ある意味、リコは少し狂っているんですよ
――そんな世界観の一方で、キャラクターがマンガチックというか、非常に可愛らしい絵柄ですよね。
つくし 「こんな丸っこいキャラクターなのに、えらいことになっている」とよく言われます(笑)。ただ、僕は高校生のときは、おっさんとクリーチャーしか描けなかったんですよ。細かいシワとか、イボをたくさんつけることに情熱を燃やしていました(笑)。で、その高校でイラスト同好会というところに所属して――と言っても、マンガや美術を研究するわけでもなく、ただ集まって絵を描くか、ゲームセンターに行くだけの部活なんですけど(笑)。
――ダメな部活ですねえ(笑)。
つくし 言ってみれば、草食系愚連隊です(笑)。その部活に入って、2年生になったときに後輩が入ってきて。その子がこういう可愛い感じの絵を描いて、めちゃくちゃチヤホヤされたんですよ。で、これは時代が変わるな!と(笑)。しかも、その子の絵はただ可愛いだけではなくて、味や色気があったんです。で、一緒に行動するようになって、その子の絵柄を真似して描くようになるんです。そこが原点ですね。……ちなみに、その子とは、高校を卒業したあとも何だかんだで付き合いが続いていて、じつは今、アシスタントをやってもらっています。
――そうなんですか!(笑) しかも、そういう可愛いキャラクターで、すごくハードな話が展開する。アニメで言えば、第10話あたりの展開はまさに、この作品ならではですよね。
つくし 子供の頃って、虫で遊ぶのもホビーのひとつじゃないですか。海洋堂が作るリアルなフィギュアみたいなものが、いっぱい手軽に手に入るわけで(笑)。昔、それをカゴいっぱいに詰めて「パラダイスだ!」ってやっていたら、ある日、母がデカいメスのカマキリを捕まえてきたことがありまして。
――ああ、何となくこの先の展開が見えてきた気が……(笑)。
つくし そのメスカマキリを虫カゴに入れたら、大虐殺が始まって(笑)。一日で全部食い尽くして、卵を産む。しかも、そのメスカマキリが死んだあとに卵が孵るわけです。死骸の山のあとに、新しい生命が生まれる。本当にすごい世界なんですよ。だから、たとえ絵柄が丸っこくても、そういう風に見せることはできる。それはずっと考えていました。
――世界の残酷さとキャラクターの可愛さが、ないまぜになっている感覚ですね。主人公のリコとレグは、最初からコンビだったのでしょうか?
つくし 最初、主人公はひとりで考えていました。少年がひとりで活躍する話だったんです。でも、Webで連載を始めるにあたって、ひとりで潜るのは寂しいな、と。相棒がいたほうがいいだろうということで、その主人公が持っていた少年性みたいなものを、すべて背負わせたのがリコです。
――なるほど、そういう風にできていたんですね。
つくし リコのほうが常に前のめりなのは、そういう理由からです。一方で、異世界における読者の感情移入先になるのがレグです。ある意味、読者にとって世界の窓になっているというか。あと『洞窟物語』というフリーゲームの名作があるんですけど、それは主人公が記憶喪失から目覚めたところからゲームがスタートして、進めていくにつれて、だんだんと彼がロボットだということが明らかになる。自分が一体何者なのかとか、洞窟だと思っていたものが、じつは洞窟ではなかったとか。その雰囲気はレグの設定に反映されていると思います。めちゃくちゃ強くて、謎めいたところがあって、そして自分自身が抱えている謎を解くために先に進むという。
――リコと言えば、彼女は何のためにアビスの底を目指すのか。一応、母親に会うためとなってはいるんですが、どうもそれだけではない気配がします。
つくし そうですね。ある意味、リコは少し狂っているんですよ。言い換えると、リコにとって憧れの場所が今、目の前にある。であれば、なぜここでくすぶっていなければならないのか、と。危険が待ち構えていることがわかっていても、行きたくて仕方がない。唯一にして最大の娯楽が目の前にあるので、どれだけ危険な目に遭おうが、リコは心の底から楽しんでいるんですよ。
――ある意味、アビスに取り憑かれているわけですね。
つくし 「アビス中毒」と言ってもいい。別のインタビューでも話したことがありますが、リコはワクワクする自殺を選んでしまう子なんです。触ってみたいし、嗅いでみたいし、いろいろなことを経験してみたい。それがいちばんよくわかるのが、食事のシーンです。リコは食べることに躊躇しない。自分が死んだら、それまで稼いだお金や掘り当てた遺物、あとは名誉もすべて手放さなければいけない。でも、食べることと経験することは、死んでも持っていくことができると思っている。自分自身のものになっているんですよ。
――そんなある種の狂気が、彼女を突き動かしている。
つくし そうです。リコは「ダメ」と言われるとやっちゃう子で。だから、本当に迷惑なヤツなんです(笑)。
読者からの反響から、ボンドルドは生まれた
――たしかに。描いていて手応えがつかめたのはどのあたりでしょうか?
つくし 第2巻の途中、オーゼンが出てきたあたりからです。その頃、ゲーム会社にいたときの同期と会う機会があって。その人が小池一夫先生の私塾に通っていて、小池先生の本をめちゃくちゃ勧められたんです。で、軽い気持ちで読み始めたら、これが面白くて。まず、自分がどれだけすごい人で、これだけのマンガ家を輩出してきた……って、小池先生の自慢話から始まるんですけど(笑)、そこに「ドラマを作るのに悩まないでほしい」と書かれていて。「売れるキャラクターの作り方を教えるから、それをまずはやってみて、それから悩んでほしい」と。書かれている内容は結構当たり前のことだったりするんですけど、小池先生はその当たり前のことを言語化した上で、体系化していたんです。皆が肌感覚でやっていることがこと細かに書いてある。先ほどの自慢話も、小池先生というキャラに興味を持たせるための手段だったんです。
――では、それを読んでから作ったキャラクターが……。
つくし オーゼンとマルルクです。じつは、オーゼンは最初、身体が大きなおじいちゃんという設定だったんです。物静かなんだけど、リコとレグに対して厳しく、いろいろなことを教えてくれる。そういう感じで考えていたんですけど、小池先生の本を読んだ上で見返すと「これじゃダメだ」と(笑)。いわゆる「キャラが立っていない」というヤツですよね。
――それで、あの巨体がじつは女の人で、しかもヘンな髪型をしているという設定になった。
つくし 小池先生に倣えば、キャラクターには謎が必要なんだ、と。このキャラクターは何をしたら幸せで、どうされるのが嫌なのか。そういうことを全部考えて、外見を作る。そうして作ったキャラクターは必ず面白いキャラクターになるし、そのキャラクター同士をぶつけることでドラマが生まれる。
――まず何よりも魅力的に思えるキャラが重要なんだ、と。
つくし リコとお母さんに何があったのか。そこを考えていくなかで、オーゼンのキャラクターが見えてきたんです。マルルクも同じです。ちょうど、そのエピソードを描いていたあたりで「『メイドインアビス』というタイトルのマンガなのに、メイドが出てきませんね」と言われたことが何度かあって(笑)。じゃあ、出してやろうじゃないか、と。
――そんな理由だったんですか(笑)。
つくし しかも、普通のメイドさんをただ出しただけではつまらないので、性別をあやふやにしました。誰の趣味でマルルクはあんな格好をしているのかとか、そういうことを考え始めると、俄然面白くなってくる。
――もしかして、ナナチも同じメソッドから生まれてきたキャラクターなんでしょうか?
つくし はい(笑)。あのナナチの口癖も、キャラクターを立てるための手段のひとつで。「なくて七癖」とよく言いますけど、人間には本人でさえも気づいていないような癖が必ずある。そこを描いて、アクションに落とし込むことで、キャラクターが立ってくるんです。
――ナナチは、原作でも人気の高いキャラクターですよね。そういう反響は、やはり作品制作に反映されるんでしょうか?
つくし 反映しますね。誰もいないところに向かって描いていても、それこそ壁に向かってボールを投げているようなもので、やっぱり反響が返ってきたほうがうれしい。ボンドルドは、まさにそういう反響から出てきたキャラクターです。オーゼンのエピソードを描いたあとに、掲示板や読者からの反響を見ていたら「『アビス』に出てくる大人は怖そうに見えるけど、でも皆ちゃんと子供のことを考えているいい大人ばかりだ」みたいなことが書かれていて。ぐうの音も出ないような悪役を出してやろうと思ったところから、ボンドルドの性格が決まったんです。
アニメでは省略されると思っていたところが、真正面から描かれている
――なるほど。すっかり原作の話ばかり聞いてしまったのですが、今回のアニメ化についても伺いますね。アニメでいちばん気に入っているところは、どこでしょうか?
つくし まずは、やはりちゃんと面白いところです。あとは、当たり前のことなんですが、情報量が多い。マンガは紙の上に描かれているもので、基本的に色も音もない。『アビス』はなるべく作画の手間を減らすために背景をできるだけ簡略化することもありますし、オブジェを置くことで雰囲気を作っているコマもあります。でも、アニメではそこを真正面からやってもらっています。その大変さが自分はよくわかるので、ただただ、本当にすごいと思いました。
――たしかに、あの背景の作り込みは驚かされます。
つくし 加えて、音がすごくいいんですよ。レグの腕がカチャカチャ鳴る音もいいし、タケグマの鳴き方なんかも、人の声っぽい鳴き方で思わず笑ってしまいました。あと、第10話のリコの腕が折れるシーンも、原作よりずっとエグいです。コンテの段階ですでに細かく指示が入っているんですけど、描写に一切、躊躇がない。小島監督が覚悟を決めているからだと思うんですけど、アニメになったら省略されちゃうだろうなと思っていたところが、真正面から描かれています。
――第10話のあの場面は、本当に衝撃的でした。
つくし 生きているということを描くには、どう死んでいくかを細かく描写したほうが、より強く印象に残ると考えていて。逆もまた然りですよね。だから、そのエグい描写より大切なのは、リコが苦しんでいるのを見ているレグのリアクションなんです。レグがどれだけキツい思いをしているかを描くことで、見ている人に伝えることができる。なので、あの場面をちゃんと正面から映像化してもらえて、本当にありがたいと思いました。
――このインタビューは最終話の放送前に行っているんですが、こうなると最後のミーティを巡るやりとりが、楽しみになってきますね。
つくし そうですね。絵コンテを見る限りでは、このエピソードも真正面からやってもらったので。僕も楽しみにしています。
――アニメの放送が終了したあとも、まだまだ原作は続きそうですが、どんな展開になるんでしょうか?
つくし アニメスタッフの方たちにはすでにお話ししたんですけど、じつは仕掛けがあって……。一応、終わり方は決めてあるんですが、まだ、ここではお話しできません(笑)。
- つくしあきひと
- 1979年生まれ、神奈川県出身。ゲーム会社でデザイナーとして活躍したあと、フリーのイラストレーターに転身。『メイドインアビス』は、初の商業コミック作品。