SERIES 2021.03.16 │ 12:07

荒川弘インタビュー②

ダイナミックかつ骨太なデビュー作『鋼の錬金術師』で一躍、注目の作家となった荒川弘。その後も農業高校を舞台にした青春物語『銀の匙 Silver Spoon』や田中芳樹原作の大河ファンタジー『アルスラーン戦記』など、意欲作を次々と世に問うている――その創作の源泉はどこから来ているのか? じっくりと話を聞いた。

取材・文/宮 昌太朗

※雑誌Febri Vol.41(2017年5月発売)に掲載された記事の再掲です。

誰もやっていなかった「農家エッセイ」

――その傍らで、エッセイマンガの『百姓貴族』と『獣神演武』の連載を並行してスタートさせていますね。
荒川 『鋼の錬金術師』の連載も安定してきましたし、あとアシスタントさんに任せられる部分が増えてきたので、月産の枚数も上げられそうだな、と。描くスピードを上げることで、週刊誌に呼ばれても大丈夫なようにしようと思っていたんです。『獣神演武』は、そうした環境でのお仕事でしたね。原作は他の方に書いていただいて、作画に集中するという。

――『百姓貴族』のほうは?
荒川 小学館漫画賞か何かのときに、担当編集の方と初めてお会いしたんですよね。女性の編集さんで同年代ということもあって、すごく気が合って。で、ダラダラ話している間に連載が決まったんです(笑)。これも『鋼の錬金術師』と似たような感じで、「農家エッセイって誰もやっていないじゃん、今のうちだ!」というノリで。しかも、農家なら取材しなくても—それこそ父親と電話で話をするくらいでよくて(笑)。春だったら、畑に種を蒔く話をやろうか、とか。あとは里帰りすると、黙っていてもネタが転がり込んできますし。

取材をするのが大好き

――なるほど(笑)。『鋼の錬金術師』の連載が終わって、2本目の長期連載は『銀の匙 Silver Spoon(以下、銀の匙)』ですね。週刊連載をやろうと思ったのは、なぜなのでしょうか?
荒川 やれるならやってみたかったんです。1週間18ページで転がっていって、来週はどうなるかわからない。そういうものは勉強になるだろう、と。しかも、若くて体力があるうちにやっておかないと、できないだろうとも思っていました。

――そこで舞台に選んだのが、荒川先生自身もかつて通っていた農業高校で。
荒川 実際に寮生活を経験しているので、その気持ちはわかりますし、ベースの部分では苦労しませんでした。ただ、卒業してから結構、時間が経っているので、授業の内容や研究が近代化していて。あと、私は馬術部ではなかったので、馬が全然わからない。なので、そのあたりのことはあちこち取材に行かせてもらっています。

――『銀の匙』の連載はそろそろ終盤に入っていると思うのですが……。
荒川 もともと、1年生をガッツリ描いたあと、2年生はほぼ繰り返しなのでサラッと済ませて、最終学年3年生を短めに描いたら終わり、という組み立てをしていました。なので、卒業から少し経った八軒たちの姿を描いて終わることになると思います。今は、ちょうど最後のネームを描き溜めているところです。

――いよいよ大詰めですね。
荒川 八軒たちがちゃんと収入を得るためには、どういうブタの飼い方をしたらいいのか。つい最近まで、飼育方法だったり設備の取材をしていたところですね。ブタ関係の取材は防疫の関係で、一日に何件もできないんです。菌を他の牧場に持ち込んではいけないので。

――基本的に荒川先生は、取材をするのが好きなのでしょうか?
荒川 めちゃくちゃ好きですね。『鋼の錬金術師』のときも、戦争経験者の方にお話を聞かせていただいたり。親戚に戦争経験者が何人かいて、そのうちのひとりがインパール作戦の経験者だったんです。それで急に歴史が身近になったりとか。まあ、『鋼の錬金術師』で取材をしたのはそれくらいなんですけど(笑)。

『三国志』好きが『アルスラーン戦記』につながった

――『アルスラーン戦記』もファンタジー世界が舞台ですが、かなり史実に則ったデザインを意識していますよね。
荒川 いやいや。田中(芳樹)先生がたくさん資料をお持ちだったので、いろいろと教えてもらいました。あの時代のペルシャの資料って、フルカラーでは残っていないんですよね。だから、当時の壁画などから服装を想像しないといけなかったり。イスラムが入ってきてからは、デザインも華やかになるんですけど、それよりも前は意外と地味なんです。

――見栄えを優先するのか、それともリアリティを重視するか、という。
荒川 アシスタントと「どの辺りに落とし込むのがいいのかな」と話し合いながら作っていました。それこそ、本に付箋を貼りまくるんですけど、結局、全部のページに貼ってあるじゃん!みたいな(笑)。今は資料もそろって多少は落ち着きましたけど、連載当初は「どうする、どうする?」みたいな感じで、馬につける鎧も、どの時代のものにするかで悩んだり。果たしてこの時代の馬は、全頭蹄鉄を付けているんだろうか?とか。

――その『アルスラーン戦記』は、編集部からの依頼で連載が始まったそうですね。編集者の方が、荒川先生は『アルスラーン戦記』を読んだことがあると勘違いしていたそうですが……。
荒川 「読んだことがあると聞いているんですが」って言われたんですけど、一体どこの情報なの?と(笑)。とはいえ、読ませていただいたらとても面白いし、少年誌でやることに意味があるのかなと思ったんです。それで田中先生にもお会いして、頭の中でネームを切りながら原作を読んで「お引き受けします」と。

――『銀の匙』と並行して作業を進めるのは大変ではなかったですか?
荒川 『銀の匙』はコメディで、かたや『アルスラーン戦記』はバタバタ人が死ぬ話ですから(笑)。内容が被らないので、気持ちの切り替えができますし、逆にストレスが溜まらないんですよ。

――『アルスラーン戦記』は久しぶりのファンタジー作品ですが、どこか『三国志』を思わせるところがあります。
荒川 私自身『三国志』は好きですし、田中先生も『三国志』はお好きですね。ダリューンは趙雲のようなイメージがあります。質実剛健で、余計な口出しをせずに「俺は戦う専門だ」みたいな。

――孔明のような感じのキャラクターもいますし(笑)。
荒川 そうですね(笑)。最初に『三国志』にハマったのは、NHKでやっていた人形劇なんですよ。それが頭に残っていて、そのあと小学校5〜6年生のときに、青い鳥文庫に入っていたのを読みました。で、魏呉蜀の三英傑が皆カッコよくて「誰が国を統一するんだろう、ワクワク」みたいな(笑)。やはりふたつの国が戦う話だと、対立構造で終わっちゃうんですけど、3つ目の国が絡んでくると途端に面白くなるんですよね。

――『アルスラーン戦記』は、まさにそういう構造になっていますね。
荒川 それが何となく、残像として頭の中にあるんでしょうね。しかも、『三国志』を好きだったことがきっかけになって、歴史雑誌を読むようになり、そこから同人活動につながっていくわけで。ある意味、無駄なものがない(笑)。もしかしたら貧乏性なのかもしれないですね。あるものは全部使いたい、せっかくだから使おう!みたいな。

マンガでいろいろな人とつながれる

――なるほど。では最後に、マンガ家をやってきてよかったことというと?
荒川 好きなことを職業にできたこと。あとはいろいろな人に読んでもらうことで、いろいろな人とつながることができる。本当によかったことばっかりです。物書きの知り合いも増えたし、マンガを通して子供や近所の子供たちと話して、盛り上がることができますし。

――これから描いてみたいテーマやモチーフはありますか?
荒川 『銀の匙』が終わったら、またスクウェア・エニックスさんに戻るとは言ってあるんですけど……。でも、どんな作品になるかはわからないですね。また隙間産業的に、誰も使っていないネタを見つけたいなとは思っているんですけど。

――なるほど(笑)。
荒川 オープニングだけできているネタはいくつかあって(笑)。とはいえ、そのあとは全く考えていないです。ただ、『鋼の錬金術師』もそんな感じだったので「ええい、発車だ!」みたいになるのかな、と。直近でいえば『鋼の錬金術師』の実写映画の公開に合わせて、夏くらいから東京と大阪で原画展をやる予定です。そちらも楽しみにしていてください。endmark

荒川 弘
あらかわひろむ。北海道出身。1999年、応募作『STRAY DOG』でエニックス21世紀マンガ大賞を受賞し、デビュー。初連載作の『鋼の錬金術師』は、小学館漫画賞や手塚治虫文化賞、星雲賞コミック部門などを受賞し、大いに注目を集める。現在は、田中芳樹とタッグを組んだ『アルスラーン戦記』や初の週刊連載に挑んだ『銀の匙 Silver Spoon』などを連載中。
作品名掲載誌(掲載年)
STRAY DOG月刊少年ガンガン(1999)(〇)
突撃となりのエニックス月刊少年ガンガン(2000)
この街の下で東京魔人學園剣風帖短編集 3(2000)(●)
上海妖魔鬼怪月刊少年ガンガン/月刊ガンガンWING(2000)(〇)
鋼の錬金術師月刊少年ガンガン(2001)
RAIDEN−18月刊サンデージェネックス(2005)(〇)
百姓貴族ウンポコ/隔月刊ウィングス(2006)
蒼天の蝙蝠ガンガンカスタム(2006)(〇)
獣神演武ガンガンパワード/月刊少年ガンガン(2007)(※1)
銀の匙 Silver Spoon週刊少年サンデー(2011)
鋼の錬金術師 CHRONICLEスクウェア・エニックス(2011)(●)
三国志魂コーエーテクモゲームス(2012)(●)(※2)
アルスラーン戦記別冊少年マガジン(2013)
ヒーローズ・カムバック週刊少年サンデー(2013)(●)(※2)
○:単行本未収録  ●:雑誌未掲載  ※1:原作付き作品  ※2:共著