TOPICS 2021.10.29 │ 12:45

TVアニメ初・新ジャンルASMRに挑んだ『180秒で君の耳を幸せにできるか?』

バイノーラル録音などによって、人の聴覚をダイレクトに刺激するASMR(=Autonomous Sensory Meridian Response 自律感覚絶頂反応)。その技術を全面的に取り入れた初のアニメ作品『180秒で君の耳を幸せにできるか?』がオンエア中だ。ヘッドフォン推奨の本作では、美少女(ときに美男子)がさまざまなツールを使って視聴者の耳を刺激してくれる。アニメーションとASMR、その双方の魅力を融合させた葛西良信監督に制作の舞台裏を聞いた。

取材・文/森 樹

アニメと音を組み合わせた気持ちよさへのこだわり

――180秒のショートドラマ、さらにASMRをテーマにした本作を手がけた経緯を教えてください。
葛西 私は札幌に本社のあるアニメ制作会社エカチエピルカに所属しているのですが、まず会社に制作の打診があり、そこから監督としてお声がけをいただきました。

――ASMRはYouTubeで人気の音声コンテンツですが、葛西さんは本作に向けてどんな準備をしたのですか?
葛西 研究とまではいきませんが、「ASMR」で検索して表示されたものは片っ端から見て、聞いてみました。そこで発見もあって、たとえばスライムの音は、ぐちゃぐちゃ、ネチャネチャだけではなくて、パチパチするような音も混ざっているんですね。そういう違う音が混ざるのが気持ちよさの秘訣かなと思ったり、あとは普段生活していくうえで聞こえるさまざまな音も以前より意識するようになりました。

――ASMRの魅力をどのように捉えているのでしょうか?
葛西 ASMRにもいろいろな種類があると思うのですが、何よりも気持ちよく聞こえることが重要ですし、魅力だと思います。ただ、人それぞれ気持ちいい音は違うので、監督としては、アニメとの組み合わせのなかで多くの人が気持ちよく聞こえるものにこだわっていきました。

――作品中ではダミーヘッドマイクが出てきますが、アフレコはどのように収録していったのでしょうか?
葛西 本当はアフレコでもダミーヘッドマイクを使って録音したかったのですが、テレビアニメの特性上、(テレビの)スピーカーを通して出る音はどうしてもこもってしまうんです。なので、収録自体は通常のアフレコと同じ手法で行って、あとは音響監督と効果の方に音を(左右に)振り分けてもらいました。

――収録自体は通常と同じ方式で、最終的なミックスの段階でASMRに対応するようなやり方だったんですね。
葛西 はい。スピーカーを考慮した音作りになっていますが、とはいえ、イヤフォンやヘッドフォンを使って聞いていただいたほうが効果的に聞こえるものになっていますね。

――キャストへのディレクションはどのように行ったのでしょうか?
葛西 私からはキャラクターの説明と感情の部分だけを伝えて、以降はキャストさんの解釈におまかせする流れでした。

――声や演技を聞く限り、キャストのみなさんもASMRをよく理解していて、とまどいがあまりないように感じました。
葛西 そうですね。現場でもその技術についてあまり細かくは説明していませんし、みなさんASMRがどういうものか、肌感覚でわかっていらっしゃる方ばかりでした。調整した点としては、息づかいの音がちゃんと乗らないことがあったので、そこは自然に聞こえるように幾度かチャレンジしてもらいましたね。

臨場感を出すために実物を使って録音をした

――ASMRをリアルに体感するためのツールとして、耳かきだったり、風鈴の揺れる音や蝉の鳴き声だったりが使用されていますが、こういった素材はどのように選んだのでしょうか?
葛西 素材に関しては、ASMRの特性がわかりやすいであろうスタンダードなものから選びました。ASMRを知らない人でも、その効果が伝わることを重視しています。

――粘度のあるクリームや、氷が入ったコップに炭酸水を注ぐところなどは、実物を使って録音しているのでしょうか?
葛西 音響・効果さんの範疇なので詳しくはわからないですが、聞いた話によると、炭酸の音を録るときは一度、実物で試してみて、そのあとに、よりリアリティを出すために似たような音を足しているらしいです。クリームも、アニメで描かれているようなクリームとはまた違った粘度のもので試していたり、いろいろ実験はしたようです。

ASMRの音作りについて
ASMRはその音に特化した聞かせ方をしますが、映像の中で中心となる音(たとえば、氷の音や炭酸のシュワシュワ音など)以外にも、環境音としてセミの鳴き声や風鈴の鳴る音があったりします。これらはカメラ位置が変わることによって音の定位(方向や距離感)が変わってしまうので、ひとつひとつをきちんと耳障りよく聞こえるように調整しています。(音響監督 小泉紀介)

――クリームのようなゲル状のものは、聞かせ方も難しいのではと思いました。
葛西 クリーム系にトライして問題になったのは、音だけで表現したときにかなり卑猥に聞こえてしまうことです。そこはコンプライアンス的にもひっかからないように、音響監督や効果のスタッフとも話し合いましたね。

――音が中心なので、映像がその過激さを抑える役割にもなっていそうですね。
葛西 ASMRは音のメディアなので、そこにアニメーションを乗せることで楽しみが半減してしまう可能性もあります。なので、相乗効果で臨場感を増す方向に持っていければと思っていました。

音の表現に負けない画作りを

――アニメらしさという意味では、180秒とはいえ、ストーリーやキャラクターのつながりが感じられるものとなっています。このあたりの物語性はアニメだからこそだと思いますが、どれくらい意識したのでしょうか?
葛西 音だけを聞かせるのであれば、それはYouTubeのコンテンツと同じですから。ASMRで音を楽しんでもらいつつも、作品としてはあくまで物語ありきで、なおかつキャラクターとそのバックボーンがあって、そこに音を乗せるとどうなるか、という組み立て方をしています。

――三上枝織(みかみしおり)さん演じるヒロインのゲッコーちゃんは、内向的なキャラクターとして描かれています。
葛西 脚本家の方のアイデアもあって、そういった性格にしています。ダミーヘッドマイクを購入するくらいなので、ひとりで遊んでいるうちにASMRにたどり着いた、と考えたほうが自然かなと。

――なるほど。ちなみにアニメーション部分で今回、監督が押し出したい部分はどこでしょうか?
葛西 やはり音の表現に負けないものを作らなきゃと考えていました。どちらかに偏らないようにバランスも気をつけながら、なるべく主人公となる視聴者に直接、キャラクターがいろいろ仕掛けていくようなコンテ作り、画作りをしています。アップの絵を多用していているのもその一環で、表情にはこだわりました。

――視聴者がアニメの世界に没入できるようなキャラクターとの距離感を意識したと。
葛西 そうですね。そこが伝わればいいなと思いました。

――今回取り上げたASMRをはじめ、VRなどの新しい映像表現が登場しています。それがアニメ制作の未来につながると感じたところはありますか?
葛西 ASMRを使った映像作りは今後増えるかもしれませんが、今回のような手法や表現とはまた別のものが出てくるだろうし、試行錯誤はしていくべきだと思いますね。

――バトルものやファンタジーなどは、ASMR技術を使うことで、より迫力あるものにできる可能性がありますね。
葛西 今回はショートムービーとして制作しましたが、普通のTVシリーズと同様、30分の尺で制作した場合、ASMRの利点を生かしてどこまで作り込めるかはトライしてみたいですね。あと、今回は実現できませんでしたが、ダミーヘッドマイクを使っての収録は試してみたいです。そうすれば、より臨場感が増すと思うので。

――本作は、葛西さんとしては初監督作品でもあります。監督として今後やっていきたいことはありますか?
葛西 演出のキャリアもまだ浅いですし、監督も初めてだったので、今回の作品を手がけたことでいい経験ができました。もともと『マクロス7』を見て業界に興味を持ったので、将来的には歌を題材にしたものにチャレンジしてみたいです。今回、ASMRを使ったことでの経験値も、そういったジャンルで生かせればと思います。endmark