TOPICS 2023.06.07 │ 12:00

山本裕介に聞いた
『機動戦士Vガンダム』30年目の真実②

『ヤマノススメ』など数々の人気作を手がけてきたアニメ監督・山本裕介が、キャリア初期に参加した『機動戦士Vガンダム(以下、Vガンダム)』の制作当時を振り返るインタビュー連載。第2回では、現場に入って直面したこれまでの作品との違いや、富野由悠季総監督から伝えられた演出方針について語ってもらった。

取材・文/前田 久

ひとつのフレームに収めるべき情報量に圧倒された

――実際に第28話「大脱走」の演出を務めることになって、杉島邦久さんの描いた絵コンテを受け取ったときは、どのような印象でしたか?
山本 杉島さんは前から存じ上げていましたし、関わられた作品も見ていたのですが、それでも今まで自分が処理していた絵コンテとは密度が全然違って驚かされました。まず単純に、ひとつのフレームの中に入っているものが多い。キャラクターが多く、奥にモビルスーツもいる。手前では犬が吠えている。ひとつの画面の中に、とにかくいろいろな要素が入っているんです。ほぼ同時期に関わった別の作品だと、フレームの中にキャラクターは多くても数人で、余計なものは描かれていませんでしたから、すごい差でした。絵コンテ以前に、そもそもシナリオの時点で想定されている、フレームの中に落とし込むべき情報の量が違う感じがしましたね。

©創通・サンライズ

――どういうことでしょう?
山本 たくさんのものが画面に登場するから、手間がかかって大変だ……というだけではないんです。たとえば、2フレームでPANをする場合を考えてみましょうか。普通の作品であれば、横長か縦長な被写体をひとつか、あるいは情景をゆったりと捉える程度なんですが。

――それくらいの最低限の対象物があれば、カットとして十分成立する。
山本 そうです。しかし、『Vガンダム』では同じフレームの中に戦艦がいて、モビルスーツがいて、戦闘機がいて、人……それもノーマルスーツ(宇宙服)姿の人が複数いる、みたいな状況が指定されている。1カットの中で伝えたいことがとにかく多いので、PANをしながらそれらの要素をどれだけ、どういう手順で見せるかを考える必要があるんです。おまけに富野監督の作品ですから、セリフもやたらと多い(笑)。さらにいえば、そもそも絵コンテの分量も違うんです。

――えっ?
山本 当時の30分枠のTVアニメ1話分の絵コンテは、だいたい100ページ以内で終わっていたと思います。でも、『Vガンダム』は100ページにはまず収まらなかったですね。芦沢剛史さんは「毎回200ページかかる」と言っていたおぼえがあります。とにかくコンテの厚さが見るからに違う。何もかも圧倒されました。じつは今日、持ってきたんですけど……(鞄から資料を取り出す)。

――貴重なものが!! たしかに中を見てみると、絵も文字情報もとても多い印象を受けます。
山本 その圧倒的な情報量を把握することがまず大変で、さらに画面の何を、どんな手段で表現するのかを考えなければならないのが難しかったですね。さらにそれだけのものを、あくまでTVアニメの制約の中でやらなければならないことにとまどいました。

「絵を綺麗に動かすことよりも、何を表現したいのかを考えろ」

――「TVアニメの制約」というのを、もう少し詳しく聞いてもいいですか?
山本 いちばん大きいのは(作画)枚数がかけられないことです。それと制作にかけられる期間が短いことですね。少ない枚数と期間で通常の作品以上の情報量をさばくということは、それだけ演出に求められるハードルが高いということ。ただ、富野監督からは「絵を必ずしもきちんと動かす必要はない。君たちが考えるべきことは綺麗に動かすことではなく、何をやるかを考えることだ」とも言われていたんですよ。そのカットでキャラクターに何をやらせるか、何を表現したいのかを演出は考えるべきであって、それさえしっかりとできていればいい。それを綺麗に、丁寧に動かせるかどうかは、また別問題だ、と。

――それは特殊なことなのでしょうか?
山本 僕もそうなのですが、今の演出さんは「作画が破綻するくらいならば、動かさずに止めてしまう」という方が多いと思います。でも、当時の富野監督の考え方はそうではなかった。たとえば、あるカットで「キャラクターが鼻の頭をぺろっと舐める」みたいな芝居を思いついたら、それをやらせることが大事なのであって、舐める芝居をアニメーターがちゃんと描けるかどうかは別問題だから考えなくていい、失敗してもいいからやれ、と。面白いことをさせるのが目的なのであって、それを綺麗に表現するのはマストではない、みたいな考え方ですね。だから滑らかに2コマで動かす必要はなく、3コマ打ちで十分、影も付ける必要はないわけです。

――『Vガンダム』の現場の演出の自由度の低さにはきちんと理由があった、と。
山本 そうしないと『ガンダム』シリーズの仕事を誰もやってくれないという、現場の事情から来る判断もあったのだとは思います。とくに影の処理は仕上げの負担が大きい。そのカットに影を付けるか付けないかもすべて演出が考えて判断するルールでした。動きに関しては、要するに「工夫で乗り切れ」とおっしゃっていたわけです。何も工夫せずにただ滑らかに動かすことを要求するのは、いちばん頭を使わない演出のやり方。そうではなく、いかに演出の力で、他の部署のスタッフに負担を減らしながら絵コンテで求められている内容を表現するか。……これが当時のTVアニメの演出の基本だったんです。みんながみんな、安彦良和さんではないし、湖川友謙さんでもないのは当たり前で、そこでどうするかを考えるのが演出だと。だから富野監督から「作画がよくない」というダメ出しは、ほぼなかったですね。ただ、今までお話ししたのとは真逆なことも富野監督にはよく言われました。「こんなカットを作って、誰が描けるんだ!?」とコンテを修正されたり(笑)。矛盾していますが、演出の仕事は矛盾していて当然。「矛盾は感性で乗り切れ!」ということですね(笑)。endmark

山本裕介
やまもとゆうすけ 1966年生まれ。島根県出身。日本大学芸術学部映画学科を卒業後、サンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)に入社。制作進行を経て演出家となる。主な監督作に『ケロロ軍曹』『ワルキューレ ロマンツェ』『ナイツ&マジック』『推しが武道館いってくれたら死ぬ』『ヤマノススメ』シリーズなどがある他、2023年7月からは『SYNDUALITY Noir』が放送予定。
作品情報


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