TOPICS 2023.05.11 │ 12:00

興収100億突破! コナンと灰原の「感情のドラマ」を描く
映画『名探偵コナン 黒鉄の魚影』監督・立川譲インタビュー①

八丈島の海底を舞台に、疾走するミステリーと緊迫するサスペンスが展開する映画『名探偵コナン 黒鉄(くろがね)の魚影(サブマリン)』。2018年、空前の大ヒットを記録した『ゼロの執行人』の監督・立川譲は「総力戦」と語るキャラクターたちの感情のドラマをどのように描き出したのか。コナンと灰原哀の関係性から、そのドラマツルギーに迫る。

取材・文/高野麻衣

※本記事には物語の核心に触れる部分がございますので、ご注意ください。

コナンと灰原は仲間より一段上の関係だと思う

――2018年の『ゼロの執行人』に続いてのご参加。今回は、いつからどのように関わったのでしょう?
立川 『ゼロの執行人』は脚本第1稿が上がってからでしたが、今回はプロットづくりの初期から参加しました。黒ずくめの組織と灰原哀がメインというのは決まっていましたが、ストーリーの骨格はまだなく、キャラクターたちにどういうことをやらせて、どういう展開で何を描くかというアイデアを入れていく段階でした。だから当初は「八丈島のクジラが活躍する」「FBIと組織が戦闘機でやり合う」など、完成した映画とはかなり違う要素も盛り込んでいました。灰原に危険が迫るのは、スタート段階からみんなが共通で持っていたイメージです。脚本の櫻井(武晴)さんが監視カメラの新システムというアイデアを出してくれて、それによって灰原が拉致されることになりました。でも、彼女を救うだけだと展開が予想できてしまうので、中盤にもうひとつ盛り上がりがあったり、最後にどんでん返しがあったりと、エンタメ的な構成を心がけました。今回は組織が絡むことでキャラクターの人数やエピソードが多くなったので、自分が描きたいと思った要素をはっきり伝えて、見失わないようにしましたね。

――櫻井さんからも、監督の「こだわりをあきらめない姿勢」が印象的だったと聞きました。具体的に、ここは絶対に描きたいと伝えたポイントはどこですか?
立川 大事にしていたのは、コナンと灰原の感情のドラマです。ふたりきりのシーンを、どうしても映画の後半に入れたくて。シナリオ段階だと、水中スクーターでコナンを救いに行った灰原が彼を普通に救い出していたんですけど、そこにバッテリー切れという要素を足して、ふたりのシーンを長めにしたんです。他のところを削ってでも、そこは入れたかった。コナンと灰原の関係性は――なんていうんですかね、仲間を超えた、尊敬とか憧れに近いイメージなんです。仲間より、関係性が一段上だと思う。

灰原にとってのコナンはヒーロー

――なるほど、同感です。監督から見て、灰原哀はどんなキャラクターですか?
立川 彼女は、シリーズの中で大きな変化があったキャラクターです。初めは近寄りがたい雰囲気でしたけど、少しずつ打ち解けていって、今では複雑な感情や芯の熱い部分が、かなり出てくるようになっています。今回の映画では、そんな灰原のまだ見たことのない一面が出てくるので、楽しんで描くことができました。あと、灰原にとっては、コナンがすごくカッコよく見える(笑)。だって、なろうと思ってなれる存在じゃないじゃないですか。あんな、どんなときでも絶対にあきらめない存在には。灰原にとってのコナンはヒーローみたいな感じなんだろうなと思って、印象に残るように描きました。終盤のシーンで星空がすごく輝いているのは、希望みたいなものを込めたつもりです。

©2023 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

――素敵ですね。一方、さらわれた灰原を追うシーンでは、珍しく動揺し、取り乱すコナンの様子も描かれます。
立川 灰原がさらわれるのは、映画の中でもかなり衝撃的な事件ですからね。探偵団バッジに向かって無駄に叫んでみたり、阿笠博士に止められて落ち着けって言われたり、佐藤刑事にキツく叫んでしまったり。叫んだときは、一人称も「俺」に変わっちゃっているんです。そういう、コナンにしては珍しいミスをするシーンを入れたかった。コナンでもあの状況だったらそうなってしまうだろうと考えたわけです。それでも仲間の言葉や安室の電話によって、絶対助けるんだっていうあきらめない意志を取り戻す。失敗からの復活みたいなドラマを描きたいと思いました。

キールのお父さんとの回想はどうしても入れたかった

――名探偵の人間らしい一面がうかがえる、印象的なドラマでした。今回は、黒ずくめの組織のメンバーたちも掘り下げられていて、とくにキールの活躍は注目を集めていますね。
立川 そうですね。今回は「総力戦」がキーワード。組織にまつわるメイン級のキャラクターが全員出てきます。その中でも、組織の現状をほのめかすベルモットと、組織に深い憎しみを持っているキールには、かなり活躍してもらいました。キールが動くことは初期から決まっていて――というのも「灰原が拉致されて潜水艦に閉じ込められる」というプロットの場合、誰かが助けなければならないわけです。ベルモットは組織のメンバーがいるときには大っぴらな行動はとらず、どちらかというと単独行動をするキャラクター。そうなってくると、助けられるのはバーボンとキールだけ。でも、バーボンは今回の映画だと、後半では公安の「降谷零」として仕事をかけ持ちしているのでかなり忙しい(笑)。そこでキールが動いたのですが、結果的に映画の中盤の要を担う重要なキャラクターになってくれました。久しぶりに出てきたお父さんとの回想もどうしても入れたかったので、胸アツな展開につながってよかったです。キールも灰原も直美も、組織に苦しめられたという背景は通ずるところがある。この映画は、3人の女性が協力しながらピンチを切り抜けていく物語でもあると思います。

©2023 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

――納得です。組織を描くにあたって、青山(剛昌)先生から印象的なアイデアはありましたか?
立川 青山先生がセリフの直しを入れてくれたのが、組織のメンバー同士が話をしているときの、一枚岩じゃない微妙な雰囲気。この辺は、今後の組織の動きを知らないと想定できないところもあったので、すごく助かりました。あと、終盤に安室と赤井が電話でやり取りする熱いシーンがあるんですけど、あれは青山先生のアイデアです。ふたりは会話させたらダメだと思っていたので「いいんですか?」と聞いたら「大丈夫!」って(笑)。そんな先生のアイデアをそのまま入れた感じです。『純黒の悪夢(ナイトメア)』のときにはなぜかふたりは観覧車の上で殴り合いをしていましたけど(笑)、今回の映画ではすごくカッコいい音楽も相まって、共闘している感じがいいんですよね。仲間とは違う、メラメラ燃えている関係なんですけど、どこかで信頼し合っている――そういう感情がお互いに出ていて、すごくいいなって。ケンカするより全然いい(笑)。2台のスマホを合わせて会話できるのかはちゃんと実験もしたので、けっこうリアルなんです。でも、毎回あれでは都合がよすぎるので、これっきりのトリックになるでしょうね。endmark

©2023 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会
立川譲
たちかわゆずる 1981年生まれ、埼玉県出身。日本大学芸術学部卒業後、マッドハウスを経て独立。監督、演出、脚本として多くのアニメ作品に携わる。代表作に『モブサイコ100』『名探偵コナン ゼロの執行人』『BLUE GIANT』など。
作品概要

『名探偵コナン 黒鉄(くろがね)の魚影(サブマリン)』
2023年4月14日(金)より全国東宝系にて公開中

原作/青山剛昌「名探偵コナン」(小学館「週刊少年サンデー」連載中)
監督/立川 譲 
脚本/櫻井武晴  
音楽/菅野祐悟 
声の出演/高山みなみ、山崎和佳奈、小山力也、林原めぐみ 他
アニメーション制作/トムス・エンタテインメント

  • ©2023 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会