TOPICS 2021.11.04 │ 12:00

AI×ミュージカルのエンタメ作品『アイの歌声を聴かせて』  吉浦康裕×大河内一楼対談②

全国で公開されている映画『アイの歌声を聴かせて』。AI×ミュージカルという異色の組み合わせにトライした吉浦康裕(原作・脚本・監督)×大河内一楼(共同脚本)による対談の後編では「誰もが楽しめるエンターテインメント作」を目指して作り上げた世界観とキャラクター造形、さらにAIの理想が描かれた物語の結末について迫る。

取材・文/森 樹

※本記事には物語の核心に触れる部分がございますので、ご注意ください。

AIと共存する未来を作ってくれたシオン

――主人公であるシオンは、歌を通してサトミたちと交流を深めていくわけですが、AIである彼女を描くうえで意識したことはありますか?
吉浦 シオンの行動原理は人間とちょっとずれていて、定められた目的のための行動が一貫しすぎている、思いきりがよすぎるところがあります。それがシオンをAIとして描写している部分でもあり、魅力的に描こうとした部分ですね。さらに、物語のなかでシオンの成長――。
大河内 成長というか、学習ですかね。
吉浦 そう、学習の成果が、シオンの歌でわかりやすく表現できればと思っていました。最初の曲ではみんなポカーンとするだけだけど、最終的には歌で皆の気持ちがひとつになる。シオンの存在意義が、サトミたちの間でどんどん深まっていく流れは最初から考えていました。そこから幸せの最高潮まで持っていってから……。
大河内 そこから一気に暗転する構成は最初から決まっていて、そこに向かうまでの盛り上げを考えて作っていきましたね。

――シオンを通して、彼女が人間として認められていく世の中と、人間っぽくはあるけれど、AIとしての個が認められていく世の中、どちらを描こうとしたのでしょうか?
吉浦 それでいうならば完全に後者ですね。AIはAIだから素晴らしい。クライマックスの展開でも、彼女が人間ではなくAIであると気づくところが転換点になっています。そのくだりを書いたときに、大河内さんがすごくほめてくださったのをおぼえています。
大河内 AIの完成形が人間である、というのは違うなって思います。この作品では、このあとシオン以外のAIもどんどん変わっていくと思うのですが、その変化はAIが人間そっくりになることではなくて、人間とは異なる存在としてのAIが世界に受け入れられるということであってほしいんです。

――それがクライマックスに描写されるシオンの在り方にもつながっていくわけですね。
吉浦 そうですね。サトミを幸せにするには、その幸せをサトミの外側に広げる必要があるとシオンは気づくわけです。僕の中ではマストなエンディングでしたね。ある意味で古典SF的な終わり方かもしれません。
大河内 これが素敵な世界の一歩になるのならうれしいなと思いました。シオンの存在によって「AIは下僕ではない」ということをトウマやサンダーが理解して、それが世界に広がっていくんだとしたら。

――共存、共生の形ができる一歩に。
吉浦 共存という考え方は好きですね。AIの存在を認めたうえで受け入れる。シオンみたいにポンコツなAIもいるし、すごくスマートなAIも生まれるかもしれない。AIだって、その多様性が認められる世界がいちばんいいはずなので。

キャリアのターニングポイントとなった作品

――では、最後に作品に関わった感想を聞かせてください。
大河内 脚本を書いてから完成品を見る間にそれなりに時間があったので、ほどよく自分の書いた脚本を忘れて映画を見ることができました。感想は、シンプルに楽しかったですね。それに尽きます。
吉浦 「楽しかった」は、この作品の最大の目標だったのでうれしいですね。脚本に書かれたキャラクターの気持ちをつなぐのがミュージカルシーンの役割でもあったので、そこは自分でもやりきれたのかなと思います。
大河内 ミュージカルシーンがどうなるのかわからなかったので、書いていていちばん完成形が想像しづらい作品でした。その分、完成品は予想外というか予想以上に楽しくて、すばらしかったです。

――共同脚本という形は、今後もトライしてみたいと思いますか?
吉浦 僕は本当にこのやり方が合っているんだなと思いました。自分ではちょっと書けない脚本になりましたし、すごく有意義でした。しかも大河内さんは、僕の監督としての特質を考えながら作業してくださったので。
大河内 僕はもともと好きで吉浦作品を見ていたので、すでに吉浦作品のイメージがあったのがよかったと思います。それもあって今回は、僕と吉浦監督が脚本をやり取りするキャッチボール方式で仕上げていくことができました。今、脚本の作り方ってどんどん多様になってきていて、今回のように複数の人間がラリーで書く形もあるし、パートごとバラバラに書く形もある。プロットと脚本が別の人でもいい。脚本の書き方ってまだまだ方法論があるんだなと前向きに思えました。

――そういう部分でも発見があった作品だったと。
吉浦 初めて広い視点で物語を作ったので、自分のキャリアのターニングポイントになった作品だと思います。この作品を作るうえで感じた気持ちや心構えを、今後も大事にしていきたいです。
大河内 脚本の新しい作り方を体験できたのは僕も良かったです。作品も面白かったので、また吉浦監督とご一緒できるといいいですね。endmark

吉浦康裕
よしうらやすひろ 2008年にオリジナルアニメ『イヴの時間』で監督デビュー。以後は主にオリジナル作品の原作・監督を務める。代表作は劇場アニメーション『イヴの時間 劇場版』(原作・脚本・監督)、劇場アニメーション『サカサマのパテマ』(原作・脚本・監督)、『アルモニ』(原作・脚本・監督)、『機動警察パトレイバーREBOOT』(監督・共同脚本)など。
大河内一楼
おおこうちいちろう フリーライターを経て、1999年に『∀ガンダム』でアニメ脚本家デビュー。2001年に『機動天使エンジェリックレイヤー』、2002年に『OVERMAN キングゲイナー』でシリーズ構成をつとめて以来、多くの人気作でシリーズ構成・脚本を務める。代表作は『コードギアス 反逆のルルーシュ』シリーズ(ストーリー原案・シリーズ構成・脚本)、『SK∞ エスケーエイト』(シリーズ構成・脚本)など。
作品情報

映画『アイの歌声を聴かせて』
大ヒット公開中

  • © 吉浦康裕・BNArts/アイ歌製作委員会