TOPICS 2022.05.31 │ 12:00

歴史監修・佐多芳彦に聞く
劇場アニメーション『犬王』の舞台裏①

室町時代に実在し、人々を熱狂させた能楽師・犬王をポップスターとして華やかに描いたミュージカル・アニメーション『犬王』。見るものを引きつける、その不思議な引力の正体は何なのか――。舞台となった室町時代の空気を再現するため、アニメーターたちと真剣勝負を繰り広げた歴史学者・佐多芳彦氏に、歴史監修の考え方や制作秘話をインタビューした。

取材・文/髙野麻衣

衣服や調度から、人の「内面」を明らかにしていく

――歴史監修の話がきたときの気持ちはいかがでしたか?
佐多 犬王みたいな、歴史の影に隠れがちな芸能者は、僕らの世代の史学ではわりと人気のある研究分野でした。今で言うところの社会史の走りです。僕自身、犬王自体は知っていましたが、アニメーションとしていったい何をやろうとしているんだろう、という興味が最初にありました。

――原作は読んでいたのでしょうか?
佐多 はい。2回ぐらい通読していました。買った理由はやはり『平家物語』と書いてあり魅力的だったから。それから、犬王っていう芸能者がいたなと思い出して。たとえば、観世流の能は、彼らが権力とつながったことで現在まで生き永らえた。では、逆に消えていった芸能者たちは、何が違ったんだろう……っていうのは興味がわきますよね。

――はい。そうしてチームに参加することになったわけですが、一般的に「歴史監修」がどんなお仕事なのか、よく知らない人も多いと思います。教えていただけますか?
佐多 大河ドラマなどの 「時代考証」はストーリー作りに関わってきますが、僕の仕事は、実際のところは「風俗考証」。アニメーションの画面作りに直結している部分です。政治経済や法律からある時代を明らかにするのがいわゆる歴史学の王道だと思いますが、僕の専門は文化史寄りで。衣服や調度、儀式儀礼を通じて、それを着ている人やそれに参加している人の「内面」を明らかにしていく学問なんです。だから、誰かが脚本や演出で描きたいことがあるときに、それが絵として表現できるかを話し合うのが仕事です。たとえば、前近代は身分制の時代ですから、映像内でその身分にそぐわないことが起きてしまうと違和感がありますよね。

――はい。フィクションとわかっていても急に冷めることがあります。
佐多 絵空事感(えそらごとかん)が出ちゃうんですよね。一定の線引きができていないと、見ている人は「これは誰のことを描いているのか」がわからなくなってしまう。『犬王』だったら天皇がいて、室町幕府があって、将軍の足利義満がいる。そういう前提の上で、演出の人たちが表現したいと思っていることを実現できるように話し合いを重ねるわけです。そこに居合わせるキャラクターや状況によっては、なかなか難しい場合もある。でも、それを「こんなの嘘だ!」って否定しっ放しで終わってしまうのは歴史考証の仕事ではないと僕は思っていて。なんとか実現するための後押しみたいなことをしています。それが絵になれば、きっと面白いだろうと思いますから。

友魚のバンドメンバーの装飾が素晴らしい

――現代性やポップさが目につく本作ですが、歴史好きからすると室町時代の空気感がとても丁寧に描かれていると感じます。その裏には、そういう作業があったんですね。
佐多 本当に厳密な作業でした。『犬王』でも『平家物語』でもそうだったんですけれども、たとえば、大きな質問があって、その質問の大方は答えたつもりでいたんですけど、その返答を受け取ったサイエンスSARUの人がそれをじっと見ているうちに、新たな疑問がふつふつと出てくる。そうすると、信じられないような量の質問一覧表がさらに送られてきて、それを端からまた答えていくわけです。日の当たるところができたら、今度は日陰になったところが見えてくるという具合で際限がない。たぶんアニメーションの人たちは二次元だけでなく、360度すべてが見えなければ、絵にできないわけですよね。だから、微に入り細に入り質問が本当にたくさん出てきて、無限のやりとりになるわけです。でもね、それをやっていると「ここまで描こうとしているのか!」って伝わってくるわけで、そうするとこちらも適当に答えられない。もうお互いに我慢比べみたいになったりしますけれども(笑)、おかげで普通なら絵にならないようなことまで描かれていると思います。

――たとえば「これはまいったぞ」と思った質問はありますか?
佐多 それはもう数限りなく。いちばん面食らったのは、友魚(ともな)のバンドのメンバーです。制作スタッフも設定画を見せるのは緊張したんだろうなと思いますけれど、最初は王道なキャラクターがどんどん出てきて、ある日「今日はこれです」みたいにサラッと送られてきた絵をダウンロードした途端に「ウッ」って思って(笑)。ところがですね、驚いたのは、彼らの服についている金具みたいな飾りです。それがちゃんと当時のものをよく調べて描いてある。たしかに、あんな格好をした人がいたかと言われたら微妙だと思います。ありえないかもしれないけど、ピンポイントで時代性を出すものがうまく入っている。そこにすごく感動しまして。姿が奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)でも、ちゃんと押さえるところは押さえようとしている。その意図が、デザインをする人たちから伝わってきて「まあいっか」という気になったんです。「これくらいやらなきゃ目立たないし」と考えて、それが受け入れられるような呼び水をちゃんと用意してくださっているんだなと思いました。

――面白い! もう一回見るときは、その辺りにも注目します!
佐多 ぜひぜひ。演奏をしている人たちの身体にね、ちっちゃい金具みたいな、刺繍みたいなものがついているんです。あれはちゃんと室町から戦国ぐらいにかけて使われていた、金属部品の装飾なんですよ。本当に芸が細かいです。endmark

佐多芳彦
さたよしひこ。歴史学者。立正大学文学部史学科教授。博士。専門は日本古代史・中世史(有職故実・風俗史)。NHK大河ドラマ『平清盛』『麒麟がくる』『鎌倉殿の13人』などの儀式・儀礼考証、風俗考証の他、アニメ『平家物語』『犬王』の歴史監修を担当している。著書に『服制と儀式の有職故実』(吉川弘文館)など。
作品情報

『犬王』
絶賛公開中
配給/アニプレックス、アスミック・エース

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