TOPICS 2021.11.02 │ 12:17

AI×ミュージカルのエンタメ作品『アイの歌声を聴かせて』
吉浦康裕×大河内一楼対談①

土屋太鳳演じるポンコツAI・シオンのミュージカルシーンが大きな見どころとなっている映画『アイの歌声を聴かせて』。本作でAI×ミュージカルという異色の組み合わせを、どのように物語に落とし込んだのか。前編では、ふたりにミュージカルシーンへのこだわりを聞いた。

取材・文/森 樹

※本記事には物語の核心に触れる部分がございますので、ご注意ください。

前例のないミュージカル作品への挑戦

――今回はどのような経緯で共同脚本という形になったのでしょうか?
吉浦 企画の立ち上げは、王道のエンターテインメントを劇場のオリジナル作品として制作する、というものでした。AIは私が以前から取り上げてきた得意な題材だったこともあり、AIプラス群像劇で物語を作りましょうということでまとまりました。その段階で、企画とプロットは僕がひとりで書いています。シオンに相当するキャラクターが転校してきて、高校生たちに変化をもたらす――という基本的な構造もすでにありましたね。ただ、オリジナルで勝負する以上、あと一歩インパクトがほしいということで、プロデューサー経由で大河内さんにご意見をうかがったという流れです。
大河内 そのときは正式に脚本を発注されたわけではないので、プロットを読んだ感想を書いて送ったんです。良かった点と、こうしたほうが良いのでは、と気になった点を。それからしばらくしたら制作サイドから呼ばれて、という感じでした。
吉浦 たくさんの人に届くようにするためには、脚本の基本的な構造を揺るぎないものにしなければならないという思いがあったんです。それが僕ひとりだとうまくいかないのではと感じていたので、もし、大河内さんにお願いできるなら盤石だろうと。そこから、当初のプロットの要素を一度分解して、組み立て直す作業を始めました。関係性としては、大河内さんが先生で、僕が生徒みたいな(笑)。
大河内 いやいや(笑)。進め方としては、まず吉浦監督が書いた脚本をこちらで受け取って、そこから気になった点などを加筆修正したものを戻しています。そのやり取りを何度か重ねていくキャッチボール方式でしたね。

――当初のプロットには歌の要素はなかったのでしょうか?
吉浦 じつはなかったんです。それこそ、大河内さんとディスカッションするなかで生まれたアイデアで。
大河内 そこはけっこうロジカルな発想でした。要素を整理していたときに、何かもうひとつ大きなインパクトがほしいねとなり、「アニメーションのいいところって何だ?」と、いろいろな要素を書き出していったんです。そのなかで吉浦監督が選んだのが、ミュージカルでした。
吉浦 高校生のときに将来はアニメ作りに関わりたいと思っていた頃から、ミュージカルはずっとやりたかったんです。それが大河内さんと話し合うなかで案として挙がってきたときに「合体できる!」と思いましたし、モチベーションもすごく上がりました。アニメのミュージカル作品って前例があまりないと思っていましたし、日常の会話シーンから歌に移ることを考えると、歌唱シーンは2D作画でやらなければならない。作業だけでいえば大変だろうと想像できましたが、それ以上に「やりたかったことがやれるのでは?」というエネルギーが爆発しました。

シオンが歌うことに意味がある物語にしたかった

――ミュージカルを取り入れようとなってから、吉浦監督の筆が乗ったように感じましたか?
大河内 監督のやりたいことが明確である、というのはすごく強いことです。そういうものを得たことで、この作品は「いけるな」と思いました。ただ、AIとミュージカルをどう組み合わせるかは悩みましたね。

――どのように組み合わせていったのでしょうか?
吉浦 ミュージカルのひとつの様式として、キャラクターのそのときの心象風景を歌として表現することがあります。その場合、歌がなくてもプロット自体は成立すると思うんです。でも、今回はそうではなくて、シオンが歌うことでまわりの人の心が動かされたりと、お話の中に意味を持って組み込まれる内容にしたかった。なので、脚本の流れに沿って歌の役割を決めていきました。

――脚本の構成に合わせて、楽曲や歌詞を音楽制作側に発注していったわけですね。
吉浦 そうですね。曲が先にできていないと絵コンテなどの作画作業が進められないので、早い段階で、どの場面で、どういう意図で使われるかといった情報を作詞家の松井洋平さん、作曲家の高橋諒さんに共有しました。その結果、実際に曲を聞きながら絵コンテを描けたので、ミュージカルシーンもスムーズに作ることができたという感触があります。

――大河内さんは、脚本作業の段階で曲は聞けたのでしょうか?
大河内 僕の作業段階では完成していませんでしたね。どんな曲が上がってくるのかも知らなかったです。脚本には「このシーンにはこんな意味があって、このような歌が入る」というところまで書いて、以降はおまかせしました。
吉浦 脚本を書いている段階で曲のイメージが浮かんでいたので、あまり迷わずにすみました。たぶん、これはミュージカル作品を作りたいという気持ちをずっと持っていたからだと思います。
大河内 僕が曲を実際に聞いたのは、先日の試写ですね。どうせ見るなら、なるべく観客に近い状態で、完成品から見てみたかったので。ミュージカルのシーンはとくに完成状態が予測できなかったので、もうめちゃくちゃ楽しかったです。
吉浦 流れとしては、大河内さんとやり取りした脚本をちゃんとバトンとして受け取って、それをもとに音楽チームとやり取りをしていきました。キャラクターの関係性を深めるために曲があるので、どれだけ説得力を持たせられるかに監督としては尽力しましたね。そのなかで自分のイメージ以上のものも――たとえば、「Lead Your Partner」は、もともとミドルテンポのジャズをイメージしていたのですが、高橋さんから上がってきたデモがビッグバンドになっていたんです。でも、それが素晴らしかったので、むしろ「こちらが正解!」となりました。

――屋上で歌われる「Umbrella」も、もともと監督がそういうシーンを想定して発注した楽曲のようですね。
吉浦 たしかにあの楽曲が流れるシーンに関しては、脚本の段階からそういうイメージを考えていたように思います。学校の屋上が舞台で、雨が降っていて、みたいなシチュエーション。
大河内 その段階で、曲のイメージも浮かんでいたんですか?
吉浦 おおまかには浮かんでいました。この作品を作っている間は他のミュージカルをなるべく見ないようにしていましたが、あとから考えれば『雨に唄えば』をやりかったんだなと。

作品情報

映画『アイの歌声を聴かせて』
絶賛公開中

  • © 吉浦康裕・BNArts/アイ歌製作委員会