の中にある「空気」が描かれているような感じがあって、そこが「絵を使って表現をする」ということの核心にある。それは僕自身も持っておかなければいけないところだと思いますし、今なお『ジョー2』が色褪せない理由なのかなと思います。ぜひ今の若い人にも見てほしい作品のひとつですね。
KATARIBE Profile
渡辺歩
演出家/アニメーター
わたなべあゆむ 東京都出身。演出家、アニメーター。アニメーターとして『ドラえもん』に長く携わった後、演出も手がけるようになる。主な監督作に『宇宙兄弟』『MAJOR 2nd』『サマータイムレンダ』『海獣の子供』『漁港の肉子ちゃん』など。