毎日でも食べに行きたくなる「飽きのこない味」
日本のTVアニメというもの、昨今はいろいろ言われたりはするものの、やはり基本は若年層のために作られている。キッズアニメはいうに及ばず、そうでないものも主なターゲットは十代から二十代。三十代以上は、そうした若年層に向けて作られている作品を間借り的に楽しませていただいている立場だと、ゆめゆめ忘れずにいたい。ようするに、放送中のアニメをわざわざ見ながら、「昔のアニメはよかった。それに比べて今のアニメはなんだよ」みたいなことをグチグチと言い募るのはもってのほか。そこまでは行かずとも、新作に触れるとき、ノスタルジーに溺れたりしないのが大人の嗜(たしな)みなのではないかと思うのだ。
……しかしながら、2022年1月クール、筆者は『怪人開発部の黒井津さん』を思い切り楽しんでしまっている。圧倒的敗北感。でも、仕方ない。楽しいものは楽しい。
そんな『怪人開発部の黒井津さん』は、悪の秘密結社アガスティアの「怪人開発部」に所属する研究助手の黒井津燈香(くろいつとうか)さんが、世界征服のために正義のヒーローと戦う……のではなく、その前段階で、上司の無茶振りや予算の制約と格闘する姿を描く作品。ひと昔前の特撮もの(平成初期くらいまで)のパロディ的な設定を使いながら、社会人のさまざまな悲喜こもごもを笑いに包んで描いているギャグアニメだ。設定もホッとするノリだけれども、アニメとしての感触もどこか懐かしくて、落ち着く。2000年代半ばごろ、深夜アニメの本数が爆発的に増加し始めた時期を思い出させる雰囲気がある。1クールごとに思い入れるヒロインを変えていたあの頃。何も怖くなかった。ただ、あなた(=アニメヒロイン)の優しさが、怖かった……とかなんとか、謎の郷愁に駆られてしまう。作品のつくりはリッチになりつつあったけれども、まだクオリティバブルというか、チキンレース的な追求は始まっていなかった。そんな時代の、アラフォー世代からするとほどよい塩梅に感じる濃さのアニメだ。
ちょうどこの原稿のことを考えていたタイミングで、朝のラジオでパーソナリティーがこんな話をしていた。いわく、飲食店に関して、ネットのレビューサイトが力を持った結果、味に尖った魅力(「激辛」だとか)がある「名店」しか生き残れなくなってしまった。でも、そういう店って、自分は一度行ったら、しばらくは足を運ばなくてもいい気がしてしまう。毎日食べたくなるのは、一見、取り立てて特徴がなさそうな「飽きのこない味」のものを出す店なんだ。そういう地元に根づいた「名店」が昔はいろいろなところにあったけど、今の時代には生き残れなくなってどんどん減ってしまっていて寂しい……と。
『怪人開発部の黒井津さん』の味わいは、まさに後者の「名店」にあたる。「おいおい、これを無料で見ちゃっていいの? OVAどころか、ちょっとした劇場版のクオリティじゃん」みたいな超絶神作画が炸裂するわけでもないし、「地上波でそこまでやる?」みたいな振り切ったお色気があるじゃないし、最近流行している、こってりした撮影処理で画面から受ける印象をゴージャスにしているわけでもない。
だからといって、ただ優しいだけの「味」というわけでもない。作品がコラボしているローカルヒーローのアクションシーンを筆頭に、「おっ」と身を前に乗り出させるような見応えのあるシーンをアクセントにしつつ、丁寧なストーリー展開(原作の持ち味ではあるものの、シリーズ構成・脚本の高山カツヒコ氏の職人芸的な脚色による微調整も光っている)や、主演の前田佳織里さんを筆頭とした声優さんたちの好演で構築された、ストレスなく浸れる作品世界。キャラクターたちのワチャワチャした感じにも、好感が持てる。往年の特撮で主役級を演じた経験のある俳優陣を起用した、各話ごとのナレーションも味わい深い。
放送時間帯は、地上波なら土曜の深夜(全国ネットで見られるのもうれしい)。一週間のあれやこれやで仕事を終えて疲れの溜まった脳には、これくらいの刺激でいい。いや、むしろ、これくらいの刺激「が」いい。というわけで、少しでも気になったなら身構えず、コンビニでちょっとしたお酒とつまみでも用意して、気軽にチェックしてみてほしい。週末の夜は、餃子とビールと『黒井津さん』。そんな具合で。